福岡農総試研報16(1997)
イチゴ‘とよのか’の促成栽培における頂果房で発生する奇形果の一種である「長形果」の発生実態と特徴を明らかにするとともに「長形果」の発生に及ぼす花芽分化後の温度及び栄養条件の影響について検討した。@長形果は定植時期が早い栽培ほど,また頂果に多かった。A長形果は,果長が長く果径が短い果形を呈しており,果形比(果長/果径)が 1.5以上であった。B花芽分化後の気温が25℃以上の場合に発生し,30℃で液肥を施用した場合の発生率は80%と顕著に高かった。C長形果は定植後のイチゴの栄養状態が良好であるほど多く発生した。
[キーワード:イチゴ,促成栽培,奇形果,長形果]
Morphological characteristics and elucidation of the occurrence
condition of long-shaped fruit on forcing culture of 'TOYONOKA' strawberries.
FUSHIHARA hajime (Fukuoka Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka
818, Japan) Bull. Fukuoka Agric. Res. Cent. 16: 44-47 (1997)
This study was carried out to clarify the real state and occurrence
of long-shaped fruit in the first fruit cluster on forcing culture of 'TOYONOKA'
strawberries. (1) Strawberries which were planted early had the highest
occurrence of long-shaped fruit. It occurred more frequently at the top
fruit of the first fruit cluster. (2) Long-shaped fruits were longer longitudinally
and wider latitudinally than normal ones, and the ratio of length to width
was regarded as being in excess of 1.5. (3) A high percentage of long-shaped
fruit occurred with a temperature over 25℃, and even more significantly
at 30 ℃. (4) Long-shaped fruit occurred under a richer nutrition condition
after planting.
[key words :strawberry, forcing culture, malformed fruit, long-shaped fruit]
緒 言
イチゴ栽培では11月から12月にかけての販売価格が安定して高いことから,収益性の向上を図るために収穫時期が年々早まっている。特に最近では,イチゴ苗を低温処理することによって頂果房の花芽分化を促し,年内に頂果房の収穫をほぼ終えることを目的とした夏期低温処理栽培が普及しており,産地によってはこの作型が作付け面積の80%を超えるところも見られる。
この作型が普及し始めたころから,県内の主流品種である‘とよのか’の頂果房に,通常の果実とは形状の異なる奇形果が見られるようになった。
木村2)の分類によれば,イチゴの果形は正形果と奇形果に大別される。奇形果はさらに不受精果,縦溝果,帯状果などに分類されており,これまでイチゴの奇形果については,不受精果についての報告が多く見られる。
今回報告する奇形果は,そう果はすべて受精していることから,不受精による奇形果ではなく,また果実が横に広がる縦溝果,帯状果とも明らかに異なり,これまで報告されたいずれの奇形果にも属しない果実であることから,新たに長形果1)と称することにした。
頂果房の収穫時期は,収穫期間を通して販売単価の最も高い年内であり,この長形果の発生により果実品位や商品化率の低下を来すことが,安定生産上の問題となっている。
長形果は,筆者らの既報1)以外に報告の事例がなく,その発生実態や発生要因等については全く不明である。 そこで,長形果の形態的な特徴や発生実態を明らかにするとともに,花芽分化後の温度条件や栄養条件が長形果の発生に及ぼす影響について検討した。
試 験 方 法
試験1 発生実態
1989年に定植した試験場内の‘とよのか’の促成栽培圃場で発生した長形果について,形態的な特徴や発生状況を調査した。調査対象の作型は夏期低温処理による促成栽培及び普通促成栽培で,定植時期は8月31日から9月14日の間であった。調査株数は2,219株であった。長形果と正形果は,果実の外観上から分類した。
調査は,頂果房の頂果を中心に実施したが,長形果発生株と正形果発生株について果房内における長形果の発生状況の差異を明らかにするために,一部は頂果房の頂果から10果までを調査した。
果実は長形果と正形果について,それぞれ果重,果長,果径,へたの付け根から果実赤道部までの長さ(以降,赤道長とする)を測定した。また,同程度の果重を示す長形果と正形果10果について,果実を果長からへた方向に切断し,果径及び花床髄部の径(以降,髄径とする)を調査した。
試験2 花芽発育時期の温度及び栄養条件と長形果の発生
試験区の構成は第1表に示すとおりである。 9cmポリポットで育苗した苗を,頂果房の花芽分化を確認した後の1995年9月20日に,容積20 のプランターに4株を植え付け,ファイトトロン内及び
2.5℃に設定した暗黒状態の冷蔵庫内へ搬入した。ファイトトロンの温度は,昼温(
7:00〜19:00)−夜温(19:00〜 7:00)をそれぞれ35−25℃,30−20℃,25−15及び20−10℃に設定した。ファイトトロンに搬入した苗は,花芽発育時期の栄養条件を変えるために,施肥条件として週2回液肥を施用する区(液肥施用区)と施用しない区(液肥無施用区)を設けた。液肥は,OK-F1(大塚化学)1,000倍溶液を毎回プランター当たり
500 施用した。また,液肥無施用区よりさらに低い栄養条件を設定するため,25℃及び20℃の温度で育苗時の
9cmポリポットのままの状態で栽培する区(ポット区)を設けた。
処理は2週間行い,10月4日に最低気温が10℃以下にならないように設定した温室内へ搬入し,液肥をほぼ10日毎に施用した。花粉媒介にはミツバチを利用した。
試験規模は,液肥施用区が8株(2プランター),液肥無施用区が4株(1プランター),ポリポット区は15株とした。
頂果房のすべての果実を対象とし,へた部まで着色した果実について,達観により長形果と正形果に分類した。それぞれの果実については,果重,果長,果径とともに,そう果数を調査した。
結 果
試験1 発生実態
(1) 長形果の形態的な特徴
果房の外観的な特徴として,長形果は正形果に比べてがくがかなり大きく,果柄部が硬化している例が多く見られた。
果実の外観を調査した結果を,第2表に示した。長形果は,正形果に比べて果長が長く,果径が短く,果形比の平均値は1.75で正形果に比べて
0.4ポイント高かった。ま た,赤道長が 5.5mm長かった。
果実を果長によって 2mmごとの階級に分け,階級別の果長と果径との関係を第1図に示した。果長が短い果実ほど長形果の果径は短かったが,果長別の果径の差は小 さかった。また,長形果は,果長の長い果実ほど正形果との果径の差が大きくなる傾向が見られた。
第1図と同様の方法で,階級別に果長と赤道長との関係を第2図に示した。果長が短い果実ほど長形果の赤道長は短く,その変化の程度は果径に比べて大きかった。 長形果は果長の長い果実ほど正形果との赤道長の差が大きくなる傾向が見られた。
果長と果形比との関係を第3図に示した。果長が短い果実ほど果形比が小さくなる傾向が見られた。
縦方向に切断した果実の形質を調査した結果を第3表に示した。長形果の果径は,正形果に比べて小さかったが,髄部の径に有意な差が見られなかった。また,果径に 対する髄径の比率を表した髄径比は,正形果に比べて長形果の方が大きかった。
(2) 定植時期と長形果の発生割合
定植時期と長形果の発生との関係を検討するために,8月31日から9月14日までの7回の定植日について,長形果の発生率を旬別にまとめた結果を第4図に示した。定 植時期が早くなるほど長形果の発生割合は顕著に高かった。
(3) 果房内における長形果の発生状況 頂果に長形果の発生した株と発生しなかった株について,頂果から10果までの着果順位毎の果形比を調査した結果を,第5図に 示した。
頂果に長形果が発生した株の2〜10果の果形比は 1.5以下で,発生しなかった株の果実と同程度であり,長形果の発生は認められなかった。
試験2 花芽発育時期の温度及び栄養条件と長形果の発生
(1)温度,栄養条件と長形果の発生
果実を頂果,第1次分枝の頂果および第2次分枝以降の果実に分類して,温度と栄養条件別に長形果の発生数割合を調査した結果を第6図に示した。
液肥施用の30℃区では長形果発生が顕著に多く,80%の株の頂果に発生した。液肥施用の25℃区でも17%の株の頂果に長形果が発生した。
また,液肥無施用の30℃区においては,頂果には長形果は発生しなかったが,第1次及び第2次分枝に長形果が発生した。液肥施用の25℃区では,頂果以外にも長形 果が発生したが,発生率は頂果に比べて少なかった。
(2) 長形果とそう果数及び果重
頂果及び第1次分枝の頂果を対象に,長形果とそう果数及び果重との関係を調査した結果を第7図に示した。 長形果の分布は正形果の中に混在しており,そう果数及び果重では正形果と区別できなかった。
考 察
1 長形果の特徴
外観上の特徴としては,長形果は正形果と比較して果長の差より果径の差が大きく,へたの付け根から赤道部までの赤道長が長い。また,長形果と正形果とは果長に対する果径の比を示す果形比によって明瞭に区別することができ,長形果は果形比が
1.5より大きい。
果実縦断面の特徴としては,花床の髄部の大きさには違いはなく,長形果の花床の皮層部が小さい。したがって,果径に対する髄部の径の割合を示す髄径比は,長形果が正形果に比べて明らかに高い。
2 長形果の発生要因
長形果は,定植時期が早いほど発生率が高くなっており,定植後の気温の影響が大きいと推察される。そこで,花芽分化期直後の苗の温度条件について検討した結果,平均気温が高い場合に長形果の発生率が顕著に高くなった。また,イチゴ株の高い栄養条件ほど長形果の発生率が高いこと,花床の維管束を含んだ髄径比が大きい。このことから,長形果は花芽分化後の花器の発育が促進される条件においても発生し易くなるものと考えられる。
1989年の実態調査では,長形果は頂果のみに発生し,2番果以降には全く発生がなかったが,1995年は2番果以降にも発生が見られた。イチゴの花芽の分化は,頂果から随時下位の果実に起こることが知られている。1989年は花器の発育期間である8月下旬から10月上旬までの気温が第4表に示すように徐々に低下した。これに対して,1995年は花芽分化後2週間も温度条件が同一であった。これらのことから,に遭遇したことが強く影響したものと考えられ,花芽分化後,高温条件下が長く続く年や作型では,頂果はもとより,2番果にも長形果が発生するものと推察される。またこのことから,長形果の発生を防止するための方法として,遮光等によるイチゴ株の昇温抑制も効果が期待できる。
今後,さらに花芽分化後の温度遭遇期間や施肥量を変えた試験等によって各果実の発育との関係を明らかにするとともに,内生植物ホルモンや細胞の分裂や肥大との関連,さらに‘とよのか’以外の品種における発生要因について検討する必要がある。
引 用 文 献
1)伏原 肇(1991)イチゴ‘とよのか’で発生する奇形果(仮称:長形果)の外観上の特徴及び発生状況.九州農業研究.53.187
2)木村雅行(1984)農業技術体系野菜編3. イチゴ基礎編.生育のステージと生理・生態:99