福岡農総試研報15(1997)

青枯病菌菌体成分によるヒラナス(Solanum integrifolium)の細胞選抜 

平島敬太,古賀正明,中原隆夫

 (生産環境研究所)

 青枯病抵抗性のナス台木を作出するために,ヒラナス(Solanum integrifolium)のプロトプラスト培養系を利用し,ナス青枯病菌(Pseudomonas solanacearum)の培養ろ液及び菌体成分を用いて細胞選抜の条件を検討した。ヒラナスプロトプラストの生存率が高い培地はKM8Pであり,プロトプラストの培養密度は 1.25×104Cells/ が適当であった。プロトプラストの生存やカルス形成に影響を及ぼす青枯病菌の菌体成分は培養ろ液に含まれ,オートクレーブ処理後にも生育阻害活性は残存した。このため,青枯病菌より菌体外多糖質( Extracellular polysaccharides : EPS),リポ多糖質,細胞壁の3種類の多糖質成分を分画調製し,プロトプラストに対する選抜圧を比較したところ,添加濃度の上昇に伴って影響を及ぼしたのはEPSであった。選抜圧が有効に働きつつEPS抵抗性のプロトプラスト由来カルスを得るためには, 5〜 2×10−4%を中心として数段階の濃度でEPSを添加することが有効と考えられた。

 [ キーワード:ヒラナス,ナス青枯病,菌体外多糖質,プロトプラスト,細胞選抜 ]


     In Vitro Solanum integrifolium Cell Selection Using Polysaccharide Cell Components of Pseudomonas solanacearum. HIRASHIMA Keita, Masaaki KOGA and Takao NAKAHARA. (Fukuoka Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka 818, Japan) Bull. Fukuoka Agric. Res. Cent. 16:53-58 (1997)
     On the basis of a Solanum integrifolium protoplast culture system using both the culture filtrate and the polysaccharide cell components of Pseudomonas solanacearum as the selection pressure, the conditions for in vitro selection of those cells which should grow into bacterial wilt-resistant root stocks of eggplant were investigated. Among the three kinds of media, the KM8P medium resulted in the highest survival rate of S. integrifolium protoplasts, where a protoplast culture density of 1.25 × 104 cells/m was optimal. Those cell components of P. solanacearum which adversely affected the survival of protoplasts and callus formation were found in the culture filtrate, and the activity of such components remained even after an autoclave treatment.
    Three types of polysaccharide cell components, i.e. extracellular polysaccharide (EPS), lipo polysaccharide (LPS) and cell wall (CW) were extracted and compared with each other. It was found that the impact of EPS on protoplasts as the selection pressure became significant with its increased concentration. In order to ensure callus formation from EPS resistant protoplasts under the effect of the selection pressure, the EPS concentration was considered to be set with several level of density centered at 5〜2×10-4%.

[Key words: cell selection, extracellular polysaccharide, protoplasts, Pseudomonas solanacearum, Solanum integrifolium]  


緒  言 

 本県のナスは,「博多なす」の銘柄で高い市場評価を得ている主要な野菜である。しかし,夏期の高温・多湿条件下では,青枯病や半身萎凋病,半枯病等の土壌病害が多発し,生産性や品質の低下を招いている。これら土壌病害の被害回避のために,ヒラナス(Solanum integrifolium)やトルバムビガー(Solanum torvum)等の土壌病害抵抗性台木が昭和30年頃から利用されてきた。ところが,近年の産地化や施設栽培化が進むにつれて,連作や輪作年限の短縮が行われるようになってきたため,特に青枯病については,土壌消毒等の防除法を組み合わせても被害を十分に防ぎきれない難防除病害となってきている。
 ナス青枯病の病原細菌Pseudomonas solanacearumは,多犯性で病原性が異なる多数のBiovar(生理型)が知られている5,11)。ナスに被害を及ぼすBiovarは,尾崎らによってナス属植物に対する病原性を基準にT,U,V,W,X菌群に分類されている12)。県内でナスの台木として早くから導入され,最も多く用いられているヒラナスは,V,W,X菌群に,トルバムビガーは,W菌群に罹病性である。このため,全菌群に抵抗性を示す台木の育成が望まれている。
 青枯病菌の全菌群に抵抗性を示すナス近縁野生種は,S.toxicarium等いくつか知られている。これらを台木として利用したり,抵抗性導入のための交雑育種親として利用する試み1)が行われてきたが,接ぎ木親和性の低さや交雑不和合性または稔性の低さ等から,全菌群に抵抗性を示す台木の育成には未だに成功していない。
 一方,トマトの病原糸状菌Fusarium oxporumやタバコの病原細菌Pseudomonas syringae等の様に宿主に対する毒素物質が同定されている場合には,プロトプラストやカルス等の培養細胞に対し,毒素を添加した培地を用いて選抜圧を加える細胞選抜法により,抵抗性個体を得ることに成功している4,13)。
 そこで,ナス青枯病抵抗性の台木を作出するため,県下で最も多く普及し,栽培技術が定着しているナス台木品種ヒラナスを材料に,プロトプラストの培養系を利用して青枯病菌の培養ろ液及び菌体成分を選抜圧として用いる細胞選抜の条件を検討した。


試 験 方 法

 1 青枯病菌培養ろ液及び菌体多糖質成分の調製
 青枯病菌菌株は,尾崎ら 12)によって分類されたT,V,W,Xの 4種類の菌群よりそれぞれ 1菌株を譲り受けて供試した。菌株はPotato Sucrose(PS)培地に接種し,25℃の暗黒条件下, 70rpmで4〜7日間振とう培養した。培養菌液を 3,000rpmで15分間遠心分離し,上清を 0.2μmのフィルターでろ過して培養ろ液とした。さらにオートクレーブを用いて 121℃で15分間高温加圧処理した培養ろ液を調製した。
 菌体多糖質成分は,土屋の方法16)に基づいて,供試菌より菌体外多糖質(Extracellularpolysaccharides:EPS),リポ多糖質(Lipopolysaccharides:LPS),細胞壁(Cell wall:CW)の 3種類に分画調製した。EPS及びLPS分画は,Brix計を用いて濃度を測定した。EPS,LPS,CWを選抜物質として培地へ添加する場合には,オートクレーブ処理して添加した。

 2 プロトプラストの単離
 ショ糖を30g/L,ゲランガムを2g/L添加し,pHを5.8に調整した Murashige-Skoog(MS)培地9)にヒラナスの種子(タキイ種苗)を表面殺菌して播種した。25℃,約6,000Lux,16時間照明下で2〜3週間培養し,発芽伸長した実生の子葉又は本葉をプロトプラスト調製の材料として用いた。プロトプラストの単離は, Sihachakrら 20)の方法を一部改変して行った。単離したプロトプラストは後述の培地に懸濁し,血球計算板を利用して密度を算出した。

 3 プロトプラスト培養の基本培地と培養密度
 プロトプラスト培養の基本培地としてKM8P8),MS及び硝酸アンモニウム濃度を200mg/Lとし,他の無機塩類濃度を1/2に減じた1/2MSを用いて比較した。それぞれの培地に 2,4-Dを0.2mg/L,Zeatinを0.5mg/L, NAAを1mg/L, MESを0.5mg/Lの濃度で添加した。また,MS及び 1/2MSには Glucoseを35g/L添加した。各培地のpHを 5.8に調整して0.2μmのフィルターでろ過滅菌した。単離プロトプラストを基本培地(初代培地)に培養密度10, 5, 2.5,1.25, 0.625×104Cells/mlとなるように懸濁し,1mlずつ24穴培養プレート 1枚当たり 1区 4Wellづつ分注し 3反復で培養した。25℃の暗黒条件下で 7日間培養後,倒立顕微鏡観察により形態的に正常なプロトプラスト及び細胞を生存細胞とし,培養に供試したプロトプラストを分母として生存率を算出した。さらに,約6,000Lux,16時間照明下で培養し,14日後に倒立顕微鏡により観察した。 8細胞以上に分裂している細胞塊を小カルスとし,培養に供試したプロトプラストを分母としてカルス形成率を算出した。また,観察後に基本培地を 1ml追加(追加培地)した。直径約 2mm程度に生長したカルスは, IAAを0.2mg/L,Zeatinを4mg/L,寒天を 8g/L含むMS(再分化培地)に継代した。その後,カルスのグリーンスポットの形成程度を観察した。

 4 青枯病菌培養ろ液の細胞選抜効果
 オートクレーブ処理,未処理の青枯病菌培養ろ液及び青枯病菌を培養していないPS培地(対照)は,プロトプラスト培養密度を1.25×104Cells/mlとし,基本培地をKM8Pとした初代培地に対し,終濃度 0.5, 1, 5,10%となるように添加した。
 また,基本培地をKM8Pとした初代培地に青枯病菌培養ろ液を 2%添加または無添加とし,プロトプラスト培養密度を10, 5, 2.5,1.25, 0.625×104 Cells/ml に設定した。

 5 青枯病菌菌体多糖質成分の細胞選抜効果
 調製した3種類の菌体多糖質成分は,EPSでは終濃度 5×10−5, 5×10−4, 5×10−3, 5×10−2, 5×10−1%で,LPSでは, 2×10−6, 2×10−5, 2×10−4, 2×10−3, 2×10−2%,CWの場合は,1,10, 100mg/Lとなるように基本培地をKM8Pとした初代培地に添加した。プロトプラスト培養密度は1.25×104Cells/mlとした。
 また,W菌群のEPSについては,終濃度を 5×10−5, 7×10−5, 2×10−4, 5×10−4, 9×10−4, 1×10−3, 3×10−3, 5×10−3%となるように初代培地に添加し,培養Wellでのカルス形成程度を基準に,カルス形成が全く観察されないカルス数 0個の状況を選抜圧過剰,無添加区に比較してカルス形成数が少なく,培養プレート 1Well当たり 5個以下のカルス形成が認められる状況を選抜圧有効,無添加と差がない程多くWell一面にカルスが形成されている状況を選抜圧無効と区別して細胞選抜の効果を評価した。
 それぞれの成分の培地添加による細胞選抜の効果は,プロトプラストの生存率及びカルス形成率を指標とし,分散分析及び Fisher's PLSDに基づいて評価した。

結  果

 1 プロトプラストの基本培地と培養密度
 ヒラナスプロトプラストの生存率に及ぼす基本培地と培養密度の影響を第 1図に示した。 3種類の培地の生存率の平均は, 1/2MSは19.2%,MSは39.3%,KM8Pでは40.6%であり,MS及びKM8Pが 1/2MSに比較して高かった。また,培養密度別に生存率を比較すると 1/2MSでは,2.5×104Cells/mlとした場合に生存率は27.8%で最も高く,それより密度を低くしても高くしても生存率は低下した。MSでも同様に培養密度2.5×104Cells/mlの生存率が45.2%で最も高かった。一方,KM8Pの場合は,他の 2種の培地同様に生存率が最も高くなるピークが認められたものの,最適培養密度は, 1/2MSやMSに比較して低く, 1.25×104Cells/mlであり,生存率は設定区の中で最も高かった。さらに,プロトプラストより形成されたカルスを培養14日後に比較したところ,KM8Pで形成されたカルスは,グリーンスポットを含むものが多かった。しかし,他の 2種類の培地では淡黄色又は,淡褐色のカルスが大半を占めた(データ略)。


 2 青枯病菌培養ろ液の細胞選抜効果
 ヒラナスプロトプラストのカルス形成に及ぼす青枯病菌培養ろ液の影響を第 2図に示した。 カルス形成率について青枯病菌の菌体成分を含まないPS培地区(対照)と比較した場合,培養ろ液添加区は,添加濃度 0.5%及び 1%では差がないものの, 5%以上では明らかな差が認められた。また,オートクレーブ処理した培養ろ液を添加した区でも同様に, 5%以上の濃度で添加した場合に差が認められた。
 ヒラナスプロトプラストの生存率に及ぼす培養密度と青枯病菌培養ろ液の影響を第 3図に示した。培養ろ液を 2%添加した場合,無添加区に比較して生存率に差が認められた培養密度は,5×104Cells/ 以下であり 10×104Cells/ では差がなかった。また,0.625×104Cells/mlでは全てのプロトプラストが死滅した。




 3 青枯病菌菌体多糖質成分の細胞選抜効果
 ヒラナスプロトプラストの生存率に及ぼす青枯病菌多糖質の影響を第 4図に示した。CWを添加した場合,各添加濃度区と無添加区との間で生存率に差は認められなかった。LPSの場合も同様に差は認められなかった。しかし,EPSでは添加濃度 5×10−5%では無添加に比較して差がないものの, 5×10−4%以上で差が認められ,添加濃度が高くなるにしたがって生存率は低下した。
 また,ヒラナスプロトプラストの生存率に及ぼす菌群別EPSの影響を第 5図に示した。T,W,Xの 3菌群では,EPSの添加濃度が濃いほどプロトプラストの生存率が低下した。また,V菌群では同様の傾向にあるものの,添加濃度による有意差は認められなかった。
 ヒラナスプロトプラストの選抜効果に及ぼすEPS添加濃度の影響を第 6図に示した。選抜圧過剰Wellの発生頻度は,添加濃度 5×10−3%では 100%で,EPS添加濃度が低くなるにしたがって低下した。選抜圧無効Wellの発生頻度は,添加濃度 5×10−5%が最も高く,EPS添加濃度が高くなるにしたがって低下し, 3×10−3%以上では発生しなかった。選抜圧有効Wellの発生は, 3×10−3〜5×10−5%の範囲で認められ,最も発生頻度が高かったのは, 2×10−4%であった。 






考  察

 Pseudomonas solanacearum抵抗性の細胞選抜は,これまでカルスを選抜の対象とした報告2,3,15)が多かった。しかし,抵抗性を示す変異細胞の存在は極めて少ないと考えられ,存在してもカルス中ではキメラ状で存在する可能性が高いと予測される。さらに,多細胞のカルスでは,個々の細胞に対し,選抜圧を均一に加えることは困難である。これに対し,プロトプラストを用いれば,均一な選抜圧のもとで多くの単細胞を独立して選抜対象に利用できることから,多細胞のカルスより抵抗性の細胞を得やすいと考えられる。したがって,本試験ではプロトプラストの培養系を基本として利用した。
 Solanum melongenaのプロトプラストの培養は, Sihachakrら20) の報告以来,KM8Pを基本培地として用いることで安定技術の域に達している。一方,岩本ら7)は硝酸アンモニウム濃度を200mg/ に減じた 1/2MSを基本培地として用い,ヒラナスとS. sanitwangseiの融合プロトプラストを培養している。そこで,選抜対象細胞数を多く確保するために,これらの培地をMSを対照としてヒラナスプロトプラストの密度を変えて培養し,初代培養の適性を比較してみた。その結果,第 1図に示したようにプロトプラストの生存率から判断して,KM8P培地を用いればMSや 1/2MSに比較して選抜対象細胞数を約 2倍確保することが可能となり,より多くの選抜プロトプラスト由来のカルスを得るのに有効である。さらに第 3図で示した様に培養密度が低いほど,選抜物質の効果が高いことや形成カルスにグリーンスポットを多く含んでいたことからもKM8Pの利用が適していると判断できる。
 Pseudomonas solanacearumの病原性については,菌が産生する多糖質や酵素によって宿主の組織が破壊されること6)や,萎凋誘導物質として菌体外多糖質が関与していることが報告18) されている。しかしながら,ナスの発病における病原菌代謝産物の役割は明確でなく,特定の毒素が同定されるまでには至っていない。宿主特異的毒素が明確でない場合の選抜物質は,病原菌培養ろ液が用いられることが多い。ナス青枯病抵抗性の細胞選抜のために雨宮ら2)は培養ろ液を用いた。また,浅尾ら3)は,培養ろ液をエタノール沈殿処理によりEPSが主成分と思われる萎凋誘導物質を調製し,台木のカレヘン(S.sanitwangsei),トルバムビガー,ヒラナス,栽培種の千両二号の胚軸由来カルスやプロトプラスト及びプロトプラスト由来カルスに対する細胞選抜に利用している。その結果,カレヘンのプロトプラスト由来カルスを対象とした選抜によって抵抗性植物が得られ,接種試験によっても抵抗性が確認されている。しかしながら,ヒラナスでは萎凋誘導物質によってプロトプラストのコロニー形成率が低下することを認めているにも関わらず,抵抗性の植物は得られていない。 今回の実験結果については,初代培地への培養ろ液の添加がプロトプラストの生存(第 3図)やカルス形成(第 2図)阻害に作用している点において,雨宮2)や浅尾ら3)の報告と一致する。
 また,オートクレーブ処理後の培養ろ液にもカルス形成に対する阻害活性が維持されていた(第 2図)。Toyodaら15) は,トマトの青枯病抵抗性細胞選抜において,カルスに対する細胞選抜処理の際に,ペクチナーゼ活性を除去するため,培養ろ液をオートクレーブ処理している。細胞壁を除去したプロトプラストに対する選抜物質としてペクチナーゼの活性が無効なことは,当然かもしれないが,オートクレーブ処理をしていない培養ろ液を用いた場合であっても,その後のカルス形成(第 2図)や形成後のカルス肥大(データ略)に対する阻害活性が観察されなかったことから,ナス青枯病菌のペクチナーゼは,ナスの生育阻害を引き起こす主な成分として機能していないと推察される。したがって,オートクレーブ処理によってもプロトプラストの生育阻害活性を失わず,萎凋誘導物質としての関与が示唆されている17)EPS等の菌体多糖質の存在がより一層注目された。
 そこで,青枯病菌の菌体多糖質をEPS,LPS,CWの3種類に分画してヒラナスプロトプラストの生育阻害活性を確認した。その結果,EPSのみが添加濃度の上昇に伴って,プロトプラストの生存率を低下させた(第 4図)。萎凋誘導活性とプロトプラストに対する生育阻害活性が同一の機作に起因している証拠はないものの,EPSはナスのプロトプラストに対してダメージを与える物質であることは明らかであり,選抜物質として利用可能であることが示された。ただし,菌群別に調製したEPSを比較した結果,EPSの添加濃度が濃いほどプロトプラストの生存率が低下した菌群は,T,W,Xの 3種であり,V菌群では同様の傾向にあるものの,添加濃度による有意差は認められなかった(第 5図)。ヒラナスは,尾崎ら 12)によればT菌群に抵抗性であり,V,W,X菌群には罹病性とされ,今回の菌群別EPSに対する反応とは矛盾が生じる。このことに関しては,ヒラナスが菌群に関係なくEPSには感受性であって,抵抗性を示すT菌群に対しては,組織内への進入や導管内での増殖を阻害することによってEPSの被害から免れていると考えれば,中保ら10) の抵抗性の発現には病原の導管内での増殖状態が関与しているとした報告とも矛盾しない。
 ヒラナスのプロトプラストに対するEPSの選抜圧は,無添加区と添加区との生存率の差を指標とすれば 5×10−5%では無効であり, 5×10−4%以上で有効となる(第 4図)。また,選抜圧が無効な培養Wellの発生頻度が,選抜圧が過剰な培養Wellの発生頻度と差がなくなり,さらに逆転するEPS添加濃度は, 2×10−4%付近である(第 6図)。さらに,選抜圧有効Wellの発生頻度のピークも 2×10−4%であり(第 6図),これらの 2つの調査時期(生育ステージ)の異なる 3つの指標から示されたEPSの有効な添加濃度は,ほぼ一致している。この原因について,青枯病菌培養ろ液を追加培地や再分化培地へ添加した場合にカルスの肥大に影響を及ぼさなかったこと(データ略)も考慮すれば,EPSの選抜圧は,プロトプラストからカルス形成に至るステージにおいて主に単離直後のプロトプラストの生育に対して影響を及ぼしていることを示していると推察される。したがって,この 5〜 2×10−4%のEPS濃度は,ヒラナスプロトプラストに対するEPSを用いた選抜圧の一つの基準となる濃度と推察される。
 しかし,選抜圧の基準と推察される 5〜 2×10−4%のEPS添加濃度より高い濃度でも,低い濃度でも選抜圧が有効に働きつつ,小カルスが得られている(第 6図)。選抜に用いたプロトプラストの収量は,同一条件で調製しているものの,反復毎に変動した。これは,用いたヒラナスの生育状態が微妙に異なっていることが主因と考えられ,反復毎に単離したプロトプラストの分化状態や活性が微妙に異なっている可能性がある。このようなプロトプラストを用いたことから,EPSによる選抜効果は 3×10−3〜 5×10−5%の範囲で現れたと推察される。したがって,選抜処理毎に選抜圧の基準となるEPS添加濃度 5〜 2×10−4%を中心とした数段階の濃度を設けることによって,選抜カルスの発生する培養Wellを確保できる可能性は高くなり,EPS抵抗性プロトプラスト由来のカルスの獲得に有効と考えられる。
 EPS抵抗性プロトプラストからの再生植物の中には,青枯病菌の接種試験においても抵抗性を示す個体が得られている。今後,引き続き多数の選抜個体を育成し,細胞レベルでの抵抗性と植物体レベルでの抵抗性の関連を解明する必要があると考える。 


引 用 文 献

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