福岡農総試研報16(1997)

福岡県における樹園地土壌の理化学性の 実態と経年変化


小田原孝治・渡邉敏朗1)・黒柳直彦・藤田 彰 ・兼子 明

(生産環境研究所)

1)現鉱害試験地


 福岡県の樹園地の1989〜1993年及び1979〜1983年の土壌調査結果の比較により,土壌管理及び理化学性の実態とその経年変化を明らかにし,土壌管理対策を示した。@第1層の深さはブドウ園,カンキツ園で浅くなる傾向を示し,それぞれ前回調査の69%,64%の深さになった。A可給態りん酸含量は全体の83%で過剰となり,蓄積する傾向を示した。全窒素含量や交換性カルシウム含量についても増加傾向を示した。B全ての樹種で窒素及びりん酸は施肥基準以上の投入が認められた。C以上の結果から,過剰な施肥と第1層の浅層化によって,りん酸及び窒素が作土に蓄積するものと考えられた。したがって,条溝深耕などによる下層土の改良によって樹園地の養分の表層への遍在化を是正することと土壌診断に基づいた適正な資材の施用を実施することが必要である。

[キ−ワ−ド:ブドウ,樹園地,カキ,カンキツ,ナシ,養分集積]


     Trends of Several Physico-chemical Properties of Soils from Orchard in Fukuoka Prefecture. ODAHARA Koji, Toshiro WATANABE, Naohiko KUROYANAGI, Akira FUJITA and Akira KANEKO (Fukuoka Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka 818 Japan) Bull.Fukuoka Agric. Res. Cent. 16:87- 91 (1997)  
     In order to analyze the trends of Physico-chemical properties of orchard in Fukuoka prefecture, we compared the results in 1989 to 1993 with those in 1979 to 1983. (1) The plow layer depth in vine yard and citrus fruit yard was found to have been shallow with the average value of 69% and 64% of those in 1979 to 1983 respectively. (2) The available phosphorus content showed an increase in the decade and was too much the requirement of 50 mg/100 g at 83% of the sites, which was due to heavy fertilizer over the standard. (3) Based on these results, we recommend localized deep tillage to reduce nutrient accumulation in top soil for better soil management.

[Key words: citrus fruits, grape, orchard, pear, persimmon, soil depth]


緒  言

 福岡県の農耕地の約10%は樹園地が占め,ナシ,ブドウ,カキ及びカンキツ類など多様な品目が栽培されている。このなかでも特にカキ,ブドウは全国的にも有数の生産額を誇っている。
 果樹は樹種によって根群域や養分要求量が異なっている8)。従って樹種に応じた肥培管理がなされており,土壌の理化学性においても樹種によって特徴的な様相を呈すると考えられる。土壌管理の違いが土壌の理化学性にどのような影響を及ぼすかを明らかにすることは各樹種栽培上の問題点を把握し,適切な土壌管理対策を明らかにする上で重要な知見となる。九州・沖縄地域における農耕地土壌の実態3)がまとめられているが,樹園地の実態を樹種別にとりまとめた例はなく,他にもこのような報告は極めて少ない。本報では,1979年から始まった土壌環境基礎調査(定点土壌調査)の調査結果から,県内樹園地土壌の実態とその経年変化を取りまとめ,樹種別に土壌管理の問題点と土壌管理対策を明らかにしようとした。


試 験 方 法

 県内の第1表に示した地域において,ナシ,ブドウ,カキ及びカンキツ類を栽培する樹園地で代表的な土壌型から定点を設置し, 5ヶ年を1巡として調査を行った。1巡目として1979〜1983年,3巡目として1989〜1993年に調査を行った。土壌の理化学性に関する調査は「土壌環境基礎調査における土壌,水質及び作物体分析法」4)に従い,土壌管理の実態調査は調査地点を管理している農家からの聞き取りによった。土壌理化学性の調査地点数は1巡目には72地点,3巡目は72地点,聞き取り調査地点数はそれぞれ92地点,57地点であった。1巡目の理化学性の調査地点が聞き取り調査地点より少ないのは,3巡目に廃園あるいは転作した地点を削除したためであり,3巡目の聞き取り調査地点が理化学性の調査地点より少ないのは聞き取りできなかったためである。なお,第2層の土壌理化学性の調査は重要定点についてのみ, 5点に 1点の割合で行なった。


結  果

 1 樹種別の土壌管理の実態 
1)土壌管理資材の施用実態
 第2表に樹種別の1巡目と3巡目における土壌管理の実態を示した。
 ナシ園では,1巡目に比べて3巡目の化学肥料による窒素,りん酸及び加里の施肥量は減少した。有機物施用量の中では,鶏ふんの施用量は変わらなかったものの,施用農家の割合(以下施用割合)は減少した。堆きゅう肥の施用量及び施用農家の割合は増加した。稲わら及び石灰の施用量及び施用割合は変わらなかった。
 ブドウ園では,1巡目に比べて3巡目の窒素施用量は増加したが,りん酸及び加里の施用量は減少した。特にりん酸の減少は著しかった。有機物については稲わらの施用量及び施用割合は大幅に減少したが,堆きゅう肥の施用割合は増加した。石灰の施用量はやや減少したが,施用割合は増加した。
 カキ園では,1巡目と3巡目の窒素及び加里の施用量に大きな差はみられなかったが,りん酸はやや減少した。有機物については稲わらの施用割合が減少したが,堆きゅう肥や鶏ふん施用に大きな差はみられなかった。石灰及びりん酸質資材の施用量及び施用割合は増加した。また他の樹種に比べて鶏ふんの施用量が多いことが特徴的であった。
 カンキツ園では,1巡目に比べて3巡目の窒素,りん酸,加里の施用量は増加する傾向がみられた。有機物については堆きゅう肥の施用量が大幅に減少したが,これは1巡目に施用農家7戸のうち1戸で12,000kg/10aと大量に施用した農家があったためで,大部分は1,000〜2,000kg/10aと3巡目とほぼ同等であった。鶏ふんの施用量は増加したが,施用割合は同等であった。また石灰及びりん酸質資材の施用割合はやや高くなった。 
2)養分投入量の推定
 樹園地への窒素,りん酸及びカルシウムの投入量を第2表の数値から概算したものが第3表である。各樹種の最下段に果樹施肥基準1)から成園の基準量を抜粋した。 概算にあたっては堆きゅう肥及び鶏ふん中の成分量の代表的な数値5)を用いて,施用農家の平均値ではなく全農家の平均値を算出し,これを第2表の化成肥料施用量に加えたものを示した。ただし,稲わらは概算から除いた。この表の数値からみるとブドウ園で他の樹種に比べて,窒素施用量がやや少なく,カキ園でりん酸施用量が多いことが特徴的であった。
 第3表の1巡目と3巡目の10a 当たり窒素施用量の平均値と成園における施肥基準量を比較すると,ナシでは基準量20kgに対して24.7kgと約 1.2倍,ブドウでは12kgに対して16.2kgと約 1.4倍,カキでは14kgに対して22.2kg/10aと約 1.6倍,カンキツでは温州ミカンを例にとると25kgに対して27.6kg/10aとほぼ基準量が投入されていると推察される。このように窒素は全般にやや多肥傾向にあることがうかがえた。有機物に由来する窒素施用量を化学肥料代替率30%で換算1)すると,カンキツでは基準量の0.89倍,他の樹種では1.01〜1.06倍であった。
 同様にりん酸の1巡目と3巡目の10a 当たり平均投入量を施肥基準量と比較すると,ナシでは基準量16kgに対して22.0kgと約 1.4倍,ブドウでは 8kgに対して20.8kgと 2倍以上,カキでは10kgに対して44.2kg/10aと 4倍以上,カンキツでは温州ミカンを例にとると20kgに対して25.4kg/10aと約 1.3倍の量が投入されていると推定された。有機物に由来するりん酸施用量を化学肥料代替率60%1)で換算した施用量は,ナシで基準量の 1.2倍,ブドウで 2.3倍,カキで 3.7倍,カンキツで 1.3倍であった。
 カルシウム施用量は1巡目と3巡目の平均値でみるとナシ園,カキ園で多く,次にカンキツ園で多く,ブドウ園で最も少なかった。



 2 土壌の理化学性の変化
 第4表に各樹種別に3巡目の土壌の理化学性とその下欄のカッコ内に1巡目に対する指数を示した。また第5表には樹種ごとの土壌改善目標値2)に対する過不足地点の割合を示した。
 ナシ園では,1巡目に比べて3巡目の交換性カルシウム及び可給態りん酸含量は増加した。同時に陽イオン交換容量も増加しているため,塩基飽和度には差がほとんどみられなかった。土壌pHは適正域より高い地点がやや減少し,適正域の地点が増加した。しかし依然として低pHの地点が15%,塩基飽和度70%未満の地点が35%みられた。可給態りん酸含量については不足地点が減少し,過剰地点が増加する傾向がみられた。全炭素含量は平均値で 3.2%と他の樹種に比べて高い水準にあるが,これは黒ボク土を含むことが原因のひとつと考えられる。しかし,他の土壌型の35%の地点で改善目標値を下回っていた。
 ブドウ園では,第1層の深さが1巡目の平均値20.9cmに比べて3巡目で14.8cmと浅層化した。化学性についてはすべての項目で増加したが,なかでも可給態りん酸含量の増加が著しかった。改善目標値との比較では,pHが適正域より高い地点が増加しており,可給態りん酸含量は3巡目には全地点で過剰となった。全炭素含量は改善目標値未満の地点が減少したものの,依然として40%で改善目標値を下回った。
 カキ園では,第1層の深さは1巡目とほとんど変わらなかった。全窒素,全炭素,交換性カルシウム及び可給態りん酸含量は増加した。このうち可給態りん酸含量はすべての地点で過剰域にあり,平均237mg/100gと非常に高い水準にある。pH及び塩基飽和度はほとんど変化していないが,適正域の地点が減少し,農家間の差が大きくなっていると考えられる。全炭素含量は改善目標値を上回る地点が増加した。
 カンキツ園では,第1層の深さが1巡目の平均値18.8cmに比べて3巡目で11.9cmと著しく浅くなった。3巡目の交換性カルシウム含量は1巡目に比べて大幅に増加しているが,土壌pH及び塩基飽和度はそれぞれ平均 5.4,56%と低い水準にあり,pHは53%の地点で改善目標値を下回った。全炭素含量はやや増加する傾向を示し,基準値を下回る地点が減少した。可給態りん酸含量は過剰域の地点が増加し,蓄積傾向にあることを示した。
 第2層の土壌理化学性を第1層と比較すると,全窒素及び全炭素含量は,第2層の方が減少する傾向を示し,減少程度はカンキツ園で最も大きく第1層の40%であった。CECは樹種に関係なく第2層では第1層の73〜78%に低下した。交換性カルシウム含量はナシ及びブドウ園では40%前後に減少したのに対して,カキ及びカンキツ園では80%前後と減少の程度は小さかった。このため塩基飽和度はナシ及びブドウ園ではそれぞれ35%及び22%と大幅に低下したが,カキ園ではほとんど変化せず,カンキツ園では 7%上昇した。この結果,pHはナシ及びブドウ園で低下し,カキ及びカンキツ園ではやや上昇する傾向を示した。可給態りん酸含量はカキ園の第2層では第1層の47%に減少したのに対して,他の樹種の第2層では第1層の20〜26%へと大幅に減少した。また,ナシ園では60%の地点で,ブドウ園では25%の地点で改善目標値(10 mg/100g)を下回っていた。このような傾向は1巡目においてもほぼ同様であった(データ略)。



考  察

 成木園では全園に肥料や有機質資材を散布後,根を傷めないような深さまで表土と撹拌混和する全面施肥が一般的になっている。果樹の根群の深さは,カキは深根性,ナシは中程度,カンキツとブドウは台木によって異なるが,おおむね浅根性である8)。3巡目における樹種別の第1層の深さの大小関係が樹種別の根群の深さの傾向とおおむね一致するのは,根を傷めないような土壌管理を行う必要性を反映していると推察される。施肥量が同じであれば,施肥後の耕起によって撹拌される層(第1層)の深さが浅いほど土壌中の養分含量は増加すると考えられ,第1層の浅層化の著しいブドウとカンキツ園で可給態りん酸をはじめとする養分の集積が進行しているのは,このことに起因するものと考えられる。
 次に施用量と土壌理化学性についてみると,カキ園とブドウ園で可給態りん酸含量が高いのは,前述のように必要量よりも多量に施用されているためと考えられる。りん酸は土壌中での移動性がほとんど望めないことも蓄積傾向を助長していると考えられる。
 窒素成分は化学肥料代替率を考慮するとおおむね基準量程度の施用量であったが,全窒素含量は増加傾向にある。これは全炭素含量も同様に増加していることから,有機物施用に起因すると考えられるが,化学肥料代替率という考え方が作物体への反応を重視し,土壌への集積に関しては考慮されていないことにもよるのであろう。
 土壌pHはカキ及びカンキツ園の第1層で低い地点が多い。これは石灰が施用され,1巡目に比べて3巡目の交換性カルシウム含量が増加しているものの,CECの値が全炭素含量の増加とともに大きくなったため,塩基飽和度が適正域まで高まらなかったことが主な原因と考えられる。一方,石灰施用量がブドウ園で最も少なかったのは,調査したブドウ園の土性に砂壌土が多いことと,pHが1巡目から 6.8とすでに高いためと考えられる。交換性カルシウム含量は各樹種とも増加しているが,果樹に直接影響を及ぼすのは強度因子である土壌のpHであるから,pHをもとに土壌改良を進めていく必要があると考えられる。
 第1層と第2層の理化学性の比較から,どの樹種においても下層土の養分含量が低下していることが明らかであった。特に可給態りん酸含量は低下程度が著しく,土壌中の移動性が小さいため下層土そのものの改良が必要な園がみられる。
 以上のように,肥料成分のなかでもりん酸の多量施用は最近の産地間競争の激化にともなう生産物の高品質化をねらったものと推察されるが,このことと第1層の浅層化及び下層土の改良の不徹底によって,第1層への養分の蓄積が過剰になっていると考えられる。りん酸の過剰施用によって果樹においても鉄,亜鉛及び銅の欠乏症を誘発すること7)が知られている。また,窒素の過剰施用によってマンガン過剰を誘発する7)ほか,窒素成分の集積した土壌条件では降雨による溶脱が多くなる6)ため,省資源及び環境保全の面から好ましいことではない。このためトレンチャーによる条溝深耕によって根群域の拡大と有機物及び土壌改良資材の下層土への施用を行う必要があるが,この場合,細根の発生を促進する時期2)を考慮することも重要である。このほか,液肥の潅注による下層土への施用法の導入なども有効と考えられる。生産性を維持しながら環境保全にも配慮するためには,土壌診断に基づいた適正な資材の施用が望まれる。


引 用 文 献

1) 福岡県農政部(1990):福岡県果樹施肥基準p1〜64.
2) 福岡県農政部(1996):地力保全測定診断の手引き(対策編)p46−56.
3) 九州農政局農産普及課(1995):九州・沖縄地域におけ る土壌の実態と変化.定点調査結果からみた土壌の変遷,pp170.
4) 農水省農産園芸局農産課編(1979)土壌環境基礎調査に おける土壌,水質及び作物体分析法.土壌保全調査事業全国協議会.
5) 農水省農産園芸局農産課編(1996):土壌改良と資材. 東京,土壌保全調査事業全国協議会,p183−201.
6) 小川吉雄・石川 実・吉原 貢・石川昌男(1979):畑 地からの窒素の流出に関する研究,茨城農試特別研究報告,4,1−71.
7) 高橋英一・吉野 実・前田正男(1980):作物の要素欠 乏過剰症.東京,養賢堂:p82−97.
8) 高井康雄(1980):植物栄養土壌肥料大事典.D.果樹. 東京,養賢堂:pp799−856.