福岡農総試研報16(1997)
福岡県に適応する晩生の良質糯品種を選定するため,農林水産省九州農業試験場で育成された'ひみこもち'の生育,収量性,耐病性及びもち質などの諸特性について福岡県農業総合試験場農産研究所,筑後分場及び福岡県内の現地4カ所において検討した。'ひみこもち'は'ヒヨクモチ'に比べて出穂期は1〜2日,成熟期は3〜5日早かった。収量性は同程度かやや優った。穂発芽性は"易"で,いもち病圃場抵抗性は'サイワイモチ'並の"中"であった。また,稈長は長いが,穂長はやや短く,穂数は同程度かやや少ないやや短稈・偏穂数型の草型であった。耐倒伏性は'ヒヨクモチ'に比べてやや劣るが,"やや強"であった。もちの食味は優れ,もち加工適性を左右するもちの硬化速度は早く,生もちの引きも強く,アミログラム特性値も優れた。外観品質は白米の白度が高く'ヒヨクモチ'と同程度かやや優れた。以上の結果から,本品種は福岡県内の一般平坦地から平坦肥沃地において晩生の極良質糯品種として適している。
[キ−ワ−ド:水稲,糯,もち質,晩生品種,ひみこもち,]
Growth Habit and Quality of Glutinous Rice for a New Recommended
Late-Maturing Rice Cultivar 'HIMIKOMOCHI'in Fukuoka Prefecture. MATSUE
Yuji, Takefumi OGATA, Yusuke FUKUSHIMA and Tsuyoshi SUMIYOSHI (Fukuoka
Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka 818, Japan) Bull. Fukuoka
Agric. Res. Cent. 16:1-4 (1997)
Growth habit and quality of glutinous rice for a new recommended
late-maturingrice cultivar 'HIMIKOMOCHI' developed at KYUSHU National Agricultural
Experiment Station was tested in 5 locations in Fukuoka Prefecture over
5 years. The maturation date came 3-5 days earlier than that of 'HIYOKUMOCHI'.
'HIMIKOMOCHI' was resistant to lodging, and was susceptible to pre-harvest
sprouting. Field resistance to blast was moderate. The plant was the partial
panicle number type, and was intermediately culmed. The yielding ability
was slightly superior to 'HIYOKUMOCHI'. The palatability of "mochi"
was superior to that of 'HIYOKUMOCHI'. The hardening speed of "mochi"
for 'HIMIKOMOCHI' was fast, which was closely related to the quality and
processing suitability of glutinous rice. The milled rice of 'HIMIKOMOCHI'
was superior in amylographic characteristics to those of 'HIYOKUMOCHI'.
Judging from what has been said above, 'HIMIKOMOCHI' was determined to
be a cultivar with high palatability and processing suitability of glutinous
rice. Therefore, it was concluded that 'HIMIKOMOCHI' was to be released
in 1996 and recommended for the flat areas and fertile land of Fukuoka
Prefecture.
[Key words: late-maturing, quality of glutinous rice, new recommended
variety, HIMIKOMOCHI, rice]
緒 言
福岡県における水稲糯品種作付面積は1995年現在で1,870haである。'ヒヨクモチ'は本県の主要糯品種で、全体の糯品種作付面積の72%に当たる1,350ha作付されており、晩生の安定多収品種として平坦肥沃地を中心にもち米生産に永く貢献してきた。しかし、本品種はいもち病に弱いこと、年次によって外観品質の低下をきたす等の欠点を有している。また、もち質がさらに良い品種が実需者側から求められている。
もち米の需要が低迷している現況下では、平坦地に適するもち質の優れた晩生品種の要望が極めて強い。また、米の産地間競争の激化が予想される中で、もち質の優れる糯品種の作付を図ることは本県の稲作を活性化する観点からも重要である。
そこで,これらの要望に応えるために,1994年に九州農業試験場で育成された’ひみこもち’1)について,福岡県における生育,収量性,耐病性などの生育特性及びもち質特性を明らかにした。
試 験 方 法
1 供試品種
‘ひみこもち’の他に比較品種として‘ヒヨクモチ’,特性検定及び食味試験の一部に‘サイワイモチ’と‘ハクトモチ’を用いた。
2 試験実施場所及び試験年度
農産研究所(筑紫野市吉木)において,1991年〜1993年に奨励品種決定予備試験及び1994年〜1995年には生産力検定試験を行い,筑後分場(三潴郡大木町)においては1992年〜1993年に予備試験及び1994年〜1995年に生産力検定試験を行った。また,福岡県内で現地試験を1994年は3カ所,1995年は2カ所で実施した。
3 耕種概要
苗の種類は農産研究所では中苗,筑後分場では稚苗を用いて機械移植した。移植時期は農産研究所では6月15〜17日,筑後分場では6月21〜22日であった。栽植密度は農産研究所では株間15cm,条間30cm,筑後分場では株間17cm,条間30cmとした。施肥量(基肥+第1回穂肥+第2回穂肥)は,10a当たり窒素成分(kg)で7+3+2とした。試験規模は農産研究所では1区10u,筑後分場では22uで各々2〜3反復とした。現地試験は各現地における慣行栽培法で実施した。
4 いもち病の検定,外観品質及び穂発芽性
葉いもちは畑晩播で検定し,発病程度は1994年に圃場での達観調査により0(無発病)〜10(全茎葉枯死)の11段階評価で調査した。穂いもちは圃場で達観調査により0(無)〜5(甚)の6段階で行った。外観品質は観察により1(上ノ上)〜9(下ノ下)の9段階で評価した。穂発芽性は穂発芽検定器(小沢製作所製OHー40改型)を用いて28℃,湿度100%の条件下で成熟期に採取した穂を置床し,6日後に穂発芽程度を調査した。なお,穂発芽程度は穂発芽粒率を達観で調査し,0(0%),1(〜5%),2(〜10%),3(〜25%),4(〜50%),5(〜70%),6(70%以上)の7段階で評価した。
5 もち質及びアミログラム特性
試料の精米は試験用小型精米機(サタケ式ツ−インワンパス)で行った。生もちの食味試験は筑紫野市のもち加工業者に依頼して実施するともに,農産研究所でサイワイモチ(1993年),ハクトモチ(1994年と1995年)を基準にして,1回の供試点数が3,パネル構成員が11〜18名で行った。もち硬化特性2)はその指標である曲がり度合い(b/a)を,長さ50cm,厚さ1.5cm,幅5cmの生もちを製造後,22時間5℃冷蔵貯蔵し,第1図のように釣りかけ器に下げて調査を行った。アミログラム特性値は精米粉40gに0.01Mの硫酸銅水溶液,450mlを加えてブラベンダ−ビスコグラフで測定した。
結 果
1 生育及び形態的特性
‘ひみこもち’は'ヒヨクモチ'に比べて稈長は10cm程度長いが、穂長はやや短く、穂数は同程度かやや少ないやや短稈・偏穂数型の草型であった(第1表)。また,圃場立毛の観察結果では,止葉は直立し、草姿は良好で,芒は無く、穎色、ふ先色は赤褐であった。籾の表面はやや茶褐色であった。粒着密度は"中"、脱粒性は"やや易"であった。
出穂期,成熟期は‘ヒヨクモチ’に比べて各々1〜2日、3〜5日程度早い晩生種であった(第1表)。一方,現地試験では成熟期の差がやや大きく,4〜6日早かった(第2表)。
2 耐倒伏性及び耐病性
‘ひみこもち’の耐倒伏性は'ヒヨクモチ'に比べてやや劣るが,"やや強"であった(第1,2表)。穂発芽性は'サイワイモチ'に比べて劣り,'ヒヨクモチ'と同程度の"易"であった(第4表)。いもち病抵抗性遺伝子型は“Pi-ta2”を持つと推定されており1),葉いもち及び穂いもちの圃場での発生は'ヒヨクモチ'に比べて明らかに少なく(第1,2,4表),'ヒヨクモチ'に穂いもちの発生が確認された年においても'ひみこもち'には発生が認められなかった(第3表)。
3 収量性及び外観品質
‘ひみこもち’の収量性は'ヒヨクモチ'に比べて同程度かやや優れた(第1,2表)。玄米の粒形は中で,玄米千粒重は同程度かやや軽かった(第1,2表)。外観品質は白米の白度が高く(第8表)、検査等級は同程度かやや優れた(第1,2表)。
4 もち質及びアミログラム特性
もちの食味は'ヒヨクモチ'に比べて粘りが強く,味が優れ,食味総合評価は優れた(第5表)。もち加工業者による食味試験においても同様の結果となり(第6表),'ひみこもち'の食味総合評価はいずれの生産年とも安定して優れた。もち特性は'ヒヨクモチ'に比べて引きが強く,もちの形を表す厚さ/幅比は大きかった(第7表)。また、加工適性を左右するもち冷蔵後の硬化速度の指標となる硬化特性の曲がり度合いの値(曲がり度合の値が小さいもち米品種は硬化速度が早く,もち質が優れる)は'ヒヨクモチ'に比べて明らかに小さかった(第2図,第8表)。硬化速度と正の相関関係にある糊化温度3)は高く(糊化温度が高いもち米はもち質が優れる),最高粘度は高く,ブレークダウンは大きかった(第9表)。
考 察
'ひみこもち'の食味は'ヒヨクモチ'に比べていずれの試験年においても優れたことから,環境変動に対して食味が安定している品種であることがうかがえる。また,もち加工適性からみると,硬化特性の曲がり度合いの値が小さかったことからもちの硬化速度が早いことが明らかである。厚さ/幅比は大きく,糊化温度が高いことから,鏡もちにした際に形のくずれが小さいと考えられ,鏡もちに適するといえる。
葉いもち及び穂いもち圃場抵抗性は真性抵抗性遺伝子を持つため判定が困難であるが,圃場での穂いもちの発生が確認されていないことと葉いもち圃場検定の結果,'サイワイモチ'よりやや強い程度の"中"と推定される。
以上のことから,'ひみこもち'は'ヒヨクモチ'に比べてもち質が優れ、晩生でいもち病耐病性は'ヒヨクモチ'に比べて明らかに優れ,耐倒伏性にも優れていることから、1996年に本県の晩生の極良質糯品種として準奨励品種に採用された。'ひみこもち'は'ヒヨクモチ'のもち質を改善した品種として,福岡県内の一般平坦地〜平坦肥沃地を中心とした地域に適すると考えられる。
‘ひみこもち’の栽培上の留意点としては,次の2点に留意する必要がある。@いもち病には真性抵抗性遺伝子を持っているため発病は少ないが,葉いもちが確認された場合は直ちに防除する。A耐倒伏性はやや強であるが,高品質もち米生産のためには極端な多肥栽培は避ける。
引 用 文 献
1)八木忠之・西山 寿・渡邊進二・山下 浩・滝田 正・本村弘美・平林秀介・井邊時雄・斉藤 薫(1995) (1995)水稲新品種「ひみこもち」について. 九農研57:1.
2)山本隆一・堀末 登・池田良一共編(1996)イネ育種マニュアル.養賢堂,東京.72ー73.
3)柳瀬 肇・遠藤 勲・竹生新治郎(1982)もち米の品質,加工適性に関する研究.第4報 国内産もち米と輸入もち米品質指標ならびに品質評価.食総研報 40:8ー16.