福岡農総試研報16(1997)
1)現福岡県農政部農業技術課
ワセウンシュウミカンのフィルムマルチ栽培における多孔質フィルム(以下フィルムと略)の被覆開始時期が水分ストレスおよび果実の糖度,クエン酸含量に及ぼす影響を検討した。 @フィルムで土壌を被覆し降雨を遮断すると,土壌水分と葉の最大水ポテンシャル(以下ψmaxと略)は低下した。A果実の糖度は,フィルム被覆によって葉のψ max
が低下すると増加したが,10月上旬以降は関係がみられなかった。収穫期の果実の糖度は,
7月, 8月にフィルム被覆を開始すると高かったが, 9月の被覆では無被覆と比べて差がなかった。B果実のクエン酸含量は,被覆開始時期の影響が強く表れ,
7月の被覆ではピーク時の含量がやや高くなったものの,その後の減少量は無処理と同程度に推移した。
8月の被覆では 9月の減少量が少なく収穫期の含量が他に比較して高くなった。
9月の被覆では無処理と同様な推移を示した。
[キーワード:ワセウンシュウミカン,多孔質フィルム,葉の最大水ポテンシャル,糖度,クエン酸含量]
Studies on the Cultivation of Covered with Mulching Film in Satsuma
Mandarin (Citrus unshiu Marc.) Trees. (2) Effects of Starting Time
of Covering on Fruit Quality. KUWAHARA Minoru, Yoshiki OBA and Hitoshi
NOGATA (Fukuoka Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka 818,
Japan) Bull. Fukuoka Agric. Res. Cent. 16: (1997)
The effects of starting time of covering (July, August, September)
on fruit quality under mulch cultivation with porous film were investigated
to produce high quality fruits of satsuma mandarin (Citrus unshiu
Marc.) (1) The soil moisture and the leaf water potential (ψmax) decreased,when
trees were treated with film-mulching. (2) As the ψmax of trees decreased,
the Brix of the fruit at growth stage increased. The Brix of the fruit
was not related to the ψmax of trees after October. In harvest time, the
Brix of the fruit that treated in July and August was high. There is very
little difference in the Brix of the fruits at the harvest time between
treated in September and no treated. (3) The fluctuation of citric acid
content of the fruit was affected by treatments. The max of citric acid
content of fruit that treated in July was slightly higher than other treatments,
and its decrease was similar to no treated afterward. When trees were treated
in August, the diminution of citric acid content in September was lower
than other treatments, and its content at harvest time was higher than
others. When treated in September, the fluctuation of citric acid content
of the fruit was similar to no treated.
[Key words: Brix, citric acid content, , porous film, satsuma mandarin, water potential]
緒 言
近年,果物に対する消費志向が多様化しており,ウンシュウミカンについても,より高品質な果実が求められている。ウンシュウミカンでは糖度が高く,適度な酸度の果実が高品質と評価されているが,これらの糖度や酸度は気象条件,土壌条件,栽培管理など多くの要因の影響を受ける。そのなかでも夏から秋にかけての降水量は果実の糖度を左右する重要な要因となっている5,14)。このため,糖度の高い果実を生産する目的で,フィルムマルチにより夏秋季の降雨を遮断する栽培が生産現場で普及している。しかし,フィルムの種類や被覆開始時期により収穫果実の糖度が目標の糖度に達しなかったり,酸含量が高くなるなどの問題を生じる事例2)や,気象条件により果実品質が変動する事例10) がみられ,果実の品質が安定していない。このため,果実品質がより安定するフィルムマルチ栽培法を確立することが求められている。
ウンシュウミカンのフィルムマルチ栽培において,第 1報9)では,土壌水分と果実品質との関連を検討し,
8月以降の土壌水分を含水比15%程度に制御すると果実の糖度が高くなること,また,多孔質フィルムはポリエチレンフィルムに比べて被覆後の土壌および樹体の乾燥が早く,果実の糖度上昇効果が高いことを報告した。この他にも,果実品質を土壌水分から検討した報告事例は多い5,10,11,15,18)。しかし,葉の最大水ポテンシャル(以下ψmaxと略)から果実品質を検討した報告は少なく,葉のψmaxが果実品質に及ぼす影響は明確でない。中里ら12) は
6, 7, 8月にポリエチレンフィルムを被覆し,土壌水分が高い場合に被覆した葉のψmaxの低下が遅いこと,糖度の上昇は
8月上旬から 9月下旬までの期間の葉のψmaxの低下との関連性が高いことを報告している。しかし,これは被覆資材に透湿性のないフィルムを用いた場合の試験結果であり,土壌乾燥効果の高いフィルムを用いて被覆開始時期と葉のψmax,果実の糖度およびクエン酸含量の推移との関係を明らかにした事例はない。そこで本報告では,多孔質フィルムの被覆開始時期が樹体の水分ストレス,果実の糖度およびクエン酸含量に及ぼす影響を検討し,
2, 3の知見を得たので報告する。
試 験 方 法
園芸研究所に栽植しているカラタチ台16年生‘興津早生’を供試し,1994年と1995年の
2カ年,通気度 1,300sec/100CC ,透湿度 3,700g/m224Hrの多孔質フィルム(エーザイ生科研製:ネオイーエスシート,以下フィルムと略)を用いて被覆した。被覆開始時期は,第
1表に示したとおり,両年とも 7月上旬( 7月被覆), 8月上旬( 8月被覆),
9月上旬( 9月被覆)の 3時期とし,各処理とも11月下旬の収穫期まで被覆した。また,対照として,フィルムマルチ処理を行わない無被覆を設けた。試験規模は
1処理 1樹 5反復とした。
フィルムは,第 1報9)と同じ方法で樹冠下を被覆した。また,樹体の極端な乾燥を防ぐため,葉の萎凋および果実のしおれ程度から判断し,樹体が乾燥した区はフィルム下に設置したかん水チューブを用いて
1回あたり 5〜10mmのかん水を行った。なお,1994年は夏季の降水量が少なかったため,ホースあるいはスプリンクラーで
1回あたり10mmのかん水を行った。
調査は,土壌水分,葉の ψmax,果実品質について 7月上旬から11月上旬まで約15日間隔で行った。土壌水分は,樹冠下の深さ20cmの土壌を
1処理につき 4地点から採取し,土壌含水比で示した。葉の ψmaxは,高さ 1〜
1.5mの樹冠赤道面から 1樹当たり 3葉を供試し,プレッシャーチャンバー(大起理化学工業製)を用いて,日の出前の午前
3時〜午前 5時に測定した7)。果実分析は, 1樹あたり 5果を供試し,着色程度,果皮色,浮皮程度,糖度,クエン酸含量および甘味比について行った。なお,果皮色は農林水産省果樹試験場作成のカンキツ用カラーチャート,浮皮程度は無(
0)〜甚( 3)の 4段階で手ざわりによる判定を行った。果実の糖度は屈折糖度計(アタゴ社製
ATC-1)により測定した。酸含量は 0.1N-NaOHによる中和滴定法により測定し,クエン酸含量としてあらわした。甘味比は比重計により可溶性固形物含量を測定し,その値をクエン酸含量で除して求めた。
なお,気象データは太宰府市のアメダス観測値を用いた。
結 果
1 降水量,かん水量,土壌水分および葉の ψmaxの推移
(1) 1994年 降水量,かん水量,土壌水分および葉のψ maxの推移を第 1図に示した。
7月 1半旬から 8月 5半旬までの降水量は31mmと極端に少なかった。 8月 6半旬から
9月 4半旬までの降水量は 220mmであったが,それ以降は降水量が少なく全体としては干ばつの年であった。降水量が少なかった
7月下旬頃から 9月上旬までの期間と10月中旬から下旬にかけて,葉の萎凋,果実のしおれがみられたため,
7月被覆で10回, 8月被覆で 9回, 9月被覆で 8回,無被覆で 6回かん水した。
無被覆の土壌含水比は降水量が少なかったため 9月 2半旬までは15%前後の低い値で推移したが,その後の
9月 4半旬の降雨によりやや高まった。被覆処理の土壌含水比は無被覆より低く推移し,降雨による上昇もみられなかった。
無被覆の葉のψmaxは 7月 8日から 8月19日まで低下したが,その後降雨により急激に上昇し,
9月 7日から 1.5カ月間は -0.4MPa以上で推移したが,11月になると低下した。
7月被覆の葉の ψmaxは被覆 1カ月後に無被覆より低く -0.9MPaとなったが,その後
8月19日まではかん水の影響で葉の ψmaxの低下は抑えられた。 8月被覆の葉のψmaxも被覆後一時低下した。その後,
7月被覆, 8月被覆の葉の ψmaxは,降雨により無被覆と同様に上昇した。 9月被覆の葉のψmaxは,被覆
0.5カ月後には無被覆よりやや低かった。 9月21日以降の被覆処理の葉のψmaxは収穫期まで同程度に徐々に低下した。11月の葉のψmaxは各処理とも高く推移した。土壌含水比とψmaxとの関係をみると,ほぼ同様な傾向を示し土壌含水比が低下するとψmaxも低下したが,
8月19日から 9月21日までは被覆処理の土壌含水比が低かったのに対し,葉のψmaxは高く推移した。
(2) 1995年 降水量,かん水量,土壌水分および葉のψ maxの推移を第 2図に示した。
7月上旬の降水量は多かったが, 7月 6半旬から 9月 4半旬までは平年よりやや少なかった。
9月 5半旬には 127mmの降雨があり,その後は平年よりやや少ない量で推移した。かん水回数は1994年に比較して少なく,
7月被覆で 8月下旬,10月上旬の 2回, 8月被覆で10月上旬にの 1回であった。
無被覆の土壌含水比は20%から30%の高い値で推移した。それに対し被覆処理の土壌含水比は処理後低下し,15%程度に維持された。また,8月下旬,
9月 5半旬の降雨により無被覆の土壌含水比は上昇したのに対して,被覆処理では低く推移した。
無被覆の葉のψmaxは,土壌含水比が高かったのに対応して高く推移したが,11月には土壌含水比に関係なく急速に低下した。
7月被覆の葉の ψmaxは被覆 1カ月後の 8月 8日に, 8月被覆では被覆 0.5カ月後の
8月22日に,無被覆より有意に低くなり,さらに 9月上中旬の降水量が少なかったため
9月21日には両処理とも -0.9MPa程度まで低下した。その後, 9月 5半旬の降雨により土壌含水比は低く推移したが,葉のψmaxは一時急激に上昇し,以降は収穫期の11月24日まで低下した。
9月被覆の葉のψmaxは,被覆後無被覆との差がなく,10月19日から11月17日まで無被覆と
7月被覆, 8月被覆とのほぼ中間を推移しながら低下した。
2 果実の糖度およびクエン酸含量の推移
(1) 1994年 果実の糖度およびクエン酸含量の推移を第 3図に示した。無被覆の糖度は,
8月19日に 9.8まで上昇した。以降葉の ψmaxの上昇とともに 9月21日まで低下したが,その後は徐々に増加した。
7月被覆, 8月被覆では被覆 1カ月後に, 9月被覆では被覆 1.5カ月後に無被覆より有意に高くなった(
Tukeyの多重比較, 5%水準)。 7月被覆では 8月上中旬の葉の ψmaxの低下が緩慢になったときに糖度の上昇も緩慢になった。その後,葉のψmaxが
9月21日まで上昇したのと同時に糖度も低下した。 8月被覆の糖度は処理後上昇し
9月 5日に 7月被覆との差がなくなり( Tukeyの多重比較, 5%水準),以降は
7月被覆と同様に推移した。 9月被覆の糖度は 9月21日以降に葉の ψmaxが低下すると同時に無被覆よりやや高くなり,以降も高く推移した。10月
6日以降の糖度は,処理間の葉の ψmaxに差があったにもかかわらず同程度の上昇率を示した。
7月被覆のクエン酸含量は,被覆後,無被覆よりやや上昇し,ピーク時の含量が高くなる傾向を示し,
8月19日以降は無被覆と同様に推移した。 8月被覆のクエン酸含量は, 9月上旬から
9月下旬の減酸量が少なく, 9月下旬以降他の処理より0.2〜0.3%高く推移した(
Tukeyの多重比較, 5%水準)。 9月被覆のクエン酸含量は無被覆とほぼ同じ様に推移した。
(2) 1995年 果実の糖度およびクエン酸含量の推移を第 4図に示した。糖度の推移は,1994年のように
7月, 8月に糖度が高まることはなく,調査期間を通して前年より 1〜 1.5%前後低かったが,葉のψmaxの低下・上昇にともなって糖度も上昇・低下した。また,1994年と同様に,
7月被覆の糖度は 8月に上昇したがその後一時低下し,再度上昇した。 8月被覆の糖度は
9月 9日に 7月被覆の糖度と差がなくなった後 7月被覆と同様に上昇した( Tukeyの多重比較,
5%水準)。 9月被覆の糖度は葉の ψmaxの低下がなかったため上昇しなかった。10月
4日以降,各処理の糖度は同程度の上昇率を示した。
クエン酸含量の推移は,1994年より調査開始時( 7月 5日)の含量が低く,その後の推移も全体的に高く推移したが,各処理とも1994年とほぼ同様な傾向を示した。
3 収穫期の果実品質
1994年および1995年における収穫期の果実品質をそれぞれ第 2表,第 3表に示した。着色程度,果皮色,浮皮程度および果肉歩合は,1994年,1995年とも処理間に有意な差は認められなかった。果重は,1994年では全処理とも小玉の傾向を示し,特に
7月被覆, 8月被覆で小さかった。1995年の果重は1994年より大きく,処理間に有意な差は認められなかった。糖度は,1994年が1995年より全体的に
1〜 2程度高かったが,処理間では両年とも 7月被覆, 8月被覆が無被覆より有意に高く12以上となった。
9月被覆の糖度は無被覆と有意な差が認められなかった。クエン酸含量は,1995年が1994年より全体的に高かったが,処理間では両年とも
8月被覆が他の処理より有意に高かった。このため, 8月被覆では他の処理に比べて甘味比が低かった。
考 察
ウンシュウミカンのフィルムマルチ栽培で,樹体の水分ストレス程度を知るために,フィルム被覆下の土壌水分と葉のψmaxを同時期に測定した結果,1994年,1995年の
9月の降雨後にみられる様に,土壌水分が低い値で推移しても葉のψmaxは上昇し,水分ストレスが緩和さる現象がみられた。この原因として,露地栽培におけるウンシュウミカン成木の根群分布が広いこと13) ,根域が特定できにくいため樹体の水分ストレスは一部の土壌水分の測定では推定しにくいこと3),さらに,根群の10%程度が適湿土壌中に分布するだけで葉のψmaxが低下しにくい6)ことがあげられる。本試験のマルチ栽培においても,被覆処理した樹の根群が被覆土壌中にだけ分布しているとは考えにくい。したがって,マルチ栽培では,無被覆の露地栽培以上に樹体の水分ストレス程度は土壌水分であらわすことが困難で,樹体の水分ストレス程度を推定するためには土壌水分よりも葉のψmaxの測定が有効であると考えられた。
果実発育期の葉の ψmaxと果実の糖度との関係について,本試験では 8, 9月の葉のψmaxが低下した
7月被覆, 8月被覆で同程度の糖度上昇効果が認められ,一方,10月上旬以降の糖度は葉のψmaxとは関係がみられなかった。糖度の上昇に対して水分ストレスを付与する有効な期間は,ワセウンシュウミカンでは
8月から 9月とする報告1,12) が多い。鈴木ら17) はポット植栽の幼木を用いて調査し,収穫期の糖度は
8, 9月の葉の ψmaxが低くなるにつれて増加するが,10月では一定の傾向がないことを報告しており,これらの報告とほぼ一致した結果となった。
土壌が乾燥すると,果汁の物理的な濃縮,果実への同化産物の分配率の高まり,多糖類の生合成抑制,細胞壁構成多糖類の加水分解によって糖濃度が高まるとされている3)。また,薬師寺ら19) は,糖の集積機構について浸透調節機構の点から解析し,細胞が膨圧を維持するために果肉内に糖類,アミノ酸そして有機酸を蓄積し,浸透調節を行っていることを明らかにしている。つまり,浸透調節を行っている限り,糖類の蓄積は有機酸の蓄積をともなうと考えなければならないが,果実の発育ステージによるそれらの機構の差異についてはいまだ明らかにされていない。
中里ら12)はマルチ栽培における果実発育期の葉のψ maxと収穫期のクエン酸含量との関係は品種間差や年次間差があり,相関が低いとしている。本試験においても同様な結果が得られ,葉のψmaxの推移とクエン酸含量の推移とには一定の傾向がみられなかった。しかし,収穫期のクエン酸含量はフィルムマルチの被覆開始時期の影響が明瞭にあらわれると考えられた。すなわち,クエン酸含量のピークとなる以前の
7月に被覆すると,ピーク時の含量がやや増加するものの 9月の減酸は進み, 8月の被覆では
9月上旬から下旬の期間にかけて,クエン酸含量の減少量が小さく収穫期の含量が高くなると考えられた。本試験では減酸期にあたる
9月には 2カ年ともかん水を行っていないことから, 7月被覆, 8月被覆のクエン酸含量の減少量の違いは,かん水の影響とは考えにくい。さらに,1994年と1995年で気象条件がかなり異なり,特に果実発育期の降水量が異なった。また,1994年では秋期の気温が高かったため(データ略)全体的に減酸が進行したが,その中でも処理の影響が強く表れている。そのため,
7月被覆, 8月被覆でクエン酸含量の推移が異なったのは,水分ストレスの付与を開始する時期の違い,つまり葉のψmaxの低下時期が果実の有機酸生成・分解過程に及ぼす影響が異なるためと考えられる。一方,
9月被覆では1994年の少雨の年にも無被覆とほぼ同じ含量で推移していることから,
9月以降の水分ストレスが有機酸の生成・分解過程に及ぼす影響は小さいと考えられる。本試験の葉のψmaxと収穫期のクエン酸含量との相関が低い(データ略)ことをあわせ考えると,葉のψmaxの低下程度より葉のψmax低下時期のほうがクエン酸含量の推移に影響を及ぼしていると考えられる。
葉のψmaxと有機酸含量との詳細な関係を明らかにした報告事例は少ないが,土壌水分との関連を調査した報告は多い。それによると,坂本ら14)は
9月中旬を前後として酸代謝の様相に大きな変化が生じることを,久保田ら4)は酸含量の増加は秋季の分解抑制にもとずくことを,さらに,松本8)は
9月における酸代謝の転換期のクエン酸消失量が大きく影響することを報告しており,
9月の有機酸代謝が収穫期のクエン酸含量に影響を及ぼしていると考えられる。したがって,
8月被覆では 8月中下旬の急激な葉の ψmaxの低下により,有機酸代謝に変化が生じ,クエン酸の減少(分解)が抑制されたと推察される。しかし,本試験においては,有機酸の組成,それに関連する酵素等について未調査であり,詳細な生理現象については今後解明していく必要があると思われる。
ウンシュウミカンの果実品質は,前述したとおり夏秋季の降水量の影響を強く受け変動する。本試験の1994年,1995年の夏秋季の降水量はかなり異なり,その結果,無被覆の果実の糖度,クエン酸含量および果重にも差が生じた。被覆処理でも同様な傾向を示したが,
7月被覆, 8月被覆では 2カ年の夏秋季の降雨のパターンが異なっているにも関わらず糖度の上昇効果が認められる。そのため,果実の糖度を高めるためには,
7月あるいは 8月からの被覆が効果が高いと考えられる。しかし, 7, 8月の水分ストレスは樹体に及ぼすマイナスの影響が大きく16),また,長期間のフィルム被覆は樹体に及ぼす悪影響が懸念される。したがって,多孔質フィルムを被覆する場合,
8月の被覆が最も効果的であると考えられる。しかし,この時期の被覆は有機酸代謝に影響を及ぼし,クエン酸含量の減少量が少なくなる。この解決策として,水田ら10)はマルチ栽培で一時的にフィルムを除去し,土壌水分を高めることによってクエン酸含量の減少を促進し糖度の上昇も得ているため,今後は減酸期のかん水あるいは被覆除去の検討を加え,クエン酸含量の減少を促す方法の確立に取り組む必要がある。
引 用 文 献
1)葦沢正義・中條利明(1967)香川県における果樹園の干害に関する研究(第
7報)夏秋季における乾燥時期とミカン果実の肥大・品質.園学要旨36春:118〜
119.
2)長谷部秀明・安宅雅和・森聡・柴田好文(1992)ワセウンシュウミカンの土壌被覆処理が果汁中の糖含量および糖組成に及ぼす影響.徳島果試研報20:
1〜10.
3)岩切徹(1982)農業技術体系果樹編1.各種土壌管理.東京:農山漁村文化協会,pp.154の
8〜12
4)久保田収治・福井春雄・赤尾勝一郎(1972)瀬戸内ミカン園の施肥合理化に関する研究(第
9報)温州ミカン果汁中の,糖・有機酸・遊離アミノ酸組成の果実肥大成熟過程 における変化.四国農試報24:73〜96.
5)栗山隆明(1988)ウンシュウミカン果実の品質改善に関する研究.福岡農総試特別報告
2: 1〜 135.
6)間苧谷徹・町田裕・山津憲治・山崎隆生(1976)果樹の葉内水分不足に関する研究(第
3報)土壌要因がカンキツ葉の Water potentialに及ぼす影響について.園学雑 44(4):
367〜 374.
7)町田裕・間苧谷徹(1974)果樹の葉内水分不足に関する研究(第 1報)Pressure
chamberによる温州ミカン葉の water potentialの測定法について.園学雑43(1):
7〜14
8)松本明芳(1987)カンキツの品質要因,主として有機酸の消長に関する研究.福岡農総試特別報告
1:1〜98.
9)松本和紀・大庭義材・矢羽田第二郎・津田勝男(1991)温州ミカンのフィルムマルチ栽培に関する研究(第
1報)温州ミカンの品質に及ぼす土壌水分の影響.福岡農総試 研報B−11:73〜76.
10)水田泰徳・西谷延彦・永井耕介(1995)フィルムマルチ及びエチクロゼートがウンシュウミカンの果実品質に及ぼす影響.兵庫農技研報(農業)43:
107〜 114.
11)森 聡・川口公男・安宅雅和・長谷部秀明・山尾正実(1995)‘十万温州’のマルチ処理による品質向上.徳島果試研報23:
9〜17.
12)中里一郎・松永茂治・岸野功(1996)ウンシュウミカンのフィルムマルチ栽培における乾燥ストレスの期間及び程度が果実品質に及ぼす影響.長崎果樹試研報
3: 1〜 10
13)奥地進・薬師寺清司・圓木忠志・船上和喜(1962)柑橘の根群に関する研究(第
1報)温州ミカンの根群分布.愛媛果試研報 2:11〜19.
14)坂本辰馬・奥地進(1968)温州ミカン果実の可溶性固形物,酸に及ぼす降水量の影響.園学雑37(3):28〜36.
15)坂本辰馬・奥地進(1970)温州ミカン果実の酸の消長(集積,希しゃく,減少)に及ぼす夏秋季の土壌乾湿の影響.園学雑39(2):
9〜16.
16)鈴木鉄男・金子衛・田中実(1967)カンキツ幼樹の生育と結実に及ぼす時期別土壌乾燥処理の影響.園学雑36(4):17〜26.
17)鈴木鉄男・橋爪光一・高木敏彦・岡本茂(1981)温州ミカン樹における水ストレスが果実,葉中の糖,有機酸,アミノ酸,ABA含量に及ぼす影響.静岡大学農学部研報31 :
9〜20.
18)渡辺悦也・薬師寺清司・山口勝市(1970)温州ミカン園のポリマルチに関する研究(第
1報)ポリフィルムの被覆時期と品質の関係.園学要旨45春:76〜77.
19)Yakushiji,H.,H.Nonami,S.Ono,N.Takagi,and Y.Hashimoto (1996) Suger Accumulation
Enhanced by Osmoregulation in Satsuma Mandarin Fruit.J. Amer.Soc.Hort.Sci
121(3):466〜472.