福岡農総試研報16(1997)

スモモ斑入果病汚染器具の簡易消毒法

下村克己・草野成夫

(果樹苗木分場)


 ホップわい化ウイロイドスモモ変異株(HSVd−plum)によって引き起こされるスモモ斑入果病は,器具によって伝染する。そこで,簡易な汚染器具消毒法を検討したところ,汚染器具の消毒は 0.5%次亜塩素酸ナトリウム水溶液に10秒間浸漬することで可能であった。また,次亜塩素酸ナトリウム水溶液中の有効塩素は安定性に欠けるが,その効力の判定はデンプン−ヨウ素複合体を用いることにより容易に可能であった。

[キーワード:スモモ斑入果病,器具伝染,消毒法,次亜塩素酸ナトリウム,デンプン−ヨウ素複合体]

 
    Simple Sterilizing Method of Tools Contaminated with Plum Dapple Fruit Disease. SHIMOMURA Katsumi,Nario KUSANO (Fukuoka Agricultural Research Center,Chikushino,Fukuoka 818,Japan)Bull.Fukuoka Agri.Res.Cent.16:92-95(1997)
     Hop stunt viroid plum variety(HSVd-plum) whichis known to be the pathogen of plum dapple fruit disease is transmitted from trees to trees mechanically. The sterilizing method of tools contaminated with HSVd-plum was examined. So it was possible to prevent mechanical-transmission ofHSVd-plum by dipping treatment with 0.5% sodium hypochlorite solution for ten seconds. Sodium hypochlorite is so unstable that we have to check its efficiency. But starch-iodine complex made it possible to know whether the sodium hypochlorite was effective or not for decontaminating tools easily.

[ Key words : plum dapple fruit disease, mechanical-transmission,sterilizing method,sodium hypochlorite,starch-iodine complex]


緒  言

 スモモは,福岡県の特産果樹として推進され,1994年の栽培面積は 135haで,品種は‘大石早生李’,‘ソルダム’ を中心に,‘太陽’ ,‘サンタローザ’ 等が栽培されている。本県のスモモにおいて,1987年頃から問題となった果皮や果肉の着色障害の原因は,山梨県で接ぎ木伝染性の病害として報告15)16)のあったスモモ斑入果病であることが明らかとなった2)。またこの病原は,ホップわい化ウイロイドのスモモ変異株(HSVd−plum)とされている9)10)17)。本県の現地ほ場における発病状況から他の伝染経路の調査が行われ,本病は接ぎ木だけでなく器具によっても伝染することが明らかとなり2),その対策が急務となった。
 植物病原ウイロイドは1985年現在15種類が報告され,病汁液や汚染器具によって容易に伝染する13) とされている。また,一般にウイロイドは非常に安定性が高いと言われ,ホップわい化ウイロイド(HSVd)では,60℃で通風乾燥した罹病毬果で 1年以上感染力が保持されるほか,耐熱性についても84℃・10分間処理で感染力が維持されていたとする報告がある8)。また,カンキツエクソコーティスウイロイド(CEVd)では,室内に数カ月保存した汚染器具で伝染した事例がある4)11) ほか,80℃・10分間処理で感染力が維持されていた11) とする報告もある。これらのウイロイドに汚染された器具の消毒法として検討されてきた薬剤には,エタノール,ホルマリン,水酸化ナトリウム等があり,現在ではHSVd及びCEVd共にホルマリンと水酸化ナトリウムを各々 2〜 3%含む水溶液による消毒法が一般的となっている。しかし,水酸化ナトリウムとホルマリンは,ともに医薬用外劇物であり,使用,管理には十分な配慮が必要である。
 そこで今回は,普通物で取り扱いが容易な次亜塩素酸ナトリウム水溶液を供試し,スモモ斑入果病に汚染された器具の消毒法について検討したので,その結果について報告する。


試 験 方 法

 1 汚染器具の消毒法
(1)高濃度接種源の調製
 試験に供試した接種源は,消毒液の効果を適確に判定するために,HSVd−plum感受性のキュウリ品種‘四葉’を用い,高橋12) の方法に準じて高濃度に調製した。すなわち,1992年 7月に採取し−80℃で保存した現地のスモモ斑入果病に罹病した‘ソルダム’の葉を,5倍容の 0.5Mリン酸第2カリウム水溶液を用いて乳鉢で磨砕し,遠心分離(3,500rpm,10min)した。その上清をUCソイルを入れた直径10cmのポリポットに植えた第1本葉期のキュウリの初生葉に,1994年 4月に 600メッシュのカーボランダムで摩擦接種した。接種したキュウリは,ウイロイド病に好適とされる高温条件13) の人工気象器(day-35℃,16hr/night-25℃,8hr)内で約 2カ月生育させた。その後,平島ら2)が行った方法に準じて葉から全核酸を抽出し接種源とした。なお,この接種源の感染力の程度は,10−1から10−6まで段階希釈した液を,接種源の調製と同様にしてキュウリに接種し, 2ヶ月間の病徴観察と2次元ポリアクリルアミドゲル電気泳動法(PAGE)により判定した。
(2)消毒法
 次亜塩素酸ナトリウム水溶液は,有効塩素濃度をヨウ素滴定法6)により,0.01%, 0.1%,0.25%, 0.5%, 1.0%, 5.0%の各濃度に調整し供試した。また,対照として水酸化ナトリウムとホルマリンを各 3%含む水溶液及び蒸留水を供試した。消毒は,接種源を塗布後風乾して汚染させた剃刀(FEATHER社製 RAZER BLADES)を各濃度の溶液に10秒間, 5分間,10分間のいずれかの時間浸漬後水洗する方法とし,各区 2〜 5反復行った。
 消毒効果の確認は,1994年 7月に第1本葉期のキュウリ‘四葉’の茎に各処理を行った剃刀で10回切りつけた後,前述と同様にして生育させ,病徴観察とPAGEにより行った。

 2 有効塩素濃度の変化
 次亜塩素酸ナトリウム水溶液中の有効塩素濃度の安定性を知るために,1990年 1月と1993年 6月に開封後室内に保存した次亜塩素酸ナトリウム原液及び測定当日に開封した原液の有効塩素濃度を1995年 5月に測定した。また,1995年 5月に開封した 500 の次亜塩素酸ナトリウム原液の入った薬瓶 2本を 4℃に設定した冷蔵庫内で 1年間保存し,経時的に有効塩素濃度を測定した。なお,溶液中の有効塩素の定量は,ヨウ素滴定法により行った。

 3 次亜塩素酸ナトリウム水溶液の簡易効力判定法
 ヨウ素デンプン反応によってつくられるデンプン−ヨウ素複合体3)(青色:吸収極大波長λmax650nm)の希釈液を指示薬とした場合の漂白限界塩素濃度を調査し,それに基づいて次亜塩素酸ナトリウム水溶液の消毒効果の簡易な判定法について検討した。
 標準となる指示薬は,0.25Nヨウ素液とデンプン溶液(0.01g/ml, 0.1%サリチル酸含有)とを等量混合し作成した。この標準指示薬を10から60倍に段階希釈して得られた希釈液と,有効塩素濃度 0.1%, 0.3%, 0.4%, 0.5%, 1.0%, 1.5%, 3.0%に調整した次亜塩素酸ナトリウム水溶液とを等量混合し,デンプン−ヨウ素複合体による青色の消失程度を調査した。調査は,肉眼判定とデンプン−ヨウ素複合体の吸収極大波長の近傍 620nmの吸光度値の測定を吸光度測定装置(SLT社製EAR400)を用いて実施した。


結果及び考察

 1 汚染器具の消毒法
 調製した接種源はキュウリに対して,10−4希釈まで感染力を有していた(下村,未発表)。この接種源に汚染された器具は,有効塩素濃度 0.5%, 1.0%, 5.0%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液への10秒間浸漬及び0.25%の溶液への 5分間浸漬により可能であった(第1表)。次亜塩素酸ナトリウム水溶液の消毒効果はウイロイド核酸の加水分解によって発現するとされる1)。したがって,0.25%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液でも処理時間を長くすれば,消毒効果は期待できると考えられた。しかし,迅速かつ確実な器具消毒を実施するためには,有効塩素濃度が 0.5%以上の次亜塩素酸ナトリウム水溶液を使用する必要がある。
 器具伝染防止法については,CEVdについては詳細な検討がなされ,温度処理,火炎滅菌,エタノールを始めとする10数種類の化学薬品も効果は認めらなかった1)7)とする報告がある一方,Roistacherら7)は次亜塩素酸ナトリウム水溶液や水酸化ナトリウムとホルマリンの混合液には効果があり,特に次亜塩素酸ナトリウム水溶液は0.05%の濃度でも90%の効果が認められたとしている。このことから次亜塩素酸ナトリウム水溶液は,ウイロイドに汚染された器具の消毒用として希少な薬剤であると考えられた。しかし,CEVd罹病トマトを直接切り付けた場合は 0.3%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液で効果が認められた4)が,CEVdの高濃度抽出液(トマトに対し10−5まで感染力を保持)を用いた場合は 1%水溶液でも器具伝染防止効果は完全でなかった5)とする報告もある。したがって,これらCEVdに関する報告と今回のHSVd−plumについての試験結果から,ウイロイドの濃度や種類すなわち塩基数や配列の違いによって,この薬剤による消毒効果(加水分解)の程度が異なる可能性もあり,この点については今後検討する必要があると考えられる。


 2 有効塩素濃度の変化 
 室内において保存した次亜塩素酸ナトリウム原液の有効塩素濃度は,保存期間が 5年のものは 0.3%まで低下し,迅速かつ確実な消毒効果が期待できないと考えられた(第1図)。また, 4℃に設定した冷蔵庫内において保存したものも同様の傾向を示し,保存期間 1年で約 1/3に低下した(下村,未発表)。次亜塩素酸ナトリウム水溶液中の有効塩素は,光や温度の影響を受ける他,空気中に含まれる炭酸等の弱酸によっても分解されるため安定性に欠ける14) とされている。したがって溶存する有効塩素の濃度の低下は非常に早く,保存期間が長いものほど低くなると考えられた。
 本試験の結果から次亜塩素酸ナトリウムは,開封後は冷蔵庫等低温暗黒条件において保存する必要があると考えられた。その際の保存期間の目安は,冷蔵庫内保存1年間の塩素濃度の低下と室内保存の結果から判断して,2年程度であると考えられる(第1図)。


 3 次亜塩素酸ナトリウム水溶液の簡易効力判定法
 適切な器具伝染防止を行うためには,使用前に消毒液中の有効塩素濃度を確認する必要があるが,その方法は簡易かつ安全に実施できるものが望ましい。
 デンプン−ヨウ素複合体の希釈液を指示薬に用いた場合の,次亜塩素酸ナトリウム水溶液の漂白限界の有効塩素濃度と指示薬の希釈倍数の間には,高い負の相関関係が認められた(第2図)。また,30倍希釈液を指示薬とした場合は,有効塩素濃度 0.5%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液では漂白できなかったが,40倍希釈液は, 0.5%以上の溶液で漂白できた。さらに,50倍希釈液は 0.4%溶液でも漂白できた。これらのことから, 0.5%以上の有効塩素が存在することを判定するためには,40倍希釈液を指示薬とすればよいことが明らかとなった(第2表)。
 一般に溶液中の有効塩素の定量は,ヨウ素滴定法かもしくは,DPD酸化比色法やオルトトリジンを用いた検出法で可能である18) 。しかし,ヨウ素滴定法は,各種試薬,器具等が必要である他,DPD酸化比色法やオルトトリジン法は,飲料水等の消毒後の残留塩素を検出するための方法であり,検出感度が高すぎる。また,オルトトリジン法は簡易ではあるが,オルトトリジン自体が強い発ガン性を有することから,安全性の面で問題がある。一方,有効塩素の漂白効果を利用して,デンプン−ヨウ素複合体を指示薬として利用する方法は,安全かつ簡易に実施できることから,実用性が高いと考えられる。



引 用 文 献

1)GARNSEY,S.M.,and WEATHERS,L.G.(1972)Factors Affecting mechanical spread of exocortis virus. Proc.5th Conf.Intern.Organization Citrus Virol. Univ.Florida      Press,Gainesville.:pp.105-111.
2)平島敬太・野口保弘・牛島考策・草野成夫(1994) スモモ斑入果病のポリアクリルアミド電気泳動法による診断と対策.福岡農総試研報B−13:65-68.
3)今堀和友ら(1984)生化学事典第1版.東京:東京化学同人,pp.855.
4)長尾記明・濱田康裕・脇本 哲(1980)カンキツエクソコーティスウイロイド(CEV)に汚染した器具の消毒について.九病虫研報26:178-179.
5)長尾記明・林 信行・脇本 哲(1981)ホルマリンおよびアンチホルミンによるカンキツエクソコーティスウイロイド汚染ナイフの消毒効果.九病虫研報27:169.
6)日本分析化学会北海道支部編(1981)水の分析第3版.京都:化学同人,pp.212.,pp.232.
7)ROISTACHER,C.N.,CALAVAN,E.C.,and BLUE,R.L.(1969)Citrus exocortis virus−chemical inactiva-tion on tools,tolerance to heat and separation of isolates. Plant   Disease Reptr.53:333-336.
8)佐々木真津生(1985)ホップわい化病とその防除.植物防疫39(8):370-374.
9)佐野輝男・畑谷達児・寺井康夫・四方英四郎(1986) スモモ斑入果病から検出されたウイロイド様RNAについて.日植病報52(3):551.
10)佐野輝男・畑谷達児・寺井康夫・四方英四郎(1988) モモ及びスモモ斑入り果ウイロイドの塩基配列と近縁ウイロイドの比較.日植病報54(3):405.
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12)高橋 壮(1979)ホップわい化病の検定と対策.農業及び園芸54(7):893-899.
13)高橋 壮(1985)ウイロイド感染症研究の現状.植物防疫39(8):343-350.
14)玉虫文一ら(1981)理化学事典第3版増補版.東京:岩波書店,pp.533.
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17)寺井康夫(1993)作物ウイルス病辞典.(土崎常男・栃原比呂志・亀谷満朗・柳瀬春夫編),東京:全国農村教育協会,pp.633-634.
18)寺島勝彦・井川 清(1983)水道協会誌52(6):23-42.