福岡農総試研報16(1997)
1)現東北農業試験場 2)現豊前分場 3)現四国農業試験場 4)現九州大学農学部5)現生産環境研究所6)現福岡県農業大学校
‘ミハルゴールド’ は福岡県農業総合試験場において,大麦縞萎縮病・うどんこ病抵抗性で醸造品質(特に高ジアスターゼ力)の優れた品種の育成を目標として,うどんこ病抵抗性系統と高ジアスターゼ力を持つ系統とを組合わせた‘(大系H804/Spartan)F1’と大麦縞萎縮病抵抗性を持つ‘栃系
157’ を1982年に交配した組合せから育成された。.
‘ミハルゴールド’は、‘あまぎ二条’,‘ニシノゴールド’及び‘アサカゴールド’と比較して,麦芽エキス及びエキス収量が‘あまぎ二条’より優れ,‘ニシノゴールド’及び‘アサカゴールド’よりやや優れる。ジアスターゼ力が極めて高く,総合評点はいずれの品種より優れ,これまでの品種にない高い醸造品質を持つ。
出穂期,成熟期は‘あまぎ二条’ と同程度であり,‘ニシノゴールド’及び‘アサカゴールド’よりやや遅い。短稈で穂数が多く,耐倒伏性は‘あまぎ二条’より優れる。千粒重,整粒歩合ともにいずれの品種より優り,多収である。外観品質は‘ニシノゴールド’及び‘アサカゴールド’と同等で‘あまぎ二条’より優れる。検査等級は他の品種と同じである。側面裂皮粒と凸腹粒はわずかに発生するが,総合的な被害粒の発生はいずれの品種より少ない。大麦縞萎縮病及びうどんこ病には抵抗性で,耐湿性及び耐穂発芽性はあまぎ二条’及び‘ニシノゴールド’より優れる。適地は九州及び中国の平坦地帯であり,1995年12月に二条大麦農林17号として農林登録され,同年に福岡県で準奨励品種に採用された。
[キーワード:麦芽品質,ビール大麦,大麦縞萎縮病,多収,うどんこ病]
A New Malting Barley Cultivar 'MIHARU GOLD'. YOSHIKAWA Ryo, Yuji
HAMACHI, Masahiko FURUSHO, Masamitsu ITO, Tomohiko YOSHIDA, Kazue MIZUTA,
Osamu YAMAGUCHI, Minoru YOSHINO and Masazumi SHINOKURA (Fukuoka Agricultural
Research Center, Chikushino, Fukuoka 818, Japan) Bull. Fukuoka Agric. Res.
Cent. 16: - (1997)
'MIHARU GOLD' was a two-rowed spring malting barley (Hordeum
vulgare L.) cultivar developed by the Fukuoka Agricultural Research
Center and released in 1995. 'MIHARU GOLD', tested as 'Kyushu Nijo 11',
was derived from the cross of 'Daikei H804/Spartan'//'Tochikei 157'. The
overall malting quality of 'MIHARU GOLD' is superior to 'AMAGI NIJO', 'NISHINO
GOLD' and 'ASAKA GOLD'. 'MIHARU GOLD' especially has high diastatic power.
The heading and maturity times are similar to 'AMAGI NIJO' and later than
'NISHINO GOLD' and 'ASAKA GOLD'. Culm length is slightly shorter than 'AMAGI
NIJO' and exceed other cultivars in producing spiklet number. 'MIHARU GOLD'
is superior to 'AMAGI NIJO' in lodging resistance and to 'AMAGI NIJO',
'NISHINO GOLD' and 'ASAKA GOLD' in 1000 kernel weight, percentage of plump
kernels, plump grain yield and similar to 'AMAGI NIJO', 'NISHINO GOLD'
and 'ASAKAGOLD' in inspection grade. Although hull-cracked grains and grains
with ventral swelling occur slightly, the overall resistance to these damages
are higher than other cultivars. 'MIHARUGOLD' has good resistance to barley
yellow mosaic virus (BaYMV) and powdery mildew (caused by Erysiphe
graminis hordei). The resistance to wet injury and pre-harvest sprouting
are higher than 'AMAGI NIJO' and 'NISHINO GOLD'. 'MIHARU GOLD' is expected
to be well adapted to plain land of the the Kyushu and Chugoku areas in
Japan.
[Key words: barley yellow mosaic disease, malting barley, malting quality, high-yielding, powdery mildew]
緒 言
福岡県は北部九州におけるビール大麦の主要な作付地帯で,作付面積は約 4,200ha(1995年産)である。近年,水田転作の緩和等により,その作付がやや減少してはいるが,麦類の中では早生で水稲との作期の競合が少ないため,土地利用型作物として重要な位置を占めている。現在,福岡県のビール大麦産地では大麦縞萎縮病の発生面積が増加しており,基幹品種の‘あまぎ二条’は本病に弱く常発地帯では収量・品質が不安定であり,凸腹粒や湿害の発生が多いため外観品質も低下している。また,‘ニシノゴールド’2)は醸造品質が優れ大麦縞萎縮病抵抗性であるが側面裂皮粒が発生することや小粒で収量性もやや低く,うどんこ病が発生することなどの欠点があり,作付面積が減少している。さらに,これらの点を改良した‘アサカゴールド’5)は作付けは増加しているが‘ニシノゴールド’と同様にうどんこ病に弱い。
このため,大麦縞萎縮病及びうどんこ病に抵抗性で整粒歩合が高く,被害粒の発生が少なく,醸造品質の優れた多収品種の育成が望まれていた。
そこで,福岡県農業総合試験場(農林水産省二条大麦育種指定試験地)では,これらの要望に応えうる‘ミハルゴールド’を育成した。本品種は1995年12月に二条大麦農林17号として農林登録され,1995年に福岡県で準奨励品種に採用されたので,その育成経過や特性について報告する。なお,栃木県農業試験場栃木分場も本品種の育成に参加し,麦芽品質の検定を行った。
また,本品種の育成にあたって,系統適応性検定試験と特性検定試験を担当した各県農業試験場の関係者に対して感謝の意を表する。
材料及び方法
‘ミハルゴールド’は大麦縞萎縮病・うどんこ病抵抗性で醸造品質(特に高ジアスターゼ力)の優れた品種の育成を目標として,1982年にうどんこ病抵抗性を持つ系統と高ジアスターゼ力を持つ系統を組み合わせた‘(大系H804/Spartan)F1’を母本に,大麦縞萎縮病抵抗性を持つ‘栃系
157’を父本として交配した組み合わせに由来する。本品種の系譜と交配親の特性は第
1図及び第 1表に示すとおりである。また,本品種の育成過程の各世代における供試個体・系統数は第
2表のとおりである。
結果及び考察
1 選抜経過
‘ミハルゴールド’の選抜経過を第 2表に示した。1982年 4月に福岡県農業総合試験場において,‘(大系H804/Spartan)F1’を母本,‘栃系
157’を父本として人工交配を行い,同年 5月に27粒のF1種子を得た。F1は同年11月29日に世代短縮温室に27粒全てを播種し,1983年
2月27日に 353粒を採種した。この間,12月13日から温室内の最低温度が15℃以下にならないように暖房を,12月20日からは長日処理のために夜間照明を開始した。F2はF1収穫後直ちに35℃で乾燥し,0.1%のH2O2で休眠打破した後,
3月11日に無加温の世代短縮温室に全粒を播種し,集団養成を行った。 4月 4日から夜間照明を行い,
5月28日に全個体収穫した。
1983年度(播種年度,以下同じ)は3000個体のF3を集団栽培し,全刈収穫を行った。
1984年度は4000個体のF4を集団養成し, 900穂を選抜した。
1985年度には 900のF5穂系統を大麦縞萎縮病現地選抜圃場に播種し,1986年
2月〜 3月の大麦縞萎縮病の発病最盛期に発病系統を廃棄した。また,本病抵抗性と草姿の良いことを主な選抜目標として,79系統を選抜した。
1986年度はF6単独系統として79系統を養成し,出穂期が早生から中生,短強稈,うどんこ病抵抗性であることを目標に14系統を選抜した。
1987年度はF714系統群・70系統を筑系7733〜7746の系統名を付けて養成するとともに,散播による生産力検定予備試験
1を行った。この年には収量性と立毛の草姿から筑系7741を含む 9系統を選抜した。
1988年度(F8)は 9系統群・45系統を養成し,ドリル播による生産力検定予備試験
2を行い,収量性と栽培特性を検討した。また,病害抵抗性の特性検定は 3試験地において行った。さらに,栃木県農業試験場栃木分場で行った前年度産
9系統の麦芽品質検定結果と合わせて,成績が良かった筑系7741を 1系統選抜した。
1989年度(F9)では,筑系7741に吉系28の系統番号を付して,特性検定試験,系統適応性検定試験に供試するとともに,ビール大麦合同系統比較試験(系比)による生産力検定試験を行った。
1990年度( F10)以降は九州二条11号の地方番号を付けて各府県の奨励品種決定試験,特性検定試験に供試するとともに,ビール大麦合同品種比較試験(品比)による生産力検定試験を行い,栽培特性及び醸造品質を検討した。その結果,‘ミハルゴールド’は大麦縞萎縮病及びうどんこ病に抵抗性で整粒歩合が高く,被害粒の発生が少なく,醸造品質の優れた多収品種である特性が認められ1995年12月に二条大麦農林17号‘ミハルゴールド’として農林登録され,同年に福岡県で準奨励品種に採用された。
2 特性の概要
( 1) 醸造品質特性
‘ミハルゴールド’の大きな特徴は醸造品質が優れることである。第 3表に示すように,麦芽エキス及びエキス収量は‘あまぎ二条’より優れ,‘ニシノゴールド’及び‘アサ カゴールド’よりやや優れる。コールバッハ数は‘あまぎ二条’並に優れ,‘ニシノゴールド’及び‘アサカゴールド’より優れる。ジアスターゼ力は極めて高く,いずれの品種よ りも優れる。この高ジアスターゼ力はUM
5703)から大系H804を経由して導入されたと推察した(第 1図,第 1表)。また,醸造品質を総合的に評価する総合評点は‘あまぎ 二条’よりかなり優れ,‘ニシノゴールド’及び‘アサカゴールド’より優れる。
( 2) 栽培特性
‘ミハルゴールド’の栽培特性を第 4表に示した。出穂期,成熟期ともに‘あまぎ二条’と同程度であり,‘ニシノゴールド’及び‘アサカゴールド’よりやや遅い。稈長は他の 比較品種と同程度かやや短い(第
2図)。穂長は‘あまぎ二条’及び‘アサカゴールド’より短く,‘ニシノゴールド’並である(第
3図)。第 4表には栽培特性の調査結果を示 した。穂数はいずれの品種よりも多い。耐倒伏性は‘ニシノゴールド’及び‘アサカゴールド’並で‘あまぎ二条’より優れる。千粒重,整粒歩合ともにいずれの品種よりも大き く優れている。特に大粒であることが‘ミハルゴールド’の大きな特徴である。また,単位面積当たり子実重及び整粒重は他の品種より明らかに重く,多収である。外観品質 は‘あまぎ二条’より優れる。検査等級は他の品種と同等である。被害粒については,側面裂皮粒は‘あまぎ二条’及び‘アサカゴールド’よりやや多いが,‘ニシノゴールド’ より少ない。また,凸腹粒の発生はいずれの品種よりも少なく,総合的な被害粒の発生はいずれの品種よりも少ない。
( 3) 病害抵抗性と障害耐性
第 5表には各特性検定試験地における病害及び各種障害についての検定結果を示した。‘ミハルゴールド’は大麦縞萎縮病及びうどんこ病にはいずれも強く,‘あまぎ二 条’より優れていた。系譜図から判断すると大麦縞萎縮病抵抗性は木石港
34)から栃系 157を経由して導入され,うどんこ病抵抗性は所期の目的どおりSpartan
1)に由 来すると推察された。また,赤かび病は‘あまぎ二条’並の“やや強”であった。
耐湿性は 2試験地での結果が,“強”〜“やや強”であり‘あまぎ二条’及び‘ニシノゴールド ’より優れていた。また,穂発芽性は“やや難”であり耐穂発芽性が他の品種 より優れていた。なお,収穫後の‘ミハルゴールド’の種子の休眠覚醒は他の品種と同様であった(データ略)ことから本品種の耐穂発芽性は種子を発芽させて用いる醸造 工程には影響しないと考えられた。
( 4) 適応地帯及び栽培上の留意点
‘ミハルゴールド’の配付先における成績を第 6表に示した。1990年度から関東以西において適応性の検討が行われたもので,収量性は標準品種を上回る試験地が多 かった。福岡県以外では,熊本,岡山,山口の各県が特に有望視している。なお,関東地域で打ち切りとなった事例の大きな理由は,本品種の熟期が関東では遅れること であった。したがって,‘ミハルゴールド’の適地は九州及び中国の平坦地帯であると考えられた。また,栽培上の留意点としては,本品種は穀皮が薄いので剥皮を生じな いように脱穀調製を行うこと,極端な早播は外観品質の低下を招き,晩播すると成熟期が遅れるので,適期播種に努めること等が挙げられる。
総 合 考 察
ビール大麦は業界との契約栽培作物であることから,醸造品質,栽培性ともに優れた品種の普及が不可欠である。今回の‘ミハルゴールド’の育成によって醸造品質,栽培性及び耐病性などは大きく改良された。しかし,さらに安定して良質なビール大麦を生産するためには,作型により品種を組み合わせ,適期播種・適期収穫ができるように,‘ミハルゴールド’と異なる早生〜晩生の品種を育成することが重要である。また,‘ミハルゴールド’は湿害にやや強く,被害粒の発生も少ないが,本県を含めた北部九州地域は栽培期間中の雨量が他の麦作地帯と比較して多く,生育期間中や登熟期の降雨によって湿害や被害粒が発生しやすい環境下にある。そのため,さらに湿害に強い品種や被害粒が全く発生しない品種の育成も重要な課題である。
最後に,ビール業界から求められている原料大麦の低コスト化のために,さらに多収化や醸造品質と外観品質を含めた高品質化を進めることが重要である。また,最近のビール醸造の規制緩和によって各地で“地ビール”生産が活発になっており,特色あるビール作りの一つとして,すべて国産麦を用いたり,産地を限定したビール大麦を使ったりと,材料に対するニーズが多様化し,良質のビール大麦生産への要望がさらに強くなることが考えられる。そこで今後の品種育成においても,生産者や実需者の多様なニーズに応えうる特性を持った品種の育成が必要となろう。
なお,本品種の育成者と従事期間は第 7表のとおりである。
引 用 文 献
1)HAYES, H. K. (1930) Barley varieties registered, III. SPARTAN, Reg.No.6
Jour. Amer. Soc. Agron. 22:1040
2)伊藤昌光・浜地勇次・古庄雅彦・篠倉正住・北原操一・藤井敏男・鈴木崇之(1987) 二条大麦新品種「ニシノゴールド」の育成. 福岡農総試研報A-
6:17−24
3)JOHNSON, F. (1964) The use of chromosomal inter changes to locate genes
for certain quality and agronomic characters in barley(Hordeum vulgare
L.). Ph.D. Thesis, Univ. of Minnesota, Minneapo lis, Minn.
4)高橋隆平・林 二郎・守屋 勇・平尾忠三(1970) 大麦縞萎縮病抵抗性に関する研究 第3報 抵抗性の遺伝と連鎖. 農学研究53:65-78
5)吉田智彦・伊藤昌光・浜地 勇次・古庄雅彦・篠倉正住 ・吉野 稔(1991)ビール大麦新品種「アサカゴールド」の育成. 福岡農総試研報A-11:27−30