福岡農総試研報16(1997)
小型ポット苗を用いたイチゴの促成栽培においてマルチングの省力化を図るために,定植前マルチングが生育,収量及び根の分布に及ぼす影響について検討した。
夏期低温処理による促成栽培では,定植前マルチングは慣行マルチングに比べて定植後の生育が良好となったが,腋果房の花芽分化がやや遅れた。果実収量は,夏期低温処理による促成栽培及び普通促成栽培ともに,定植前マルチングは慣行マルチングと同等であった。定植前マルチングを行った株の根は下層へ十分に伸長し,根量が増加した。定植前のマルチングに要する時間は,慣行のマルチングの
35.8%であった。
このように,イチゴの促成栽培における定植前のマルチングはマルチングの所要時間を短縮できるとともに,慣行のマルチングと同等の収量を得ることができ,実用性が高いことが明らかになった。
[キーワード:イチゴ,マルチング,促成栽培,小型ポット]
Effect of Mulching before Planting with nursery plant raised by
small pot on Forcing Culture ofStrawberry. MITSUI Hisakazu,Hajime FUSHIHARA
(Fukuoka Agricultural Research Center, Chikusino, Fukuoka 818, Japan) Bull.fukuoka
Agric.Res. Cent. 16:48-52 (1997)
Influence of mulching before planting on growth, yield and roots
distribution was investigated for reduction of the lavor on mulching. The
characteristics of mulching before planting compared with mulching after
planting were as follows. On forcing culture using low tempereture treatment
in summer season, strawberries planted after mulching grew well and flower
bud differentiation at the axillary cluster was delayed. On mulching before
planting, yield of fruits was equal to that on mulching after planting.
Roots elongated to deep layer of soil and total dry weight of roots from
soil surface to 20cm depth was increased. Mulching before planting reduced
the working hours about 35.6% of mulching after planting. Therefore, mulching
before planting was practical on forcing culture of strawberry.
[Key words:forcing culture,mulching,small pot,strawberry]
緒 言
イチゴのマルチングは,定植約 1か月後の頂果房の出蕾直前に行うことが慣行になっている。しかし,この時期のマルチングはイチゴの茎葉が繁茂しているために株を損傷する恐れがあり,しかも窮屈な姿勢を長時間強いられるなどの問題を抱えている。したがって,定植前にマルチングを行えばこれらの問題は解決するが,現在,広く普及しているポリポット苗は根鉢が大きく,定植前にマルチングを行うと定植作業によってマルチフィルムに大きな穴が開いてしまう欠点がある。これに対し,イチゴ棚式育苗システムで養成した小型ポット苗は,根鉢の直径が
4cmと小さいため,定植前のマルチングにおいても定植は容易と考えられる。
イチゴにおけるマルチングの効果について,二宮8)は半促成栽培において,柴田ら10)は露地栽培において,茎葉の生育がよく,収量が増加することを報告している。しかし,これらはそれぞれ
1月中旬,10月下旬にマルチングを行ったもので, 9月上中旬に行うマルチングの影響については報告例がない。一方,イチゴの花芽分化に有効な温度域は平均気温で約24〜10℃であり4),福岡市(福岡管区気象台)の
9月の平均気温の平年値が 23.7℃。であることからみて, 9月上中旬のマルチングは腋果房の花芽分化に影響することが考えられる。また,根群分布は収穫開始期に最大になり,収穫盛期に衰退するなど,果実と根には著しい競合関係が認められ6),根の伸長程度が収量に大きな影響を及ぼす3)ことが報告されている。
そこで,現在の主要な作型である夏期低温処理を利用した促成栽培及び普通促成栽培において,小型ポット苗を利用した定植前のマルチングが生育,収量及び根に及ぼす影響について検討した。また,定植前のマルチングに要する単位面積当りの時間を慣行のマルチングと比較した。
材料及び方法
試験1 生育,収量
6月中旬に採苗し,イチゴ棚式育苗システムを用いて育苗した‘とよのか’の小型ポット苗を供試した。第
1表に示すように夏期低温処理による促成栽培(以後,夏期低温処理促成栽培と称する)は1992〜1994年,普通促成栽培は1991〜1993年の各
3か年,園芸研究所内のビニルハウスにおいて試験を実施した。夏期低温処理は,処理温度が15℃,入庫時間が17:00〜翌日
9:00の条件で夜冷短日処理を行った。栽培期間中,11月上旬から 3月上旬まで,22:00〜
1:00の 3時間は電照を行った。定植は花芽の分化を確認した後に行った。マルチングには黒色のポリフィルムを用い,定植前のマルチング(以後,定植前マルチングと称する)は定植当日,慣行のマルチング(以後,慣行マルチングと称する)は定植約
1か月後の10月上旬に行った。
栽植様式は,畝幅が 1.1m,畝の高さが25cm,株間が20cm,2条植えとした。施肥は10a当り窒素
5kgを畝下に条施用,15kgを全層施用,りん酸とカリはそれぞれ成分量で15kgを全層施用した。
生育調査は夏期低温処理促成栽培について行い, 1区につき 5株,全15株を調査した。葉柄長,葉身長,葉幅は,外観から葉柄が確認できる葉のうち
3番目に新しい葉(新生第 3葉)を測定した。頂果房及び腋果房の開花調査は,全株を対照に
3〜 4日毎に各果房を観察し,頂花が開花した日を開花日とした。収量は夏期低温処理促成栽培及び普通促成栽培において
1週間に 2回,試験区全株の成熟果について調査した。試験は 1区につき12株,1991年〜1993年は
2反復,1994年は 3反復で実施した。
試験2 根量及び根の分布
試験1と同様の条件で育苗した後,1995年 9月 8日に園芸研究所内のほ場に定植した。定植前マルチングは定植の前日に行い,慣行マルチングは10月
6日に行った。11月19日及び12月18日にマルチングの時期別に根重を測定した。根の採取方法は第
1図に示すとおりである。すなわち,畝の中央から畝の肩にかけて,小型ポットの根鉢を挟み込むようにモノリスを差し込み,厚さが
5cm,深さが 0〜 5cm, 5〜10cm,10〜20cmごとに土塊を採取し,それぞれの根の乾物重を測定した。なお,小型ポットの根鉢部分は除外し,定植後に本圃に新しく伸長した根のみを測定した。栽植様式は試験1と同様で,施肥は窒素,りん酸,カリをそれぞれ成分量で10a当り15kgを全層施用した。
試験3 マルチングの所要時間
園芸研究所内ほ場において1996年 9月 9日に定植前マルチング,10月 7日に慣行マルチングを行い,マルチフィルムの被覆及び土壌への固定に要する時間を測定した。定植前マルチングは,幅1.1m,長さ23mの畝を黒色ポリマルチフィルムで被覆し,畝の周囲10箇所でビニル紐を土壌中に差し込み,マルチフィルムを土壌に固定した。慣行マルチングは,
9月 9日に株間が25cm, 条間が25cmの 2条植えで定植した幅 1.1m,長さ23mの畝を使って行った。まず,マルチフィルムで畝全体を覆い,次に手でマルチフィルムに穴を開けながらその穴からイチゴの茎葉を取り出した。マルチフィルムの固定は慣行マルチングと同様である。定植前マルチング,慣行マルチングとも,作業は40歳代後半の女性
2人が行った。
結 果
試験1 生育,収量
夏期低温処理促成栽培における株の生育状況を第 2表に示した。定植前マルチングは慣行マルチングに比べて葉身長,葉幅が長い傾向があり,葉身の生育がやや勝った。
頂果房と腋果房の開花の状況を第 3表に示した。頂果房の平均開花日は,夏期低温処理促成栽培が10月下旬,普通促成栽培が11月上旬と,両栽培法ともマルチングの時期の違いによる差は小さかった。しかし,腋果房の年内開花株率は,夏期低温処理促成栽培では定植前マルチングの方が低い傾向があり,慣行マルチングが
2年とも 100%であったのに対して,定植前マルチングでは1992年が74%,1993年が91%と低かった。普通促成栽培では,腋果房の年内開花株率は定植前マルチング,慣行マルチングともに低く,マルチング時期の違いが腋果房の開花に及ぼす影響は小さかった。
第2図に夏期低温処理促成栽培における収量を示した。11〜12月の収量は定植前マルチングが慣行マルチングに比べて1993年と1994年はそれぞれ17%,21%多く,1992年は25%少なかったが,いずれも有意な差は認められなかった。11月から
4月までの総収量は,定植前マルチングと慣行マルチングで有意な差は認められなかった。 第4表に1994年の夏期低温処理促成栽培における収穫果の平均果重を示した。11月〜12月の1果重は定植前マルチングが平均15.1g,慣行マルチングが16.4g,11月から
4月までの全期間平均は定植前マルチングが 9.1 g,慣行マルチングが 9.6 gで,いずれの時期も1果重に有意な差はなかった。
第3図に普通促成栽培における収量を示した。定植前マルチングと慣行マルチングとの収量間に有意な差は認められなかった。
試験2 根量及び根の分布
第4図に夏期低温処理促成栽培における根量を示した。定植48日後の根量は,定植前マルチングでは
0〜 5cmの深さに最も多く,深くなるに従って根量が減少した。慣行マルチングでは,
3層に均一に分布していた。定植前マルチングと慣行マルチングを比較すると,
0〜 5cmの深さでは定植前のマルチングが 5%の有意水準で多く,10〜20cmの深さでは少なかった。
定植 101日後の根量は,定植前マルチングでは 5〜10cmの深さに最も多く,次いで
0〜 5cm,10〜20cmの順であった。慣行マルチングでは, 0〜 5cmの深さに最も多く,深くなるに従って減少した。定植前マルチングと慣行マルチングを比較すると,
5〜10cmの深さでは定植前マルチングが多く、 5%水準で有意であった。全根量は定植前マルチングの方が多かった。このように,マルチングの時期によって根の分布が異なった。
試験3 マルチングの所要時間第
第5表に40歳代後半の女性 2人でマルチングを実施した場合の所要時間を示した。慣行マルチングの所要時間が
10a当り46.1時間であったのに対して,定植前マルチングの所要時間は10a当り16.5時間と,慣行マルチングの35.8%であった。
考 察
試験1 生育,収量
夏期低温処理促成栽培における葉身の生育は,定植前マルチングが慣行マルチングに比べてやや勝り,これはマルチングによって定植後の土壌水分や肥料成分が保持され,生育が促進された1,2,9,10,11)ものと考えられる。
イチゴの定植は頂果房の花芽分化を確認した後に行うため,頂果房の花芽分化にマルチング時期の早晩が直接影響することはない。これに対して,腋果房の花芽分化は定植後であるため,マルチング時期の影響が大きいと考えられる。特に夏期低温処理促成栽培の定植期は気温の高い
9月上旬であるため,定植前マルチングによって地温が上昇し,慣行マルチングに比べて腋果房の花芽分化が遅れ,このために腋果房の開花が遅れたものと考えられる。これに対し,普通促成栽培では定植時期が遅いために,腋果房の花芽分化に及ぼすマルチング時期の影響は夏期低温処理促成栽培に比べて小さかったと考えられる。
腋果房の年内開花株率は1993年に比べて1992年が低かったが, 9月における平均気温25℃以上の日数をみると,平年が
9.6日であるのに対し,1992年が14日,1993年が 3日(福岡管区気象台調べ)と,1992年は気温の高い日が多かったために花芽分化が遅れたと推察される。
収量は夏期低温処理促成栽培及び普通促成栽培ともに定植前マルチングと慣行マルチングで差がなく,定植前マルチングで収量が劣ることはなかった。夏期低温処理促成栽培の定植前マルチングでは,腋果房の開花が遅れたが,総収量への影響は少なく,定植前マルチングの実用性に問題はなかった。
試験2 根量及び根の分布への影響
水村ら5)は,イチゴの栽培で最も重要な出蕾から果実肥大初期に活動している根は
5〜15cmの深さに分布し,活力も強いと報告している。本試験での定植 101日後の根の分布をみると,慣行のマルチングに比べて定植前マルチングで
5〜10cmの深さの根が多く,定植前マルチングがより良好な根群になっていると思われる。また,生産者の多くが,定植前マルチングでは根が土壌表層に集中し,生育に悪影響を及ぼすと考えているが,定植前マルチングにおいても根は下層へ十分伸長することが明かになった。根量全体も定植前マルチングによって増加しており,細根が25〜28℃で発達する6)ことや培土のカリ濃度が高い方が根が増加する1)ことなどから,本試験においても定植前マルチングによる地温の上昇や養分の保持が根量増加に影響したと推察される。永島ら7)は,イチゴの根群の分布は定植から約
3か月間で根の分布,量,活力が決定されるため,この間の養水分管理が重要であると指摘しており,定植前マルチングは根の生育促進にも有用な方法と考えられる。。
試験3 マルチングの所要時間
慣行マルチングでは,イチゴの茎葉をマルチフィルムに開けた穴から取り出しながらの慎重な作業となるため,マルチングに要する時間は10a当り46.1時間であった。これに対して,定植前マルチングでは,マルチング時にはイチゴの株はなく,畝表面にマルチフィルムを広げていくだけの作業となるため,マルチングに要する時間は慣行マルチングの35.8%と,大幅な時間短縮が図られた。
以上のように,定植前マルチングは慣行のマルチングと比べて収量が劣ることはなく,マルチング時間が大幅に短縮できることから,実用性が高いことが明らかになった。
引 用 文 献
1)浅野 亨・田中康隆・水田昌宏(1981)各種作物の根群発達に関する研究(第
1報)窒素と加里が促成 栽培におけるイチゴ宝交早生の根の機能発達に与える影響.奈 良農試研報12:43〜47.
2)本多藤雄(1977)生理生態からみたイチゴの栽培技術.誠文堂新光社.東京:52〜60.
3)川口哲男・宮下 宏(1959)草苺の根の発育について.長野農試研報2:211〜216.
4)木村雅行(1988)野菜園芸大百科,33〜53.農文協,東京
5)水村裕恒・大内良実(1971)ハウス栽培イチゴの地温管理に関する研究.埼玉園試研2:12〜20.
6)峰岸正好・泰松恒男・木村雅行(1982)イチゴ宝交早生の促成栽培における根の生育と果実生産について.奈良農試研報13:21〜30.
7)永島芳樹・佐田 稔(1982)イチゴの促成栽培における根の発育経過.静岡農試研報27:31〜36.
8)二宮敬治(1967)イチゴの半促成栽培法の研究.静岡農試研報12:80〜96.
9)柴田 進・池内康雄・川村戈十二(1968)そ菜に対するポリエチレンマルチングに関する研究(第
2報)スイカに対するマルチングの効果について.兵庫農試研報15:57〜 60.
10)柴田 進・池内康雄・川村戈十二(1968)そ菜に対するポリエチレンマルチングに関する研究(第
3報)イチゴに対するマルチングの時期と施肥量.兵庫農試研報16:87〜 88.
11)山田金一・河森 武(1968)施設園芸の土壌管理に関する研究(第 2報)半促成イチゴ栽培における土壌水分管理について.静岡農試研報13:69〜85.