福岡農総試研報16(1997)

ツケナ類におけるカルシウム,鉄含量の 品種間差とカルシウムの存在形態


林田達也 柴戸靖志 森藤信治1)

(豊前分場) 

1)現北筑前地域農業改良普及センタ−


 ツケナ類14品種を用いてカルシウム含量と鉄含量の品種間差及びカルシウムの存在形態について明らかにした。
1. ツケナ類のカルシウム含量は新鮮物100g当たり69〜 165mgで,ホウレンソウの 2.0〜 4.5倍であった。カルシウム含量が最も高かった品種は‘はる菜’で,最も低かった 品種は‘五月菜’であった。
2. ツケナ類の鉄含量は新鮮物100g当たり0.71〜4.55mgで,ホウレンソウの0.26〜1.75倍であった。鉄含量が最も高かった品種は,‘ビタミン菜’で,最も低かった品種は‘早 陽’であった。
3. ツケナ類は水可溶性カルシウム含量が総カルシウム含量の58.3〜72.5%を占め最も多く,次いで塩可溶性で,塩酸可溶性カルシウム含量は最も少なかった。ホウレンソ ウは塩酸可溶性カルシウム含量が総カルシウム含量の78.0%を占め最も多く,水可溶性カルシウム含量は最も少なかった。これらのことから,ツケナ類には総カルシウム  含量の高い品種があり,しかも,人体への吸収率が良い水可溶性カルシウムの比率の高いことが明らかになった。

[キーワード:ツケナ,品種間差,カルシウム,鉄]


     Comparison of Total Calcium and Iron Contents among 14 Cultivars of Chinese Cabbages (Brassica napus L. and Brassica campestris L.) and Distribution of 4 Calcium Components in the Plant. HAYASHIDA Tatsuya,Yasushi SHIBATO and Nobuharu MORIFUJI (Fukuoka Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka 818 Japan) Bull. Fukuoka Agric. Res. Cent. 16:67 - 70 (1997)
     Total calcium and iron contents were compared among 14 cultivars of chinese cabbages (Brassica napus L. and Brassica campestris L.). Moreover, 4 calcium components were extracted, fractionated and examined. (1) The contents of total calcium were 65 to 165 mg/100 gFW. The levels were about 2.0〜4.5 times high as those of spinach. The cultivar ‘HARUNA' showed the highest calcium content, 165 mg/100gFW, among them. The lowest level of total calcium (65 mg/100 gFW) was observed in the cultivar ‘GOGATSUNA'. (2) The contents of iron were 0.71 to 4.55 mg/100gFW. The levels were about 0.3 〜1.8 times high as those of spinach. The cultivar ‘BITAMINNA' showed the highest iron content, 4.55 mg/100 gFW, among them. The lowest level of iron (0.26 mg/100 gFW) was observed in the cultivar ‘SOUYOU'. (3) Distribution of 4 calcium components in these 3 chinese cabbages and other several plants was examined after extracting and fractionating with different solvents. In chinese cabbages, a percentage ratio of the water-solbule calcium was the heighest, followed by the 1N NaCl-soluble calcium. The 5% hydrochloric acid-solble calcium was the lowest. In spinach, 5% hydrochloric acid-solble calcium was the highest. The water-solble calcium was the lowest.
     It was expected that the major calcium components in chinese cabbages were digestive and absortive for human.

[Key words: chinese cabbage, Brassica napus L., Brassica campestris L., cultivars, calcium, iron]


緒  言

 カルシウムや鉄は健康を維持するうえで重要なミネラルである。しかし,厚生省9)は日本人のカルシウムの摂取が不足していることを明らかにし,林ら5)や関ら15) は成人女子らを対象にした調査から日本人の鉄の摂取不足を指摘している。カルシウムや鉄の摂取量の不足は,カルシウムでは骨密度の低下や骨粗しょう症の原因,鉄では貧血症の原因の一つと考えられている13)
 このようななかで,野菜類はビタミンとともにカルシウムや鉄の主要な供給源であり15),なかでもアブラナ科はカルシウム含量が高いことが報告されている18) 。アブラナ科の野菜にはツケナ類の多くの品種が含まれるが,ツケナ類のカルシウム含量や鉄含量の品種間差について明らかにした報告は少ない。また,カルシウムはその形態により人体への吸収率が異なることが知られている2)3)が,カルシウム含量を形態別に分析した報告もツケナ類に関しては極めて少ない。         
 そこで,カルシウム含量や鉄含量の高いツケナ類を選定するためツケナ類14品種を供試して,総カルシウム含量や鉄含量の品種間差を検討するとともに,いくつかのツケナ類についてカルシウムの存在形態を明らかにした。


試 験 方 法

 試験 1 総カルシウム含量及び鉄含量の品種間差
 ツケナ類14品種と参考としてホウレンソウ 1品種を用いて,収穫物の総カルシウム含量及び鉄含量を比較した。ツケナ類は,株のまま収穫する‘大阪白菜’,‘千宝菜’,‘ベんり菜’,‘野沢菜’,‘駿河菜’,‘ビタミン菜’,‘小松菜’及び‘はる菜’の 8品種,腋芽の茎葉を収穫する‘五月菜’,‘宮内菜’,‘川流れ菜’,‘芯切菜’及び‘京築在来種’の 5品種,葉を含む花茎を収穫する‘早陽’を供試した。ホウレンソウは‘リ―ド’を供試した。以下,腋芽の茎葉及び花茎を収穫する 6品種はナバナと称する。1993年 9月 6日にナバナ 6品種,1993年10月15日にナバナを除くツケナ類 8品種及びホウレンソウを播種した。石灰質資材として炭酸苦土石灰を CaO成分量でа当たり 6.6kg施用した。基肥としてN,P205,K20 をそれぞれа当たり成分量で 1.3kg施用した。ナバナの栽植密度はうね幅 150cm,株間40cmの 2条植え,その他のツケナ類やホウレンソウはうね幅 150cm,株間 6cmの 4条植えとした。収穫は12月13日に行った。ナバナを除くツケナ類とホウレンソウは草丈およそ25cm,葉数 9枚前後,ナバナは収穫部位の腋芽がおよそ23cmになったものを収穫し, 1個体 20g前後のものを分析に供試した。総カルシウム含量及び鉄含量は10個体から得られた試料を乾式灰化法で処理し,原子吸光法により 2連で測定し,平均値で示した。 1区の面積は 1.8u, 3反復で行った。 

 試験 2 ツケナ類の形態別カルシウム含量の品種間差
 ツケナ類は,試験 1で総カルシウム含量が高かった‘小松菜’,‘はる菜’,‘ビタミン菜’の 3品種と‘京築在来種’の計 4品種,参考として人体へのカルシウムの吸収率が比較的良いと報告されているキャベツ17) ,レタス11) と吸収率が比較的悪いとされているホウレンソウ6)を用いた。キャベツは‘ア―リ―ボ―ル’,レタスは‘シスコ’及びホウレンソウは‘リ―ド’を供試した。‘京築在来種’を除くツケナ類の 3品種とホウレンソウは1995年10月16日に播種した。栽植密度,石灰及び基肥の施用は試験1と同様に行った。‘京築在来種’は1995年 9月 6日,キャベツは 8月24日,レタスは 9月19日に播種し,石灰は試験 1と同様に施用した。基肥としてN,P205,K20をそれぞれа当たり成分量で,‘京築在来種’で 1.3kg,キャベツ,レタスで 2.3kg施用した。ツケナ類 3品種,ナバナ及びホウレンソウは12月18日に,キャベツとレタスは12月21日に収穫し,それぞれ10個体を用いた。ナバナを除くツケナ類とホウレンソウは草丈およそ25cm,葉数 9枚前後,ナバナは収穫部位の腋芽がおよそ23cmになった 20g前後のものを,レタス,キャベツは結球重が450g前後のものを分析に供試した。 1区面積は 1.8u, 3反復で行った。形態別カルシウム含量の分析は南出12) らの方法によった。すなわち,試料(新鮮物約10 g)に水20mlを加え,氷冷中で磨砕し,20℃で 1時間放置後,3,000×g,10分間遠心分離した。得られた残さに水20mlを加え,よく混ぜて,20℃で 1時間放置後,再び遠心分離した。この操作をもう一度繰り返した。得られた上澄を集め 100mlに定容,水可溶性カルシウム画分とした。次に,残さに 1N-NaClを加え同様の分画を行った。得られた上澄は塩可溶性カルシウム画分とした。得られた残さに 2%酢酸を加え,同様に分画を行い酢酸可溶性カルシウム画分とした。さらに,残さに 5%塩酸を加え,同様な分画を行い,得られた上澄を塩酸可溶性カルシウム画分とした。カルシウムの定量は各画分の抽出液に1,000ppmの濃度になるように塩化ストロンチウムを加え,原子吸光法で分析した。


結果及び考察

 試験 1 総カルシウム含量及び鉄含量の品種間差
 供試したツケナ類14品種の総カルシウム含量を第 1図に示した。ツケナ類の総カルシウム含量は69〜 165mgと,ホウレンソウのおよそ 2.0〜 4.5倍であった。ツケナ類14品種の総カルシウム含量について分散分析し, Tukeyの検定を行った結果,総カルシウム含量に 5%水準で第 1図の異文字で示すような品種間差が認められた。供試品種のなかでは,‘はる菜’の総カルシウム含量が最も高く,新鮮物100g当たり 165mgであった。逆に,‘五月菜’は総カルシウム含量が最も低く,新鮮物100g当たり69mgであった。野菜の総カルシウム含量については久保ら10) や田村ら16) の報告がある。このなかで,久保らは‘小松菜’の総カルシウム含量は新鮮物100g当たり 180mg,田村らは 132mgであったことを報告した。今回の分析値は新鮮物100g当たり 159mgで久保らや田村らの報告とはやや異なっていた。ツケナ類のなかでもナバナは腋芽から発生してくる茎葉,花茎を利用する。‘京築在来種’の総カルシウム含量は,品種によっては株全体を収穫するツケナ類と同等であることが明らかとなったが,‘京築在来種’以外のナバナ 5品種の総カルシウム含量は株全体を利用するその他のツケナ類よりもやや低かった。このことは,同じナバナ品種でも株全体の総カルシウム含量が,腋芽から発生してくる茎葉よりも高かった4)ことから,収穫部位の違いも影響しているものと考えられる。
 次に,供試したツケナ類の14品種の鉄含量を第 2図に示した。ツケナ類の鉄含量は0.71〜4.55mgであり,ホウレンソウのおよそ0.3〜1.8倍であった。ツケナ類14品種の鉄含量について,分散分析し, Tukeyの検定を行った結果, 5%水準で第 2図の異文字で示すような品種間差が認められた。供試品種のなかでは‘ビタミン菜’の鉄含量が最も高く,新鮮物100g当たり4.55mgであった。逆に,‘早陽’は鉄含量が最も低く,新鮮物100g当たり0.71mgであった。総カルシウム含量と同様に腋芽から発生してくる茎葉,花茎を利用するナバナは,その他のツケナ類よりも鉄含量がやや低かった。ホウレンソウの鉄含量は新鮮物100g当たり2.60mgであった。馬場ら1)は秋播きホウレンソウ数品種の鉄含量を検討し,そのなかで播種後80日の鉄含量は新鮮物100g当たり2.4〜3.5mgであることを報告している。播種時期が少し異なるものの,今回の分析値はこの報告とほぼ一致した。このように,野菜類のなかではホウレンソウは鉄を多く含むことが報告されている8)が,ツケナ類のなかにもホウレンソウより鉄含量の高い品種があることが明らかとなった。以上のことから,ツケナ類のなかにも総カルシウム含量や鉄含量の高い品種があり,特に,ミネラルの供給源として総カルシウム含量が高い‘はる菜’や鉄含量が高い‘ビタミン菜’は重要な野菜であることが示唆される。




 試験 2 ツケナ類の形態別カルシウム含量の品種間差
 太田ら14) は, 4つの画分に含まれるカルシウムの形態を,アニオン類とカルシウムの当量値の比較,各カルシウムの抽出剤に対する溶解度や置換性などから,次のように分類している。すなわち,水可溶性画分には,アミノ酸塩等の水溶性有機酸塩と硝酸塩,塩化物等の水溶性無機塩,塩可溶性画分にはペクチン酸塩,タンパク質に結合,吸着された形態,炭酸カルシウム,酢酸可溶性画分にはリン酸カルシウム,塩酸可溶性画分には難溶性のシュウ酸塩が含まれているとした。
 第 1表にツケナ類とその他葉菜類の各画分に含まれるカルシウム含量と総カルシウム含量について示した。ツケナ類 3品種の総カルシウム含量について分散分析し, Tukeyの検定を行った結果, 1%水準で第 1表の異文字で示すような品種間差が認められた。ツケナ類のなかでは‘はる菜’が最も高く,新鮮物100g当たり 184.4mgであった。‘京築在来種’の総カルシウム含量は新鮮物100g当たり82.1mgであった。ホウレンソウ,キャベツ及びレタスの総カルシウム含量はツケナ類より低く,新鮮物100g当たりそれぞれ42.9mg,22.0mg,18.0mgであった。このように,葉菜類の種類により総カルシウム含量に差が認められた。
 ツケナ類 3品種の 4つの形態別カルシウム含量について分散分析し, Tukeyの検定を行った結果,水可溶性カルシウム含量と塩可溶性カルシウム含量に 1%水準で,酢酸可溶性カルシウム含量と塩酸可溶性カルシウム含量に 5%水準で品種間差が認められた。総カルシウム含量が高かった‘はる菜’は水可溶性カルシウム含量が他の品種より有意に高かった。‘小松菜’と‘ビタミン菜’は総カルシウム含量は同程度であったが,塩可溶性カルシウム含量は‘小松菜’のほうが高かった。総カルシウム含量に対する比率でみると,‘ビタミン菜’の水可溶性カルシウム含量の比率は‘小松菜’より高かった。また,‘京築在来種’は他のツケナ 3品種より水可溶性カルシウム含量の比率が低く,塩可溶性カルシウム含量の比率が高かった。
 ツケナ類では水可溶性カルシウム含量が総カルシウム含量の58.3〜72.5%を占めたのに対し,ホウレンソウでは塩酸可溶性カルシウム含量が総カルシウム含量の78.0%で最も多かった。レタスとキャベツは塩可溶性カルシウム含量の比率が最も多く,それぞれ50.0%,42.3%であった。以上のように,カルシウムの存在形態も品種,品目によって差があった。
 牛乳は,人体へのカルシウムの吸収率が最も高い食品として知られている。野菜類に含まれるカルシウムの人体への吸収率を牛乳の吸収率と比較して論じた報告は多い。そのなかで,Heaneyら6)はホウレンソウのカルシウム吸収率は,牛乳のカルシウムの吸収率の18%であったことを報告している。このことは,ホウレンソウには難溶性のシュウ酸カルシウム,すなわち塩酸可溶性カルシウムが多く含まれているためであり2)12) ,本試験においても同様の結果を得た。これに対し,水可溶性カルシウム含量は人体への吸収率が高いことが報告されている2)3)。ツケナ類は他の葉菜類に比べて,水可溶性カルシウム含量と総カルシウム含量におけるその比率が最も高かった。したがって,ツケナ類のカルシウムはホウレンソウ,レタス及びキャベツより人体への吸収率も高いと推察される。
 以上のことから,ツケナ類のカルシウム含量及び鉄含量には品種間差が認められ,しかも形態別では水可溶性及び塩可溶性カルシウム含量が,それぞれ58.3〜72.5%,21.0〜30.9%と大部分を占めることが明らかとなった。また,今回,明らかになったカルシウムや鉄含量の高い品種は,ミネラル含量を高めるための育種素材としての利用が可能であると考えられる。


引 用 文 献

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