福岡農総試研報16(1997)
1)現 農業技術課 2)現 飯塚地域農業改良普及センター
作付期間が 8カ月にも及ぶイチゴの本圃栽培において,環境を保全しながら高位安定生産を確保するには適切な時期に適正量の追肥を行うことが必要である。そのためには,各生育時期における土壌の無機態窒素濃度の適正値を明らかにし,圃場で簡易,迅速かつ的確に把握できる診断法を確立する必要がある。そこで,まず,イチゴの本圃土壌の無機態窒素濃度を生育期間中経時的に測定し,多収穫栽培のための土壌無機態窒素の適正濃度を明らかにした。
県内におけるイチゴの主要な産地である広川町及び八女市において,5t/10a以上の高収量をあげている農家の圃場の土壌の無機態窒素濃度は,
9月から 2月までは 2〜 6mg/100g(乾土当たり,以下同)で, 3月から 4月までは
2〜10mg/100gの範囲で推移していた。さらに,場内圃場において窒素施用量を変えて,土壌の無機態窒素濃度と収量との関係について検討した結果,総収量が最も多く,生育も安定して優れていたN-20kg区における土壌の無機態窒素濃度は,9
月中旬から 2月が2.0〜7.6mg/100g, 3月から 4月が5.6〜8.4mg/100gの範囲で推移し,現地の多収穫圃場の事例と類似していた。以上のことから,イチゴ‘とよのか’における本圃土壌の無機態窒素濃度の診断指標値は9月から
2月までが 2〜 6mg/100g, 3月から 4月までは 2〜10mg/100gと考えられる。
[キーワード:イチゴ,‘とよのか’,本圃土壌,無機態窒素濃度,診断指標値]
A simple diagnostic method for measuring inorganic nitrogen concentration
in the soil of a field of 'TOYONOKA' strawberries. (1) Optimum soil inorganic
nitrogen concentration for high yield. INOUE Keiko, Tomizou YAMAMOTO and
Shinji SUENOBU (Fukuoka Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka
818 Japan) Bull. Fukuoka Agric. Res. Cent. 16 : 35 - 38 (1997)
This report describes the optimum range of the soil's inorganic
nitrogen concentration and diagnostic indices for a high yield of 'TOYONOKA'
strawberries. The inorganic nitrogen concentration was in the range of
2 to 6 mg/lOO g from September to February and 2 to 10 mg/lOO g from March
to April in fields yielding in excess of 5 t/10 a in the town of Hirokawa
and the city of Yame, famous strawberry-producing distinct in Fukuoka Prefecture.
Field experiments with nitrogen fertilizer application in our research
center showed that inorganic nitrogen concentration was in the range of
2.0 to 7.6 mg/1OO g from the middle of September to February and 5.6 to
8.4 mg/lOO g from March to April in the most productive plots. These results
showed the same tendency with the data of high-producing fields. From the
above results, we concluded that the diagnostic indices of inorganic nitrogen
concentration in the soil of TOYONOKA' strawberries are 2-6 mg/100 g from
September to April.
[Key words: field, diagnostic indices, inorganic nitrogen, strawberry, 'TOYONOKA']
緒 言
従来,農業分野では高品質で,安定的に高い収量が得られる栽培技術や低コスト技術の開発が進められてきた。しかし,近年,農耕地から河川や地下水への硝酸塩等の流亡による環境汚染及び地球の温暖化ガスの一つである亜酸化窒素の発生が問題視されるようになり,環境保全にも配慮した農業技術の開発が同時に求められるようになった。環境保全に立脚しながら低コストで高品質・安定多収栽培を行うためには,作物の生育にあった適正な施肥管理技術を確立することが不可欠である。特に,作付期間が長い作物では,適正な時期に適正な量を施肥する肥培管理が大切で,そのためには,現地でリアルタイムに土壌診断ができる簡易診断技術の開発が必要である。
その中でも,土壌中の無機態窒素は作物の生産に最も大きな影響を及ぼし,環境に対する負荷も大きいため,診断項目として重要である。
また, 9月上・中旬に定植するイチゴの促成栽培は,本圃での作付期間が 8カ月と長いうえ,定植後,マルチングまでの期間が1カ月程度あるため,この間の降雨により肥料成分の溶脱が起こり易い。このため,生産現場では,追肥時期と追肥量の判断が難しく,本圃の施肥管理は農家の経験と勘に頼っているのが実情であり,過剰施肥によりイチゴが濃度障害を受けたり,土壌の養分不足によって養分欠乏を生じている圃場もしばしば見受けられる。
高位安定生産が可能な適正な窒素施用量を明らかにするために,福岡県内でも主要なイチゴ産地である八女市及び広川町の現地圃場において収量と施肥量の関係を調査したが,両者の関係は不明確であった3)。これは,現地圃場では,降雨による肥料成分の流亡や圃場ごとの土壌条件及び施肥後のかん水量が異なるため,同一施肥量の圃場間でも土壌中の無機態窒素濃度に差が生ずるためと考えられる。
このことから,イチゴ栽培において適正な施肥管理を行うためには,生育期間中の適正な土壌の無機態窒素濃度を明らかにし,簡易,迅速に測定できる診断技術の開発が必要である。
しかしながら,本圃土壌における適正な無機態窒素濃度については,若干の報告2),4),5)はあるが,作型や品種によってその濃度が異なっており,本県の主要品種である‘とよのか’での報告はない。
そこで,‘とよのか’において,本圃の土壌の無機態窒素濃度と収量の関係を検討し,適正な施肥管理を行うための土壌の無機態窒素濃度の指標値を明らかにした。
試 験 方 法
試験 1 場内試験
品種は‘とよのか’を用い,作型は夏期低温処理を利用した促成栽培とし,苗の低温処理は12.5℃の低温暗黒条件で実施した。
育苗方法は,1992年 6月上旬に親株から12cmポットに 鉢上げし,標準的な施肥管理を行い,
7月30日に最終追肥を施用した。低温処理は 8月30日から 9月 7日まで行い, 9月
8日にガラス室内の土耕のベンチ(幅80cm,土層の深さ40cm)に株間20cm,2条植えで定植した。ベンチ内の土壌に
8月上旬に完熟堆肥を 5t/10a施用した。その他の耕種概要は次のようにした。マルチングは追肥直後に行い,電照処理を11月
4日から 2月28日までの期間, 22時から1時までの暗期中断方式で行った。ガラス温室は最低気温15℃を維持するように12月上旬から
3月まで加温した。試験区の窒素施用量を第 1表に示す。基肥は 9月 1日,追肥は10月
9日にいずれも「とよのか配合」(N2-P2O5-K2O=8-6-5)を用いて施肥した。試験規模は
1区20株,2連制で実施した。供試土壌は二日市水田土壌(砂壌土,全窒素濃度0.24%)を用いた。土壌の無機態窒素濃度は定植後,
2週〜4週間ごとに,畝の条間中央部を深さ15cmまで採土し,測定した。
試験 2 現地調査
県内の主要イチゴ産地である広川町のイチゴ栽培農家圃場 5箇所(1991〜1992年),八女市の農家圃場
9箇所(1992年〜1993年)において,土壌の無機態窒素濃度の推移と収量について調査を行った。全圃場とも品種は‘とよのか,作型は夏期低温処理による促成栽培であった。調査圃場の収量,土壌条件,施肥量及び有機物施用量を第
2表に示す。耕種概要については,定植時期は 9月 1日から 7日の間,ハウス内は最低温度
5℃を維持するように加温し,冬期は電照処理を実施した。
なお,土壌の全窒素濃度はケルダール分解後水蒸気蒸留法で,無機態窒素濃度はN-KClで浸出後,水蒸気蒸留法1)で分析した。
結 果
試験 1 場内試験
1 イチゴの生育・収量
生育期間中の草高については,N-20kg区は全生育期間を通じて他区よりも高く推移し,草勢が低下しがちな12月〜
1月も順調に生育した。N-6kg区は12月まではN-20kgとの差はみられなかったが,
1月以降低く推移した。N-20kg以上の区では施肥量が多いほど草高は低くなる傾向であった(第
3表)。
新生展開第 3葉の葉柄長についても,N-20kg区は他区よりも長く推移し,草高と同様の傾向であった(第
4表)。
N-60kg以上の区では 3月以降,草高が高くなり草勢が強くなった。
収量は11月〜 1月はN6kg区が最も多く,次いでN-20kg区であったが, 2月以降はN-20kg区が最も多くなり,総収量もN-20kg区が最も多かった。N-40kg以上の区では施肥量が多くなるほど収量が低くなる傾向であった(第
1図)。
2 土壌の無機態窒素濃度
N-6kg区の土壌の無機態窒素濃度は,定植約 2週間後から1月までが1.0〜2.3mg/100g(乾土当たり,以下同),
2月以降が1mg/100g未満で推移し,N-20kg区では定植約 2週間後から 2月までが2.0〜7.6mg/100g,
3月上旬から4月中旬までが5.6〜8.4mg/100gで推移した。N-40kg以上の区では,最高値が10mg/100g以上になり,施肥量が多いほど土壌の無機態窒素濃度は高かった(第
5表)。
試験 2 現地圃場の調査
5t/10a以上の高収量をあげている広川町及び八女市の農家圃場の土壌の無機態窒素濃度は,
9月から 2月までは 2〜 6mg/100gの範囲で, 3月から 4月までは 2〜10mg/100gの範囲で推移していた。また,収量が5t/10a未満,
4t/10a以上の農家では各圃場とも 9月中旬の土壌の無機態窒素濃度は 8〜20mg/100gと高く,
2月以降も10mg/100gを超えることがあり,無機態窒素濃度は収量が 5t/10a以上の農家圃場より全体的に高かった。収量が4t/10a未満の圃場では土壌の無機態窒素濃度が10mg/100g以上になったり,又は
1mg/100g以下になることが多かった(第 2, 3, 4図)。
考 察
現地でイチゴを栽培している土壌の無機態窒素濃度と収量との関係について調査した結果,
5t/10a以上の高収量をあげている農家圃場の土壌の無機態窒素濃度は, 9月〜
2月が 2〜 6mg/100g, 3月から 4月までが 2〜 10 mg/100gの範囲で推移した。また,同一圃場,同一栽培条件で窒素施用量を変えて行った場内試験では,総収量が最も多く,生育も安定して優れていた区の土壌の無機態窒素濃度は,
9 月中旬から 2月までが2.0〜7.6mg/100g, 3月から 4月までが5.6〜 8.4mg/100gで,現地調査の結果とほぼ類似していた。土壌の無機態窒素濃度が栽培期間中の一時期でも
1mg/100g以下や10mg/100g以上になった区では収量が低かった。
本田2)は「土壌の無機態窒素濃度の適正値は壌土で 8mg/100g,埴壌土で10mg/100g,砂壌土で
6mg/100g」と提案しており,また,田中ら4)も宝交早生を用いた試験において「硝酸態窒素濃度で
7〜 8mg/100g以下」と報告している。本試験における‘とよのか’本圃土壌(砂壌土〜壌土)の無機態窒素濃度の適正値は,本田の提案や田中らの報告と概ね一致したが,生育時期によって適正値の幅が異なることが明らかになった。
2月から 4月の間は収量が多く,3月頃からは日長時間の増加に伴って イチゴの草勢が強くなる。これにより,2月以降は窒素吸収量が増えてイチゴの窒素要求量は
1月以前より増加すると考えられる。このため,現地圃場において,3, 4月の土壌の無機態窒素濃度が
6〜 10mg/100g程度まで高くなってもイチゴは健全に生育し,高収量が得られると考えられる。
また,露地では水稲後に施用した堆肥は地温が上昇してくる 4月以降に分解が急速に進むと報告されている6)。 マルチングやハウスの加温をしているイチゴの土壌では,もっと早い時期から地温が上昇し,作付前に施用した堆肥及び土壌の地力窒素に由来する無機態窒素が発現してくると考えられる。このことから,イチゴ栽培農家に多くみられるイチゴ本圃土壌への有機物資材の施用は,窒素吸収量が増加する春期における無機態窒素の供給源になっていると考えられる。
以上のことから,砂壌土や壌土において,安定した高い収量を得るための土壌の無機態窒素濃度の適正値は,
9月中旬〜 2月までは 2〜 6mg/100g,収量が増加し,草勢が強くなる 3月以降は
2〜10mg/100gと考えられる。
引 用 文 献
1) 土壌養分測定法委員会編(1975)土壌養分分析法.養賢堂,171〜195.
2) 本田藤雄(1988)野菜園芸大百科 3 イチゴ.農文協,238
3) 井上恵子(1995)グリーンレポート・JA全農,239: 7〜9
4) 田中康隆・水田昌宏(1974)促成型長期栽培におけるイチゴ宝交早生の栄養生理に関する研究(第
1報) 窒素施肥が生育・収量・養分吸収に与える影響につ いて.奈 良農試研報
6:38〜43.
5) 山田金一・河森武(1969)半促成イチゴ栽培における土壌水分管理について.静岡農試研報13:69〜85.
6) 山本富三・久保田忠一(1985)水田に施用した有機質資材の分解過程 (第
1報)水稲収穫後に施用した牛ふん,豚ぷん及び稲わらの分解過程.福岡農総試研報A5:75 〜78