福岡農総試研報16(1997)

アゾーラによる固定窒素の水稲穂肥としての利用

庄篭徹也・吉岡哲也

(生産環境研究所)

 普通期水稲の移植時にアゾーラを接種して中干しまで増殖させた後,この間に固定された窒素を穂肥として利用する方法を検討した。
@u当たり20〜40g接種したアゾーラは,中干し期までの約 5週間で1.1〜2.7s/uに増殖し,2.1〜5.2g/uの窒素を固定した。A最高分げつ期頃の茎数は,アゾーラを接種した区が無接種区に比べて少なかったが,成熟期の穂数には差がなかった。B中干しによって枯死したアゾーラ中の窒素は,穂肥としての肥効を示し, 1回目または 2回目のいずれかの穂肥を施用しなくても出穂期以降の葉色は標準施肥と同程度で推移した。C水稲の収量は,アゾーラを接種することにより 1回目または 2回目のいずれかの穂肥を施用しなくても標準施肥に比べて減少することはなかった。

[キーワード:アゾーラ,窒素固定,水稲,穂肥]


    Application of Azolla Nitrogen in Rice Culture. Shougomori Tetuya and Tetsuya Yoshioka (Fukuoka Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka 818, Japan) Bull. Fukuoka Agric. Res. Cent. 16: 00-00(1997)  
    The effects of apllication of Azolla nitrogen as ear manuring on rice growth andyield were investigated. Following results were obtained.
(1) Azolla (A. filiculoides) was inoculated at a rate of 20 or 40 g/u at transplanting stage of paddy rice. During tillering stage of paddy rice, Azolla biomass was increased to 1.1- 2.7s fresh weight /u and the amount of fixed nitrogen by Azolla-Anabaena symbiosis was estimated to be 2.1-5.2g N/u. (2) In the maximum tillering stage, number of tillers were lower in Azolla-inoculated plots than in non-inoculated ones. However, in the maturing stage, number of panicles did not differ significantly between control plots and Azolla-inoculated ones. (3) On and after heading stage, leaf color (value of green meter SPAD 502) did not differ between cotrol plots and Azolla-inoculated one which did not applicate ear manuring at first or second. The results suggested that Azolla nitrogen was effective as ear manuring for paddy rice. (4) In Azolla-inoculated plots, rice yield was equal or 8-12% more than that in control plot even without first or second application of ear manuring.

[Key words: Azolla, fixed nitrogen, paddy rice, ear manuring]


緒  言 

 アゾーラは,アカウキクサ科(Azollaceae)に属する水生のシダで,温帯から熱帯にかけて池や水路などに生育している。日本では,本州中部以西にオオアカウキクサ(Azolla filiculoides)とアカウキクサ(A.pinnata var.imbricata)の 2種の分布が認められ15),福岡県内では筑後地方のクリークにオオアカウキクサが生息しているのが知られている2)ほか,豊前地域から筑後地域までの県内ほぼ全域にわたる14ケ所でアカウキクサを採取した4)との記録がある。
 このアゾーラは,大きな増殖力とシアノバクテリア(Anabaena azollae)との共生による空中窒素を固定する能力を持ち,固定される窒素量は 1.0〜 3.6sN/ha/日にもなるといわれている13)。このため,中国南部や東南アジアなどでは,古くから水田の緑肥や家畜の飼料として利用されており,アゾーラの利用についての研究も多く行われてきた3,8,9)。しかし,日本ではアゾーラの利用についての研究は極めて少なく,緑肥としての利用について 2〜 3の報告があるのみである2,12)。
  アゾーラを水田の緑肥として利用するためには,水稲移植約 1カ月前からあらかじめ増殖させておき代掻き直前に鋤き込む必要があり,このような緑肥としての利用は,日本では気象条件(気温)によって地域的な限定を受けよう。また,西南暖地に位置する福岡の気象条件では,緑肥としての利用も可能であるが,裏作麦や水利権との関係で困難であると考えられる。
 アゾーラは湿潤または滞水条件でのみ栄養繁殖し旺盛な増殖をするが,乾燥条件下では容易に枯死する。ちなみに,Azollaは「乾燥で死ぬ」という意味14)だという。そこで,この特性を利用し,普通期水稲の移植期にアゾーラを接種して,中干し期までの約 5週間増殖させた後,中干しにより枯死させてこの間に固定された窒素を穂肥として利用する方法を検討した。


試 験 方 法

 1 試験圃場及び試験区の構成 
 試験は1992年〜1994年の 3か年間,福岡県農業総合試験場内の 1uコンクリート枠圃場で行った。供試圃場は花こう岩質の未耕土を切り開いた上に旧福岡県農業試験場の水田表土(中粗粒灰色低地土)を約30p客入した土壌で,第1表に示すように窒素肥沃度,陽イオン交換容量ともに低い土壌である。
 試験区の構成は第2表に示すとおりで,基肥は各区共通とし,アゾーラ接種区には穂肥無施用区,穂肥−T及び穂肥−U無施用区を設け 3反復で試験を行った。




 2 耕種概要
水稲の移植は1992年が 6月20日,1993年が 6月11日,1994が 6月10日で,いずれもヒノヒカリの20日苗を用い, 1株 3本植え,栽植密度24株/uで試験を行った。アゾーラは,1992年は水稲移植 2日後にu当たり40g,1993年及び1994年は水稲移植 6日後にu当たり20gを接種し,中干し期まで増殖させた後中干しをすることにより枯死させた。施肥量は福岡県施肥基準のとおりで,基肥には粒状化成肥料(16-16-16)を用いて 6.0g/u,穂肥には同じく粒状化成肥料(16-0-16)を用いて穂肥−Tとして 2.0g/u,穂肥−Uとして 1.5g/uを施用した。供試アゾーラは,福岡県三瀦郡大木町で採取したオオアカウキクサで,ポットであらかじめ約 3週間培養して増殖させたものを用いた。


結果及び考察

  1 アゾーラの増殖量及び窒素固定量
 1992年にはu当たり40gのアゾーラを水稲移植時に接種したが,実際の使用場面での接種源としてのアゾーラの確保及び接種労力の軽減を考慮して,1993年及び1994は接種量をu当たり20gとして試験を行った。接種したアゾーラは,旺盛に増殖して 2〜 4週間で水面の全面に広がった後,面積的な制約を受けて上方に盛り上がって層状に生育したが,中干しをすることにより枯死した。中干しはいずれの年も 7月下旬から 8月上旬にかけて行い,1992年及び1993年はアゾーラを接種してから中干しまでの約 5週間に生重で 2.0〜 2.7s/uに増殖したが,1994年はアミミドロが発生したため, 1.1〜 1.5s/uの増殖に止まった(第3表)。このアゾーラの水分含有率は約95%,窒素含有率は年によって異なるが乾物当たり 3.8〜 5.1%で,本試験の場合,接種から中干しまでの間に 2.1〜 5.2g/uの窒素を固定したことになる。また,アゾーラの接種量が異なる1992年と1993年の増殖量及び窒素固定量にはほとんど差が見られなかった。これは,アゾーラの増殖が面積的な制約を受けて制限されるためで,アミミドロの発生のない通常の年では,u当たり20gの接種を行えば約5週間で 4〜 5g/uの窒素が固定され,穂肥として十分利用できると考えられる。


 2 水稲の生育及び収量
 最高分げつ期頃の草丈,茎数及び成熟期の穂数を第4表に示した。最高分げつ期頃までは,アゾーラの有無を除けば各試験区は同じ処理であるので,最高分げつ期頃の水稲の生育はアゾーラを接種しないグループと接種したグループに分けて考えることができる。草丈は両グループ間に有意な差は認められなかったが,茎数はアゾーラを接種したグループが接種しないグループに比べて有意に少なかった。しかし,成熟期における穂数は,標準施肥区とアゾーラ接種・穂肥T−0区及びアゾーラ接種・穂肥U−0の間には有意な差は認められなかった。最高分げつ期頃の茎数が減少した原因としては,アゾーラが水面を覆うことによる物理的要因や水温低下の影響が考えられる。潅漑水の温度と水稲の生育との関係について,分げつ期の水温が高く昼夜の温度較差が大きいほど茎数が増加する7)ことが報告されている。また,分げつの時期と有効茎数との関係については,最高分げつ期の 2週間以上前に出たものは有効分げつとなり, 2週間以内のものは無効分げつになる5)ことが知られている。本試験において水稲の移植期に20〜40g/u接種したアゾーラが,水面の全面を覆うまで増殖するには 2〜 3週間を要し,増殖したアゾーラがマット状になるにはさらに 1週間程度の期間を要した。1994年のアゾーラが水面の全面を覆った後の水温の変化は第5表のとおりで,午前 9時の測定ではほとんど差がなく,午後 1時の測定時において36℃と水温が高かった時に最大で 3.8℃低くなったに止まり,分げつを阻害する温度域にまで低下することはなかった。したがって,アゾーラが水面を覆うことによる水温低下の影響は小さく,アゾーラ接種区の茎数が減少した原因は,アゾーラがマット状に水面を覆うことによって後期の分げつが物理的な阻害を受けたのが主要因であろうと推定される。
 穂揃い期以降の葉色の変化を第1図に,出穂期及び成熟期の水稲体中の窒素濃度を第6表に示した。アゾーラを接種した区の穂揃い期の葉色は, 1回目または 2回目の穂肥を施用しなくても標準施肥区と同じで,この後成熟期まで標準施肥区とほぼ同程度で推移した。しかし,アゾーラを接種しても穂肥を全く施用しない区では,標準施肥区とアゾーラ無接種・穂肥無施用区との中間の値で推移した。水稲体中の窒素濃度もこれらの葉色の変化をよく裏付けている。水田緑肥としてのアゾーラは,窒素濃度が高いほど無機化速度が早く,窒素濃度3.2〜3.6%では 2週間で50%が無機化し16),窒素濃度 4.7%では10日以内に少なくとも65%が無機化した6)と報告されている。枯死したアゾーラの無機化速度や無機化率についての報告はないが,70℃で乾燥して粉末にしたアゾーラのインキュベート試験(第2図)では,アゾーラ窒素は始めの 4週間まではほぼ直線的に無機化が進み, 2週間で22%, 4週間で50%が無機化されたが,その後無機化速度は急激に遅くなり, 6週間後の無機化率は52%に過ぎなかった。これらの値は,Venturaら16)やWatanabeら6)の報告に比べて遅く,無機化率も低かった。70℃で人為的に乾燥したほど極端ではないにせよ中干しによって枯死し,土壌表面に沈着したアゾーラ窒素は緑肥としてのアゾーラ窒素に比べて無機化率が低く無機化速度も遅いことが予測され,固定窒素量が 4〜 5g/uであるにも関わらず,穂肥の半量に相当する肥効しか示さなかったものと考えられる。
 中干しによって枯死したアゾーラ窒素の無機化速度が比較的遅いことは,逆に肥効が遅くまで持続して後利きすることが懸念される。しかし,第6表に示したように標準施肥区とアゾーラを接種した各区の籾中の窒素濃度に差はなく,アゾーラ窒素が生育の後期まで影響することはないことを示している。また,食味の良否に関係する17)といわれている玄米中の窒素濃度も籾中の窒素濃度と同様の傾向で,アゾーラ窒素が玄米中の窒素濃度を高めることはなかった(データ省略)。
 収量及び収量構成要素を第7表に示した。アゾーラ接種・穂肥T−0区及び穂肥U−0区は,各年とも標準施肥と同程度かまたは 8〜12%増収した。また,アゾーラ接種・穂肥0区はアゾーラの増殖量が少なくアゾーラによる固定窒素量が少なかった1994年には減収し,アゾーラによる固定窒素量が4.2〜5.2g/uであった1992年及び1993年には標準施肥区と同程度の収量が得られた。収量と収量構成要素との関係についてみると,登熟歩合は試験区間で一定の傾向は認められなかったが,収量指数と 1穂粒数指数との間には正の相関(P<0.01)が認められた。 1穂粒数と窒素肥料との関係については,幼穂形成期に吸収された窒素が穎花数を増加させる11)ことが知られており,このこともまた,アゾーラ窒素が穂肥として有効であることを裏付けている。
 一方,アゾーラは水田雑草10)として記載されているが,害作用についての具体的な記述はなく,水稲に対する被害の調査としては,わずかに安部ら1)の報告があるのみである。安部らは水稲の生育・収量に対する影響として草丈が低く,穂数が少なくなり減収するとし,その原因として,アゾーラが水面を覆うことにより水温が低下し昼夜の温度較差が少なくなること,アゾーラの繁殖密度の増加による苗の倒伏,競合による障害を指摘している。しかし,水温については前に述べたように,福岡の気象条件ではその影響は小さく,穂数を減少させることはなかった。また,水稲の移植期にu当たり20〜40g接種したアゾーラが水面を覆うまでには2〜3週間を要し,この間に水稲の生育が進み茎もかなり固くなるため苗を押し倒すことはないこと,空中窒素を固定する能力を持ち,養分の競合は否定できることから,少なくとも西南暖地においてはアゾーラが水稲の生育または収量に負の影響を及ぼすことはないと考えられる。
 以上のように,アゾーラは水田緑肥として基肥に利用するだけではなく,水稲と同時に生育させた後,乾燥に弱い特性を利用して中干しによって枯死させることで穂肥としての利用が可能であることを明らかにした。具体的には,普通期水稲の移植期にアゾーラをu当たり20〜40g接種して中干し期まで増殖させた後,中干しをすることによって枯死させ,この間に固定された窒素の無機化を図ることにより, 1回目または 2回目の穂肥を節減できる。
 なお,アゾーラは除草剤に対する感受性が強いため,アゾーラ接種圃場では除草剤の施用はできないが,アゾーラが水面を覆うことによる雑草抑制効果が期待される。この雑草抑制効果とその利用法は,今後の課題である。











引 用 文 献

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