福岡農総試研報16(1997)

肥育豚におけるアマニ油脂肪酸カルシウム塩の給与が
発育、脂肪中の脂肪酸組成及び肉質に及ぼす影響

佐藤充徳・大和碩哉

(畜産研究所)


 肥育後期の豚( WL・HD)を用いて,α−リノレン酸( C18:3)を58%含むアマニ油脂肪酸カルシウム塩(アマニ油けん化物)を 0, 2%及び 4%の 3水準で給与した場合の増体,体脂肪の脂肪酸組成及び肉の理化学的性状に及ぼす影響について調査した。アマニ油けん化物の栄養価を測定すると乾物当り TDNは 163.0%であった。 1日増体量は各区ともほぼ同じであった。 1日当り C18:3摂取量は 2%区 33.5g, 4%区 63.1gであった。背脂肪中の C18:3割合は検定飼料区に比べ 2%区及び 4%区では約 3倍となった。また,胸最長筋内脂肪中における C18:3の増加傾向も同じであった。背脂肪のn-6系列とn-3系列の比(n-6/n-3)は検定飼料区で 17.80, 2%区6.07, 4%区6.38となり,試験区におけるn-6/n-3は小さくなった。各区とも脂肪融点に差はなく,軟脂はみられなっかった。アマニ油けん化物の C18:3摂取量は 4%区は 2%区の1.88倍となったが,背脂肪中や胸最長筋内脂肪中における C18:3の割合に変化は認められなかった。これらの結果より,アマニ油けん化物を肥育用飼料に配合する割合は 2%が適当であると考えられた。

[キーワード:肥育豚,アマニ油脂肪酸カルシウム塩,α−リノレン酸, n-6/n-3比]

     Effect of Linseed Oil Calsium Soap Consumption on the Body Weight Gain, the Fatty Acid Composition of Backfat, Longissimus Thoracis Muscle Lipid and Physico-chemical Characteristics of Meat in Finishing Pigs. SATO Mitsunori and Hiroya YAMATO (Fukuoka Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka 818, Japan) Bull. Fukuoka Agric. Res. Cent. 16: 105 -108 (1996)
     This experiment was conducted to study the effects of linseed oil calucium soap (LOCS) including 58% α-linolenic acid (C18:3) on body weight gain, fatty acid composition of body fat and physico- chemical characteristics of meat by feeding finising WLHD pigs a formula deit which included 0, 2, 4 % LOCS. As a result of studying nutritive value, the total digestible nutrient of LOCS was 163.0 % (DM bases). Each level of body weight gain was equal. Intake of C18:3 was 33.5 g (2%LOCS) and 63.1 g (4%LOCS). The ratio of C18:3 in backfat was about 3 times for pigs treated with 2% or 4% of LOCS, compared with that of control ones. Similar tendency was found in longissimus thoracis muscle. The ratios of n-6/n-3 acids of backfat were 17.80 (control), 6.07(2%) and 6.07(4%), were decreased in treatment levels. The melting point of backfat was equal, and carcass with soft fat were not found. C18:3 intake of 2% LOCS level was 1.88 times 4% LOCS to 2% LOCS. C18:3 of backfat and longissimus thoracis muscle lipid were no affected. It was conclued that LOCS was practical diet for finishing pig and the optimal level was a commercial diet containg 2% LOCS.

[Key words: finishing pigs, linseed oil calcium soap, α-linoleic acid, ratio of n-6/n-3 fatty acids ]


緒  言

  豚肉の品質及び商品価値を左右している要因のひとつである脂肪は背脂肪の厚さ,色及び硬さで評価される。体脂肪の柔らかい豚は肉の締りに欠けるとして評価が低く軟脂豚と称される。軟脂豚の特徴として,特に体脂肪中の不飽和脂肪酸の含量が多いことが知られている12)。その脂肪の質を改善するために,飼料3)や体脂肪の不飽和化抑制14)などの報告がされている。不飽和脂肪酸のうち n-6系列多価不飽和脂肪酸のリノール酸( C18:2)と n-3系列多価不飽和脂肪酸のα−リノレン酸(C18:3)は豚の体内で合成されない必須脂肪酸7)であるため飼料には必要な脂肪酸である。最近, C18:3に代表される n-3系列不飽和脂肪酸は,アレルギーや癌等の病気に対する予防効果があるとされている10)。しかし,豚では n-3系列多価不飽和脂肪酸を給与した場合の体脂肪への移行とその脂肪酸組成に関する報告1)はあるが, C18:3を豊富に含むアマニ油脂肪酸カルシウム塩(アマニ油けん化物)を給与した報告はない。 C18:3が体脂肪への移行することによって軟脂にならず,肉質が劣ることがなければ付加価値のある豚肉生産が期待できると考えられる。
 そこで,本報告ではアマニ油けん化物を給与して増体, C18:3摂取量,背脂肪及び胸最長筋内脂肪中の C18:3割合,背脂肪及び胸最長筋内脂肪中の脂肪酸組成, n-6系列と n-3系列不飽和脂肪酸の比(n-6/n-3比),および豚肉の理化学的性状に与える影響について検討した。また豚用肥育飼料としての栄養価も測定した。
 なお,アマニ油けん化物は既報4)のとおりリパーゼと水酸化カルシウムでアマニ油をけん化させたものである。


試 験 方 法

 1 アマニ油けん化物の栄養価 
(1)供試豚及び試験期間
 供試豚は平均体重84.0kgの大ヨークシャー種の去勢雄 4頭を用い, 1頭毎に単飼ケージに入れて残飼がでないように 1日 1頭当り 3kgの飼料を給与した。期間は飼料ごとに予備期 5日間,本試験期 4日間で行い,平成 7年 4月 1日から 4月27日まで連続して行った。また、消化試験は全糞採取法で実施した。 
(2)試験飼料及び試験区
 基礎飼料は第 1表に示すとおり配合した豚産肉能力検定飼料を用いた。アマニ油けん化物は既報4)と同じものを使用した。試験区は検定飼料区(基礎飼料のみ)と基礎飼料に 5%,10%アマニ油けん化物を添加した試験飼料の合計 3区を設けた。 
(3)試料分析 
  採取した糞と試験飼料は一般飼料成分を常法9)に従って分析し,それぞれの消化率を求めた。

  2 アマニ油けん化物の肥育試験 
(1)試験方法
 供試豚は平均体重30kgの肥育豚( WLHD)を12頭(雄 6頭, 雌 6頭)を用い本試験に入る前の70日間,豚産肉能力検定飼料で肥育した。本試験の豚は平均体重90.9kgになるようにふり分けて 4頭(雄 2頭, 雌 2頭)を群飼し,不断給餌,自由飲水で飼養し,平均体重 111.7kgでと殺した。試験期間は平成 7年 3月 7日から28日間とした。試験は検定飼料区(豚産肉能力検定飼料), 2%区(検定飼料98%+アマニ油けん化物 2%)と 4%区(検定飼料96%+アマニ油けん化物 4%)の 3水準を設けた。給与飼料の成分は第 2表に示した。 
(2)調査方法 
  アマニ油けん化物の給与開始時よりと殺まで毎週体重と残飼量を測定した。これから 1日増体量と代謝体重当り TDN摂取量を求めた。豚肉の理化学的性状は水分,pH,伸展率,加圧保水性,脂肪融点について常法7)に基づき分析した。また,肉色は表色法により色彩色差計CR-200( MINOLTA社製)を使用して光学的に肉色(L:明度,a:赤色度,b:黄色度)を測定し,さらに,肉眼的に判定する畜試式標準肉色模型( PCS)で判定した。 
(3)脂肪酸分析
 脂肪の試料は試験開始前に脂肪採取器を用いて生体の 4− 5胸椎間付近の背脂肪を採取したものと,試験終了時の豚枝肉のロース・バラ部位の胸最長筋( 4− 5胸椎間)より赤肉と背脂肪の内層を採取したものを使用した。脂肪酸はガスクロマトグラフィー(GC)を用いて測定した。脂肪酸分析用の試料の調製及び分析は既報5)のとおりに行った。測定した各脂肪酸は,脂肪中の総脂肪酸に占める割合で示した。


結  果

  1 アマニ油けん化物の栄養価
 アマニ油けん化物の飼料成分は粗脂肪が主体で 83.73%であった(第 2表)。消化率はアマニ油けん化物を添加すると,乾物,粗蛋白質,可溶無窒素物,粗繊維の消化率は 5%区,10%区ともに検定飼料区に比べ有意に減少した( p<0.01)(第 3表)。消化率の結果から,アマニ油けん化物の粗脂肪成分の消化率を求めると 5%区 88.97%,10%区 83.99%となり,平均消化率は86.5%であった。この結果からアマニ油けん化物の可消化養分総量( TDN)は, 163.0%(乾物中)であった。そして,この数値をもとにして可消化エネルギー(DE)に換算8)すると7.19Mcal/kgとなった。


  2 増体及び脂肪酸組成 
 アマニ油けん化物を給与すると 2%区, 4%区ともに検定飼料区と比べて最初の 2週目までの増体量は良いが, 3週目以後の増体量は減少する傾向を示した(第 4表)。しかし,期間平均増体量に有意差は認められなかった。 TDN摂取量は,摂取量に差がある週とない週があるが,全区ともに 1週目が多く 4週目に最小となる傾向を示した。しかし,期間平均摂取量は検定飼料区と 2%区に差はないが 4%区は,検定飼料区と 2%区よりも有意に減少した( p<0.05)。
 背脂肪の不飽和脂肪酸と飽和脂肪酸の比( U/ S)は,検定飼料区で給与前1.70,と殺時で1.28となった(第 5表)。 2%区は給与前1.73,と殺時で1.33, 4%区は給与前1.68,と殺時で1.25となり,各区とも減少する傾向を示した。次に試験期間中 1日当りの C18:3摂取量をみると 2%区は 33.5g, 4%区は 63.1gとなった(第 4表)。また,背脂肪中の C18:3の組成割合をみると検定飼料区は給与前 0.8からと殺時 0.5と減少するのに対し, 2%区は 0.7から 1.4, 4%区は 0.9から 1.3と増加し,検定飼料区に比べて約 3倍増加する傾向を示した。一方,胸最長筋内の C18:3の組成割合は検定飼料区 0.4に比べ, 2%区 1.2, 4%区 1.3と約 3倍増加する傾向を示した(第 5表)。
 背脂肪中のn-6/n-3比は,検定飼料区では給与前 15.88からと殺時では 17.80と高くなるのに対し,アマニ油けん化物を給与した 2%区は16.57から6.07, 4%区は13.78から6.38と低くなる傾向を示した(第 5表)。胸最長筋内のn-6/ n-3比では検定飼料区は 15.00に対し, 2%区は7.33, 4%区で4.67と低くなる傾向を示した。

  3 肉の理化学的性状
 水分は検定飼料区72.9%, 2%区73.6%, 4%区74.0%,pHは検定飼料区5.68, 2%区5.56, 4%区5.58となり,各区に差はみられなかった(第 6表)。伸展率は,検定飼料区17.3cm2/g, 2%区18.4cm2/g, 4%区19.5cm2/g,加圧保水性は検定飼料区71.5%, 2%区74.4%, 4%区75.6%となりアマニ油けん化物を給与した区は,検定飼料区に比べ増加する傾向を示したが有意差はなかった。また,脂肪融点は検定飼料区29.9℃, 2%区29.7℃, 4%区29.8℃となり各区に差は認められなかった。肉色では L値(明度)は検定飼料区58.6, 2%区56.6, 4%区55.1となり,肉色は濃くなる傾向を示したが有意差はなかった。一方,肉眼的に判断する PCSは,色彩色差計の結果と同様に肉色は濃くなる傾向を示したが有意差はなかった(第 6表)。


考  察

 軟脂豚の脂質の特性として,融点が低く,不飽和脂肪酸,特に多価不飽和脂肪酸の含量が多いことが知られている12)。その対策として炭水化物を多く含む飼料3)や体脂肪の不飽和化抑制物質14)を飼料に添加して脂肪品質を向上させている。一方,最近の報告に10)より多価不飽和脂肪酸である C18:3は癌やアレルギーを抑制するとされていることから,この C18:3を豚脂肪内に蓄積させて脂肪の品質や肉質等が通常の飼料で肥育した豚肉と変わらなければ,付加価値のある豚肉が生産できると考えられる。
 各週の増体量は検定飼料区に比べ 2%区, 4%区は最初の 2週目までは高いが,期間平均増体量に差はなかった。しかし,給与期間平均の TDN摂取量は 4%区が有意に少なかった。 4%区は増体量に差がなく,摂取量は減少しているので飼料効率は高かったと考えられる。豚を 7カ月間肥育しても飼料中の脂肪の量によって増体量は影響はうけない報告 13)がある。本試験期間は28日と肥育期間としては短く,この期間内であれば,アマニ油けん化物を給与することでと殺までの増体に影響はないと考えられる。
 豚の脂肪酸の動きのなかでU/S比を注目すると各区とも給与前からと殺時では減少していた。豚は成長するにしたがって脂肪中の飽和脂肪酸が増加し,不飽和脂肪酸が減少する11)ことが知られている。本試験でも脂肪中全体の飽和脂肪酸は増加し,不飽和脂肪酸が減少していたため,不飽和脂肪酸である C18:3を含むアマニ油けん化物を豚に給与しても体脂肪の飽和化には影響しないと考えられた。 C18:3は豚の体内で合成されない必須脂肪酸7)である。今回の試験でもアマニ油けん化物由来の C18:3は背脂肪や胸最長筋内脂肪に移行すると考えられる。 C18:3の移行割合は検定飼料区と比べて 2%, 4%ともに約 3倍と同じだった。また C18:3は 4%区は 2%区に比べ C18:3を 1日当り1.88倍摂取していたのでアマニ油けん化物の添加量を増やしても背脂肪や胸最長筋内脂肪中で C18:3の移行割合は同等であると考えられる。
 奥山 10)は人間の健康には脂肪中の n-3系列を増やして n-6系列を減らして n-3/n-6摂取比を1.0以上にするのが適当であろうと提案している。今回のn-6/n-3比の結果から脂肪中の不飽和脂肪酸は検定飼料区は n-3系列はやや減少し,逆に 2%区, 4%区は n-3系列が増加していた。アマニ油けん化物を添加することで脂肪中の n-6系列は減少し, n-3系列はα−リノレン酸が脂肪中に取り込まれるため,n-6/n-3比は改善される方向にあると考えられた。
 肉の理化学的性状では n-3系列不飽和脂肪酸を多く含む魚油や C18:3を含むエゴマ粕を10%給与した報告1,6)でも脂肪融点について差はなく,また不飽和脂肪酸含量は増えても肉の品質に差はない報告2)などから不飽和脂肪酸が脂肪中に移行しても肉の理化学的性状に差はないと考えれた。本試験においても水分,pH,伸展率,保水性,脂肪融点,肉色の各項目に有意差はみられなかったことからアマニ油けん化物を 2%, 4%添加しても肉質は通常の飼料を給与したものと変わらないと考えられた。  以上の結果,豚用肥育飼料にアマニ油けん化物を 2%, 4%添加しても,増体量と C18:3の移行割合は同じで,肉の理化学的性状に変化はみられなかった。従って,アマニ油けん化物利用して C18:3を豚の背脂肪や胸最長筋中に移行させるには 2%添加が適当であろうと思われる。


引 用 文 献

1)入江正和(1990)エイコサペンタエン酸,ドコサヘキサエン酸を含む魚油を給与した豚の脂肪における脂肪酸組成の変化と理化学的性状日畜会報,61(9), 771-779.
2)市川明・水野真樹・深津倍三・高橋努・玉田成甫(1983)肉豚に関するトウモロコシ・マイロの多給が発育、と体形質及び肉質に及ぼす影響.愛知県農総試研15397-407.
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