福岡農総試研報16(1997)
1)現南筑後地域農業改良普及センター 2)現南福岡地域農業改良普及センター 3)現農業総合試験場苗木分場
農林水産省果樹試験場安芸津支場で育成されたカキ‘太秋’の福岡県における特性を調査した。
‘太秋’の雌花の開花期は‘伊豆’よりl日,‘松本早生富有’,‘富有’より2〜3日早かった。収穫盛期は‘松本早生富有’より9日遅く,‘富有’より2日早かった。‘太秋’の果度の着色は,‘松本早生富有’よりも遅く,収椎時の果度色も低くかった。果実糖度は,対照品種よりも高く,気象の年次変動に対する適応性も高かった。‘太秋’は果実糖度,多汁性,果重及ぴ果肉硬度に特徴があり,従来のPCNA品種にない優れた果実品質を有していた。‘太秋’は結果母枝が長いほど雌花の分化数・着生数ともに多く,また結果枝数も多かった。前年に雄花を着生させた結果母枝は,翌年の雌花の着生数が少なかった。しかし,前年に雄花を着生させた長い結果母枝では先端に雌花を着生させるものもあることから,前年の結果母枝の花性だけでなく,結果母枝の栄養状態や発芽位置も影響していると考えられた。‘太秋’は‘禅寺丸’,‘赤柿’と比較して花粉量が少なく,花粉の発芽率も低いことから,受粉樹としての能力は高くないと思われた。
[キーワード:カキ,‘太秋’,品質,着色,収穫期,着花特性]
Characteristics of Developmental Phase, Fruit Quality, Flower
Formation and Pollen in Japanese persimmon 'TAISHUU' in Fukuoka Prefecture.
CHIJIWA Hiroyuki, Kosaku USHIJIMA, Kimihiro HAYASHI, Syuji HIMENO, Fumihiro
YOSHINAGA and Takekazu TSURU (Fukuoka Agricultural Research Center, Chikusino,
Fukuoka, 818 Japan) Bull Fukuoka Agric. Res. Cent. 16:82-86 (1997)
Japanese persimmon 'TAISHUU' newly developed at Akitsu Branch,
Fruit Tree Research Station was tested in Fukuoka Prefecture over 6 years.
The full bloom stage was 1 day earlier than that of 'IZU' and 2-3 days
earlier than that of 'MATSUMOTOWASE-FUYU' and 'FUYU'. The harvest time
was 9 days later than that of 'MATSUMOTOWASE-FUYU' and 2 days earlier than
that of 'FUYU'. Peel color index of 'TAISHUU' at harvest time was lower
than that of 'MATSUMOTOWASE-FUYU'. Both sugar contents of fruit and adaptability
to annual climate concerning sugar contents were higher than that of control
cultivars, 'IZU', 'MATSUMOTOWASE-FUYU' and 'FUYU'. Significant correlation
was found between female flower differentiation or female flower formation
and the 2-years-old branch length. New shoots arising from 2-years-old
branches that had borne male flowers tended to form male flowers and less
female flowers. Especially short 2-years-old branches tended to form male
flowers, whereas long 2-years-old branches forms female flowers occasionally.
These results suggested that determination of flower type in new shoots
were affected by nutritional status and shoot position in 2-years-old branch
in addition to flower type in the branch. 'TAISHUU' seems to be unsuitable
for pollinizer, since it's quantity of pollen and germination percentage
were lower than that of control cultivars, 'ZENJIMARU' and 'AKAGAKI'.
[Key words: flower differentiation, fruit quality, Harvest time, peel color, persimmon, 'TAISHUU']
緒 言
福岡県におけるカキ生産は,甘ガキの割合が多いことが大きな特徴となっている。早生〜中生の主要構成品種は‘西村早生’,‘伊豆’,‘松本早生富有’であるが,いずれも果実品質や栽培性の面で問題があるため,作付け面積は晩生の‘富有’に偏重している。このことは,労働力の配分,出荷期間の集中による価格の低迷,気象災害や病害虫被害などの面で問題となっている。一方,カキの消費志向は果肉が柔らかく品質の優れたカキが好まれているため,全国的には‘平核無’やその枝変わりである‘刃根早生’など
PVA(不完全渋ガキ)品種の割合が増加しており,今後もこの傾向は続くものと思われる。本県の特色を生かしつつ,これらの問題を解決するために,熟期が‘富有’より早く,品質及び栽培性が高いPCNA(完全甘ガキ)品種の導入が望まれている。
農林水産省果樹試験場安芸津支場で育成され,1994年に農林登録された‘太秋’は中生種で品質が優れ,市場評価に応えられる甘ガキとして期待されている。
そこで,福岡県における‘太秋’の生育,果実品質,着花及び花粉に関する特性について検討したので報告する。
材料及び方法
1 供試品種
1989年 3月に場内(筑紫野市阿志岐)の 9年生‘松本早生富有’に‘太秋’を一挙更新による高接ぎを行った。生育相及び果実品質調査の対照品種として,県内の主要PCNA品種である‘富有’,‘松本早生富有’及び‘伊豆’を‘太秋’と同様の方法で処理し,各品種
2樹ずつ供試した。
花粉調査の対照品種として,県内の主要受粉樹である‘禅寺丸’及び‘赤柿’の17年生樹を供試した。供試樹は福岡県果樹栽培技術指針に準じて管理した。
2 生育相
生育相は,初結果した1990年から1995年まで調査した。農水省系統適応性調査基準に従い,開花始期は全体の20〜30%,盛期は80%が開花した日,終期は全体の70〜80%の花弁が脱落または褐変した日とした。果実の収穫は,果皮色がカラーチャート(農水省作成・全品種対象)で5以上となったものを随時収穫した。収穫始期は全体の果実の20%,盛期は50%を収穫した日,終期は最後の収穫日とした。
果皮色の推移は 1品種につき20果を供試し,果実の赤道部を 9月から収穫期まで約
1週間毎にカラーチャート(農水省作成・全品種対象)を用いて測定した。
3 果実品質
果実品質は,収穫盛期に各品種20果を供試して,果実糖度,果肉硬度,果皮色及び汚損果発生率を常法にて測定した。汚損果発生率は,高接ぎ当年から
3年間の収穫果数が少なかったため,1992年から1995年までの値を用いた。果実糖度について気象の年次変動に対する適応性をみるために,Finlay
and Wilkinsonの回帰分析2)を行った。この分析では既報1)に従い,供試 4品種の各年度の平均糖度を説明変数とし,この平均糖度が低い年を不良気象年,高い年を好気象年とした。また既報1)に従い,
「年次気象適応性が高い」とは好気象や不良気象に対して供試品種の当該年度の平均糖度よりも高い値を示すこととし,「年次気象に対する安定性が高い」とは気象の好・不良にかかわらず,毎年一定の糖度が保たれることとした。
4 着花特性
1996年 5月10日に長さが 7cm以上で二次伸長していない結果母枝を無作為に抽出し,結果母枝上の結果枝別に雌雄花の着生数と退化した花芽数を調査した。調査時点で退化せずに出蕾したものを着生数とし,退化した花芽数及び着生数を合計したものを分化数とした。また,長さ10,20,30cm程度の結果母枝をそれぞれ10本ずつ供試し,結果枝単位で雌花の着生数を調査した。また,結果母枝を前年に雄花が着生した枝,前年に雌花が着生した枝及び前年に無着生の枝に分類し,それぞれ15cm程度の長さの結果母枝を13〜15本ずつ供試して着生数と退化花芽数を調査した。
5 花粉量・発芽率
花粉の採取は,開花直前の蕾90〜100 花を午前中に採取し,雄ずいを紙上に拡げて室温で約
6時間風乾させた後,パラフィン紙で上から押さえて揉み出し回収した。花粉の発芽率は,15%ショ糖を含む
1%寒天培地上で,25℃の条件下に20時間放置後,300〜600個の花粉について測定した。
結果及び考察
1 生育相
‘太秋’の雌花の開花期は 5月19〜26日で,開花盛期は‘伊豆’より 1日,‘松本早生富有’及び‘富有’より
2〜 3日早かった(第 1図)。‘太秋’は雄花を着生し,雄花の開花期は 5月16〜24日で雌花より
2〜 3日早かった。収穫盛期は,11月16〜21日で‘松本早生富有’より 9日遅く,‘富有’より
2日早かった(第 2図)。‘太秋’の果皮色の進行は,着色の良好であった1993年,不良であった1995年ともに‘松本早生富有’よりも遅く,特に1995年は収穫盛期までカラーチャート値が低かった(第
3図)。
育成地(広島県豊田郡安芸津町)では,‘太秋’の収穫盛期は‘松本早生富有’と同時期12) で収穫時の果皮色は‘松本早生富有’と比較して低いとされている12) 。収穫期の‘太秋’の果皮色は‘松本早生富有’や‘富有’のような橙朱〜橙紅になりにくく,むしろ‘平核無’の黄橙に近い色を呈する。このため,成熟が進んでも全品種対象のカラーチャートでは,果皮色が低い傾向にあると思われる。
県内カキ主要産地では成熟期間中の気温が他の生産県よりも高く,朱色発現の適温と一致することから5),果皮色がカラーチャート値
5以上で収穫している。当場での収穫期の遅れは,果皮が既存の品種並に着色してから収穫しているためと思われる。一方で,‘太秋’は早採りによる果実糖度の低下が指摘されており7),収穫適期の幅は比較的狭いものと思われる。
果実の成熟状態を示す指標として,果実の着色,果肉硬度,果梗着生強度,果肉成分,果実呼吸,果実の齢などがあげられる4)が,カキ果実の熟期判定の最も優れた指標は果皮色とされている9)。しかし,カキの果皮色は品種や地域,栽培条件により異なるため10,11),‘平核無’では独自のカラーチャートが開発されている11) 。‘太秋’においても果皮色が他の品種とは異なることから,果皮色を熟期の指標とするためには‘太秋’独自のカラーチャートの開発が望まれる。
2 果実品質
‘太秋’の果実糖度は, 6年間の平均で18.2%と対照品種よりも高かった(第
1表)。品種と年次を要因として分散分析を行った結果,品種および年次間で 1%水準で有意な差が認められた。
Finlay and Wilkinson2)は,オオムギの収量に関する環境適応性について,全供試品種の平均収量を説明変数に用いて検討している。環境条件の好・不良にかかわらず,一定して高い環境生産力を持つ品種が理想的であるが,実際にはそのような品種は存在しなかったため,好環境・不良環境ともに供試品種の平均収量より高いものを全ての環境に適応性が高い品種としている。カキの供試
4品種においてFinlay and Wilkinsonの回帰分析を行った結果,‘太秋’の果実糖度の回帰係数は1.05と果実糖度の安定性は平均的で,‘富有’のような安定性はなかった。しかし,果実糖度は気象の好・不良に関わらず供試
4品種の平均糖度よりも高いことから,気象の年次変動に対する適応性が高い品種と考えられた(第
4図)。一果重は336gで,対照品種に比べて大きかった(第 1表)。また,果肉硬度は対照品種と比較して低かった。
カキ果実の食味に関する要因には,果実糖度,肉質,渋味,香りなどが重要であり3),中でも果実糖度が重要であると思われる。一方,モモではうまさと果汁量の相関が高く,多汁性の果実は果肉をそしゃくした時に,口腔内での唾液による希釈効果が軽微となり,甘味をより強く感じるとされている8)。一般にカキ果実では果汁が少ないが,‘太秋’の果実は果汁が著しく多いと報告されており12),また当場の官能検査でも果汁が多いことから,‘太秋’の果実の多汁性は食味の重要な要因と考えられる。果肉硬度は他のPCNA品種と比較して低く,食べやすい。これらのことから,‘太秋’は従来のPCNA品種にない果実品質特性を有しており,市場での評価が期待できる。
一方,‘太秋’は汚損果が多く発生する(第 1表)ため,外観品質を著しく低下させる。育成地では,汚損果の多くは果頂部の条紋によるもの12)とされているが,当場では収穫盛期に雲形状の汚損果も多くみられた。汚損果は商品性を大きく損なうため,今後発生防止対策を検討する必要がある。
3 着花特性
‘太秋’の結果母枝は,長さ 7〜40cmの範囲内で長いほど雌花の分化数,雌花の着生数ともに多くなる傾向が認められた(第
5図)。結果母枝長を30,20,10cmで区分した場合,雌花を 1花以上着生した結果枝は枝長30cmの結果母枝で頂芽から第
4芽まで,20cmの結果母枝で頂芽から第 2芽まで,10cmの結果母枝では頂芽の結果枝のみであった(第
2表)。次に,前述と同一結果母枝での雄花の着生を第 6図に示した。30cmの結果母枝で第
6芽,20cmで第 4芽,10cmで第 2芽を中心にして雄花の着生がみられた。 1結果母枝当たりの雄花の着生数は20cm,30cm,10cmの結果母枝の順に多かった。
結果母枝の前年の花性の違いにより,翌年の雌花の分化数及び着生数に違いがみられた。すなわち,前年に雄花を着生させた結果母枝は,結果枝当たりの雌花の着生数が
1.4花に対して,前年に雌花を着生させたもの及び未着生のものはそれぞれ 4.1花,
3.8花と多かった(第 3表)。また,分化数も同様の傾向にあった。前年に雄花を着生した結果母枝を
7〜15cmと16〜20cmの二つに区分した場合,後者での雌花着生数が多く,結果母枝内での雌花着生位置は全て頂芽のみであった(第
4表)。
西田と池田8)は‘禅寺丸’の着花特性について調査し,長い結果母枝は頂芽及び第
2芽から発芽した結果枝に雌花の着生が多く,雌花を着生させた結果枝全体の 3/4を占め,短い結果母枝は雌花の着生が少なく,雄花の割合が多いことを確認している。本調査でも30cmの結果母枝では,頂芽及び第
2芽では雌花の着生が多く,雄花の着生は全くみられなかった。結果母枝が20cm,10cmと短くなるに従い,頂芽及び第
2芽の雌花の着生が少なくなり,逆に雄花の着生は多くなった。また,結果母枝が長くなるに従い,結果母枝当たりの結果枝数,結果母枝全体の雌花数がともに多くなることから,雌花数を確保するためには30cm以上の結果母枝を確保することが望ましい。また,30cmの結果母枝でも第
5芽以降は雌花の着生が少なく,雄花の着生が多くなるため,雌花数を確保するためにはせん定の際に先端芽を切り返さない方がよいと思われる。 米森ら13)はカキにおいて当年の結果枝の花性は,前年の結果母枝の花性の影響を受け,その程度は品種により異なるとしている。すなわち‘藤原御所’では,雄花が着生した結果母枝にはその長さにかかわらず翌年には雄花しか着生しない。一方‘花御所’の場合では,結果母枝の花性とともに結果母枝上の芽の位置が翌年の花性に与える影響が大きいとしている。‘太秋’においても,前年に雄花が着生した結果母枝には雄花が着生しやすい傾向が認められた。しかし,前年に雄花が着生した結果母枝でも枝長が長いものには頂芽に雌花を着生することから,雌花の着生は前年の花性のみに影響を受けるのではなく,前年度の結果枝の栄養状態や結果母枝内での芽の位置も花性を決定する要因となっているものと思われる。このことから,前年に雄花を着生した枝でも,長いものは結果母枝として利用できる。逆に短い枝は,葉数確保のために残すのではなく,せん定の際にせん除するほうがが望ましいと思われる。具体的な長さ等については,今後さらに
検討する必要がある。
4 花粉量・発芽率
カキは自家和合性とされているが,‘太秋’の花粉量は‘禅寺丸’,‘赤柿’と比較して少なく,花粉の発芽率も低いため(第
5表),受粉樹としての能力は高くないと思われる。‘太秋’は種子形成力が弱く種子数が少ないが,単為結果力は‘富有’並みとされており7),結実安定のためには他の栽培品種と同様に受粉樹が必要であり,開花期が比較的早い雄花を持つ品種との混植が望ましい。
以上の結果から,‘太秋’は気象の年次変動に対する適応性が高く,品質が優れるために高品質甘ガキとして県内での導入の可能性がある。栽培性は高くないため,‘富有’や‘松本早生富有’から大幅に更新されることはないが,主要
4品種に次ぐ品種として期待できる。今後,‘太秋’の普及推進を図るためには,雌花の安定確保技術,収穫適期判定指標の設定,着色向上及び汚損果防止技術などの確立が必要である。
引 用 文 献
1)千々和浩幸・林公彦・牛島孝策(1994)モモの果実糖度に関する年次気象適応性の品種間差異と気象要因.福岡農総試研報14:146-149.
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5)中条利明・芦沢正義(1964)富有カキの着色に関する研究(第 4報)果実の成熟期における朱色発現の好適温度の時期的差違について.香川大学農学部学術報告24:
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1報)カラーチャートの色特性.果樹試報A7:19-44.
11)山崎利彦・鈴木勝征・田中敬一・松田好祐(1981)果実の成熟判定のためのカラーチャートの作成とその利用に関する研究(第
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