福岡農総試研報16(1997)
1)現 農業技術課 2)現 飯塚地域農業改良普及センター
イチゴ‘とよのか’本圃土壌において,生育期間中に土壌の無機態窒素濃度をリアルタイムに診断しながら適正な施肥管理を行うため,土壌の無機態窒素濃度の簡易測定方法について検討した。その結果,施肥後
2週間以上経過し,土壌の無機態窒素濃度が15mg/100g(乾土当たり)以下の場合は,無機態窒素濃度と硝酸態窒素濃度との間に高い正の相関があり,無機態窒素の約
9割は硝酸態窒素であった。このことから,土壌の無機態窒素濃度は土壌の水抽出液中の硝酸イオンを硝酸イオン試験紙で測定して,推定する方法が精度及び簡易性の点から適当と考えられる。水抽出条件は「圃場から採取した湿潤土と水(1:2.5または
1:5)をポリビンに入れ,10分間,手で時々振とうし,濾過する方法」が簡便であった。水抽出液中の硝酸イオン濃度の測定では,ろ液に硝酸イオン試験紙を
1秒間浸し,1分後にその発色程度を小型反射式光度計で定量する方法が精度は高かった。硝酸イオン試験紙の発色程度をカラースケールで定量する方法では,診断に要するコストは低かったが精度はやや低く,水抽出液中の硝酸イオン濃度は100ppm以下で測定する必要がある。また,土壌の無機態窒素濃度を測定する時の湿潤土の土壌水分はその都度測定する必要はなく,潅水
2〜3日後に2〜3回測定した値を代表値として用いることができる。
[キーワード:リアルタイム,診断方法,無機態窒素, 硝酸態窒素,硝酸イオン試験紙,小型反射式光度計]
A simple diagnostic method for measuring inorganic nitrogen concentration
in the soil of a field of 'TOYONOKA' strawberries. (2) A simple measuring
method for inorganic nitrogen concentration in soil. INOUE Keiko, Tomizou
YAMAMOTO and Shinji SUENOBU (Fukuoka Agricultural Research Center, Chikushino,
Fukuoka 818 Japan) Bull. Fukuoka Agric. Res. Cent. 16 : 39 - 43 (1997)
This report describes a simple measuring method for inorganic
nitrogen concentration in the soil of 'TOYONOKA' strawberries taking appropriate
control of fertilizer application by diagnosing the concentration in real
time during its growing period. After a minimum of two weeks of fertilizer
application and when the inorganic nitrogen concentration in a field was
less than 15 mg/lOO g, approximately 90% of the inorganic nitrogen was
nitrate nitrogen. For the sake of accuracy and simplicity, it is, therefore,
considered appropriate that the soil inorganic nitrogen concentration is
estimated by a concentration of nitrate in water extracts from soil samples
measured by nitrate test paper. The appropriate procedure for extracting
water from soil was as follows: field moist soil and water (1 :2.5 or I
.5) were mixed in a polyethylene vessel first, then shaken by hand off
and on for 10 minutes, and finally filtrated. As for the measuring method
for nitrate concentration in water extracted from soil, measuring the color
tone of test paper by a portable reflection photometer showed high accuracy.
Measuring the color tone of the test paper by the color scale was inexpensive
but the accuracy was low to some degree. The color scale method can be
used when the concentration is less than 100 ppm. The value of the soil
moisture measured two or three days after watering could be used as a constant
when nitrate concentration in water extracted from soil was measured, because
the values did not vary much during the growing period.
[Key words: diagnostic method, inorganic nitrogen, nitrate test paper, real time portable reflection photometer]
緒 言
近年,環境問題がクローズアップされるようになり,過剰施肥による地下水の硝酸塩汚染や河川の富栄養化等が問題となっており,過剰施肥を避け環境に負荷の少ない施肥管理技術が求められている。また,イチゴの促成栽培土壌では,作付期間が
8カ月と長く,定植からマルチングまでの間に降雨による肥料成分の溶脱が起こり易いため,生産現場では,追肥時期と追肥量の判断が難しく,濃度障害や養分欠乏をおこしている圃場もみられる。 従って,イチゴ栽培において,高位安定生産を維持しながら環境保全型施肥管理を行うためには,適正な時期に適正な量を施肥することが大切で,そのためには,現地でリアルタイムに土壌診断ができる簡易診断技術の開発が必要である。その中でも,土壌中の無機態窒素は作物生産に最も大きな影響を及ぼし,環境に対する負荷も大きいため,診断項目として重要であり,簡易診断技術に関する報告6,7,8,10,12,14)も多くみられる。 しかし,これらは,風乾土を用いた診断技術であり,現地圃場で採土した湿潤土を用いた簡易・迅速な診断技術についての報告例は少ない。また,県内のイチゴの主要品種である‘とよのか’における,土壌の無機態窒素濃度を診断するための診断指標値は第
1報4)で明らかにしたように,低濃度 (乾土100g当たり2〜10mg)4)であり,低濃度の場合の無機態窒素の簡易測定法に関する報告も少ない。
一方,最近コンパクトで携帯可能,操作も容易な測定機器や試験紙の開発3,13)が進められ,今後,利用方法の拡大が期待されている。
そこで,これらの簡易な測定機器,試験紙を用いて,リアルタイムに土壌の無機態窒素濃度を測定する簡易測定法について検討した。
試 験 方 法
1 供試土壌
県内のイチゴ栽培圃場(新宮町 9圃場,八女市 9圃場 ,広川町 5圃場)及び農業総合試験場(筑紫野市)内のイチゴ栽培圃場からイチゴの生育期間中
2〜4週間ごとに各々10回採取した土壌を用いた。土壌中の無機態窒素濃度の簡易測定方法について検討した。採土は畦条間中央部の深さ
2〜15cmの位置で行った。八女市,広川町で採取した土壌の土性は全て壌土で,新宮町では
1圃場が壌土, 9圃場が砂壌土であった。また,場内圃場は砂壌土であった。
2 土壌の無機態窒素及びECの測定方法
土壌の無機態窒素,硝酸態窒素は湿潤土を用い,公定法2)に従い,10%KCl液で抽出し,水蒸気蒸留法で測定した。また,ECは,風乾土と水を1:5(重量比)で混合し,60分間浸とう後測定した。
3 土壌を水抽出する場合の抽出条件
八女市,新宮町の圃場から採取した湿潤土19点について,湿潤土と水を1:2.5(重量比,以下同じ)で水と混合し,振とう条件を@10分間,手で時々振とう,A30分間,手で時々振とう,B60分間,振とう機で振とう,として振とう条件と水抽出液中の硝酸イオン濃度について検討した。硝酸イオン濃度は水蒸気蒸留法で測定した。
4 水抽出液中硝酸イオン濃度の簡易測定法
土壌の水抽出液はイチゴ本圃の湿潤土と水を1:2.5で混合し,30分間振とう機で振とう後,No6のろ紙でろ過したろ液を用いた。
(1)イオンメーター法:平板電極式携帯用硝酸イオンメーター C-141(カード型)を用い,電極上に水抽出液を滴下して硝酸イオン濃度を読み取った。
(2)硝酸イオン試験紙・カラースケール法:メルコクアント硝酸イオン試験紙(価格
1枚 約40円)を水抽出液に1秒間浸し,1分後にその発色程度をカラースケールで読み取り, 硝酸イオン濃度を測定した。
(3)硝酸イオン試験紙・小型反射式光度計法:リフレクトクアント硝酸イオン試験紙(価格
1枚 約80円)を水抽出液に1秒間浸し,1分後にその発色程度を小型反射式光度計
(19× 8× 2cm,275g,価格 約 8万円)で読み取り,硝酸イオン濃度を測定した。なお,精度を検討するために,硝酸イオンの精密分析法として水蒸気蒸留法を用いた。
結果及び考察
1 イチゴ本圃土壌の無機態窒素濃度とEC
イチゴの生育期間中の土壌の無機態窒素濃度とECとの関係については,八女市の農家圃場(
9箇所)と広川町の農家圃場( 5箇所)では,正の相関(各々R=0.842,R=0.906)がみられ,ECから無機態窒素濃度の傾向を推定することができた(第
1図,第 2図)。しかし,土性が同じ壌土でも地域や圃場によって 1次回帰式の傾きが異なるため,1つの回帰式で精度の良い推定をすることは困難で,圃場ごとにECと無機態窒素濃度の回帰式を求める必要があった。また,新宮町の農家圃場(
9箇所)では,イチゴの生育期間中の土壌の無機態窒素濃度とECとの間には明確な相関がみられず,ECから無機態窒素濃度を推定することはできなかった(第
3図)。
「ハウス土壌では,硫酸イオン,塩素イオンがECを高める原因になっている」という報告は多く1,5,9,10,11),瀧12)も,愛知県内のイチゴ土壌溶液中(186点の平均)の水溶性陰イオンの50%以上は硫酸イオンで,硝酸イオンは30%以下と報告している。このことから,海岸に近く海水の影響を受け易い新宮町の圃場では,土壌中の硫酸イオンや塩素イオンが影響を及ぼしたため,土壌中の無機態窒素濃度とECとの間に相関がみられなかったものと考えられる。従って,土壌のECから無機態窒素濃度を推定することは困難と考えられる。
2 現地における土壌の無機態窒素濃度と硝酸態窒素濃度
八女市,広川町,新宮町の農家圃場では,施肥後 2週間を除く全生育期間において,土壌の無機態窒素濃度と硝酸態窒素濃度の間には高い正の相関があり,無機態窒素が15mg/100g(乾土当たり,以下同)以下では相関係数が0.997で無機態窒素の約
9割が硝酸態窒素であった。しかし,無機態窒素濃度が15mg/100g以上では,アンモニア態窒素の割合が増加し,硝酸化成がスムーズに進まない土壌も多くみられた(第
4図)。 このことから,施肥後 2週間を除き,無機態窒素濃度が15mg/100g以下の土壌では,硝酸態窒素濃度から無機態窒素濃度を精度良く推定できることが明らかになった。また,高収量を得るための適正な土壌中の無機態窒素濃度は2〜10mg/100gの範囲4)にあり,追肥の要否の診断時期は施肥後
2週間以降と考えられるので,イチゴ本圃土壌の無機態窒素濃度は,土壌の硝酸態窒素を測定して,測定値を0.9で除することにより推定できると考えられる。
3 土壌の水抽出液の抽出条件
山崎ら14)は,「風乾土を水抽出した場合の抽出液の硝酸イオン濃度は公定法である塩化カリウム抽出液中の濃度と変わらない。また,抽出割合が1:2.5〜1:10の範囲内では硝酸イオン濃度にほとんど差はみられない。」と報告している。イチゴ栽培土壌において,湿潤土を1:2.5又は1:5で水抽出する場合の乾土当たりの水の量は,風乾土を1:2.5〜1:10で水抽出する場合の乾土当たりの水の量の範囲にある。このことから,湿潤土を1:2.5又は1:5で水抽出する場合でも,抽出液の硝酸イオン濃度は,山崎らが報告しているように公定法である塩加カリウム抽出液の濃度とほぼ同じと考えられる。
湿潤土を水抽出する場合の抽出方法及び抽出時間についての検討では,「10分間,手で時々振とう」「30分間,手で時々振とう」「60分間,浸とう機で振とう」の場合は,土壌の硝酸イオン濃度にほとんど差はみられなかった(第
1表)。このことから,現地圃場で土壌の無機態窒素濃度をリアルタイムに診断をする場合の効率的な抽出条件は「湿潤土と水を
1:2.5〜 1: 5で混合し,10分間,手で時々振とうする。」が適当と考えられる。
4 土壌の水抽出液中の硝酸イオン濃度の簡易測定法
土壌の水抽出液中の硝酸イオン濃度を簡易に測定する方法としてイオンメーターについて検討した結果,硝酸イオンが100ppm以上であれば精密分析法(蒸留法)との間に高い正の相関(Y=28.95+0.89X R=0.970)が認められたが,100ppm以下ではイオンメーターの値が高くなり,100ppm以上に比べ相関係数が低くなった(第
5図)。中路8)は本試験の結果と同様に,イオンメーターは低濃度(NO3−:60ppm以下)でばらつきが大きくなると報告しており,これは,低濃度では共存イオンの妨害による影響が大きくなるためと考えられる。硝酸イオン試験紙の発色程度をカラースケールで比色定量する方法では,硝酸イオン濃度が100ppm以下であれば精密分析法(蒸留法)との間に高い正の相関(Y=-2.11+1.17X R=0.935)が認められたが,100ppm以上では定量誤差が大きくなり,ばらつきが大きくなった(第
6図)。
これに対して,硝酸イオン試験紙の発色程度を小型反射式光度計で比色定量する方法では,硝酸イオン試験紙の測定範囲(NO3−:5ppm〜250ppm)内では精密分析法(蒸留法)との間に高い正の相関(Y=2.64+0.97X R=0.997)が認められた(第
7図)。
また,イチゴ本圃土壌の無機態窒素濃度の診断指標値は 2〜10mg/100gの範囲にあり4),指標値の範囲内の乾土を,1:2.5で水抽出した場合の水抽出液中の硝酸イオン濃度は第
4図から約30〜160ppmとなる。なお,小型反射式光度計を利用する場合の測定範囲は5ppm〜250ppm(NO3−)であるため,小型反射式光度計で測定する場合の水抽出の割合は1:2.5(土:水)が適切で,250ppmを超える場合は希釈して測定する必要がある。また,カラースケールで比色定量する方法では,100ppm(NO3−)以下で測定する必要があるので,1:2.5〜1:5(土:水)で水抽出し,100ppmを超える場合は希釈して測定する必要がある。
以上のことから,土壌の水抽出液中の硝酸イオン濃度を簡易に測定する方法としては,精度の点では,硝酸イオン試験紙の発色程度を小型反射式光度計で定量する方法が適当と考えられ,診断に要する経費及び簡便性の点では硝酸イオン試験紙の発色程度をカラースケールで定量する方法が経費は安く,適当と考えられる。また,イオンメーターを用いる方法は,イチゴ本圃土壌における無機態窒素濃度の範囲内では,ばらつきがやや大きいため,イチゴ本圃土壌では適さないと考えられる。
5 イチゴ本圃の土壌水分の変化
土壌の無機態窒素濃度を測定する場合,湿潤土の土壌水分が測定値に影響を及ぼすため,現地圃場におけるイチゴの生育期間中の土壌水分を測定した結果,砂壌土(
8圃場)では 平均値が19〜21%,変動係数が 6〜13%であり,壌土(10圃場)では平均値が26〜32%,変動係数が
5〜 9%であった(第 2表)。以上のように,土性によって土壌水分含量は異なったが,同一圃場内での差は小さいため,土壌水分は窒素濃度測定の都度測定する必要はなく,潅水後
2〜3日経過して平均的な土壌水分になった時に2〜3回測定して得た値を代表値として用いることができると考えられる。
以上のことから,土壌の無機態窒素濃度の簡易測定方法としては,施肥後 2週間を経過し,土壌の無機態窒素濃度が15mg/100g以下の圃場では,土壌の水抽出液中の硝酸イオン濃度を硝酸イオン試験紙で測定し,その測定値を0.9で除して無機態窒素濃度を推定する方法が精度及び簡易性の点から適当であった。水抽出条件は圃場から採取した湿潤土と水を重量比で
1:2.5又は 1:5になるように瓶に入れて混合し,「10分間,手で時々振とうし,ろ過する方法」が効率的であった。水抽出液中の硝酸態窒素濃度の測定では,ろ液に硝酸イオン試験紙を
1秒間浸し1分後にその発色程度を小型反射式光度計で定量する方法が,硝酸イオン試験紙の発色程度をカラースケールで定量する方法よりも精度は高かった。しかし,後者は機器を必要とせず,診断に要するコストが低いため,農家が利用しやすい利点がある。さらに,土壌の無機態窒素濃度を推定する時の湿潤土の土壌水分は調査ごとに測定する必要はなく,潅水
2〜3日後に2〜3回測定した値を代表値として用いることができると考えられる。
引 用 文 献
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14)山崎晴民・六本木和夫(1992)土壌中硝酸態窒素の簡易測定法,埼玉園試報告 19:31〜36.