福岡農総試研報15(1996)
福岡県に適する良質多収の裸麦早生品種を選定するため,農林水産省四国農業試験場で育成された‘イチバンボシ’の生育,収量,耐倒伏性,精麦適性について,福岡県農業総合試験場農産研究所,豊前分場,筑後分場及び本県内の現地2カ所で検討した。その結果,‘イチバンボシ’は‘サヌキハダカ’に比較して次の特性が明らかとなった。
1 稈長は4cm程度短く,穂長は同程度で穂数は多い。
2 出穂期は7〜12日,成熟期は4〜8日程度早い早生種である。
3 赤かび病,うどんこ病は同程度のやや弱であるが,オオムギ縞萎縮病抵抗性は強である。穂発芽性は難である。
4 耐倒伏性はやや強であり,成熟期の倒伏指数は小さく,裸麦特有の成熟期頃の稈の中折れが発生しにくい。
5 干潮粒形はやや長く,千粒重は重く,多収である.
6 外観品質は良好で,搗精精時間が短く,精麦白度が高く,精麦適性が優れる。
以上のように,‘イチバンボシ’は裸麦として栽培特性,外観品質,精麦適性がともに優れていることから,福岡県全域に適することが明らかになった。
[キーワード:イチバンボシ,奨励品種,精麦適性,耐倒伏性,裸麦]
Adaptability of the ‘ICHIBANBOSHI' Newly Recommended Naked Barley
Cultivar in Fukuoka Prefecture. OGATA Takefumi, Yuji MATSUE, Mitsuko OKUMA
and Futoshi MATSUO (Fukuoka Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka
818, Japan) Bull. Fukuoka Agric. Res. Cent. 15: - (1996)
Adaptability of the ‘ICHIBANBOSHI' newly recommended naked barley
cultivar developed at Shikoku National Experiment Station was tested in
5 locations in Fukuoka Prefecture over 2 years. Compared with the check
variety ‘SANUKIHADAKA', the main characteristics of ‘ICHIBANBOSHI' were
as follows. (1) Plant type; Tillering of plants with short culm and slightly
similar spike length. (2) Maturing date; 4-8 days earlier. (3) Disease
resistance; The cultivar was strongly resistant to barley yellow mosaic
virus (BaYMV). But susceptible to scab and powdery mildew as the check
variety. The viviparity was low. (4) Lodging resistance; Stronger. The
index of lodging is superior especially in the later stage of the ripening
period. (5) Grain characteristics; The grain shape was longer and 1000
grain weight was heavier. Pearling time of the grains was shorter and pearled
grains were clearly whiter with a better quality. (6) Yielding ability;
Higher.
[Key words:‘ICHIBANBOSHI', lodging resistance, naked barley, pearling
quality, recommended variety]
緒 言
裸麦品種‘サヌキハダカ’注)は福岡県の準奨励品種として1984年から1989年の6年間採用されていた。しかし,本品種は良質であったが,倒伏に弱く,オオムギ縞萎縮病や成熟期頃の中折れの発生,赤かび病に弱いことによって,作柄が不安定で,収益性が低かった。このため,裸麦に対する農家の栽培意欲は減退し、近年の裸麦の作付け面積は皆無に近い状況まで激減した。しかし,実需者からは国内産の裸麦に対する生産量の安定的な確保とより一層の品質向上を期待されていた。本県のように稲麦二毛作体系の地域では,麦類は重要な士地利用型作物であることから,麦作振興を図るうえで,裸麦の優良品種の採用が緊急な課題の一つとなっている。このような背景の中で,農林水産省四国農業試験場で育成された裸麦品種の‘イチバンボシ’について福岡県における適応性を明らかにするために,生育,収量,耐倒伏性,精麦適性などの特性について検討した。
試 験 方 法
1 供試品種
1991年に四国農業試験場で育成された‘イチバンボシ’の他に比較品種として‘サヌキハダカ’を用いた。
2 試験実施場所及び試験年度
農産研究所(筑紫野市吉木)と豊前分場(行橋市西泉)において,1992年に奨励品種決定予備調査,1993年に生産力検定試験を行った。筑後分場(三瀦郡大木町)では1993年に生産力検定試験を行った.また,1993年に三瀦郡三瀦町と京都郡勝山町の2カ所で現地適応性を検討した。
3 耕種概要
農業総合試験場における栽培法は出芽本数をu当り150本とし,条間30cmのドリル播とした。その他の耕種概要は第1表のとおりである。現地における栽培法は各地の慣行によった。
試験規模は1区9.1〜14.5uで奨励品種決定予備調査は2区制,生産力検定試験は3区制とした。現地は2区制とした。
4 倒伏関連形質
倒伏関連形質の調査は出穂27日後,瀬古の方法4)に準じて行った。両品種とも強勢茎10本について曲げモーメント,挫折重を測定した。
5 精麦適性
搗精歩合60%までの棉精時間は福岡食糧事務所において,佐竹式精麦用グレンテストミルを用いて測定した。白度は農産研究所においてkett式精米用光電白度計を用いて測定した。
結 果
1.生育及び形態的特性
’イチバンボシ’は’サヌキハダカ’に比較して、出穂期は7〜12日,成熟期は4〜8日早かった(第2,3表)。稈長は2〜6cm短く,穂長は同程度で,穂数は多かった。耐倒伏性は優れ,特にコンバイン収穫時に最大の支障となる裸麦特有の成熟期頃の稈の中折れ程度は極めて少なかった。粒の色は赤褐色粒で,粒の着粒密度はやや粗であった(写真1)。圃場観察によると叢性は中間型で,やや閉じる。作柄に大きな影響を及ぼす倒伏に関与する倒伏関連形質についてみると,稈,葉梢,葉身および穂を含んだ生体重と稈長を乗じた曲げモーメント2)は,‘イチバンボシ’が1019g・cm,‘サヌキハダカ’が1050g・cmと同程度の値を示した(第1図)。稈の強さを表すN3節間の挫折重2)は‘サヌキハダカ’が844gに対して,‘イチバンボシ’は1300gと‘サヌキハダカ’の約2倍に近い大きな値を示した。その結果,瀬古2)が提唱した倒伏指数(数字が小さいほど耐倒伏性が優れる)は‘サヌキハダカ’は124,‘イチバンボシ’が78と低い値を示した。
2.耐病性及び穂発芽性
‘サヌキハダカ’に比較して,うどんこ病,赤かび病は同程度であった(第2,3表)。
3.収量,粒の形態及び外観品質
‘イチバンボシ’の‘サヌキハダカ’に対する収量比率は‘サヌキハダカ’の稈の中折れ程度によって大きく異なった。すなわち,‘サヌキハダカ’の稈の中折れ程度が微〜少であった農産研究所では109,豊前分場では99であったが,中折れ程度が甚でった筑後分場では175と著しく大きくなった(第2表)。
‘イチバンボシ’の粒の形態は‘サヌキハダカ’に比べて,粒長は長く,粒幅は同程度であり,粒厚は厚く,長/幅比は大きい値を示した(第4表,写真1)。このように,‘イチバンボシ’の粒形は‘サヌキハダカ’に比べてやや長粒であった。
粒の充実は良く,千粒重は‘サヌキハダカ’より1.0g〜3.7g重かった(第2,3表)。外観品質は‘サヌキハダカ’に比べて粒張りが良く,優れる傾向にあった。
4.精麦適性
‘サヌキハダカ’に比較して60%歩留の搗精時間は短く軟質で,精麦白度は‘サヌキハダカ’より明らかに高く,総合評価の合計点数は極めて優れた(第5表)。
考 察
‘イチバンボシ’は成熟期が5月5半句で,福岡県において麦類の中で最も成熟期の早い早生種であり,稲麦二毛作体系の地域では麦収穫時と水稲の移植作業時期の労力の競合回避が期待できる品種である。作柄に大きく影響を及ぼす耐倒伏性については,‘イチバンボシ’は成熟期頃の稈の中折れが少なく耐倒伏性が優れた。この要因は,登熟後期の稈の強度を示す挫折重が大きく,稈質が優れることによる倒伏指数が小さいためと考えられる。‘イチバンボシ’の収量性は,‘サヌキハダカ’よりも安定して優れた。これは,穂数が多く確保されやすく,千粒重が大きいことによるものと考えられた。また,‘イチバンボシ’は,良質の‘サヌキハダカ’より60%歩留の搗精時間が短い軟質粒であるとともに,精麦白度が高く精麦適性が極めて優れた品種であった。
以上のことから,‘イチバンボシ’は‘サヌキハダカ’より耐倒伏性が優れ,安定した良質多収品種であり,精麦適性も優れており,しかもオオムギ縞萎縮病に強く1),穂発芽性難1)などの優れた特性を備えている。このため,県下全域に適する早生の裸麦品種として1994年に福岡県の準奨励品種に採用された。栽培上の留意点としては,播性程度はV1)で茎立ち性がやや遅いことから早播をしても生育への影響は少ないが,作柄の安定化および品質向上の面から極端な早播や遅播は避ける。また,湿害に弱いため生育期間中の排水対策を十分に行うとともに,うどんこ病と赤かび病の耐病性は不十分なので適期防除に努める必要がある。
引 用 文 献
1)伊藤昌光・石川直幸・土門英司・土井芳憲・片山正・神尾正義・加藤一郎・吉川亮・堤忠宏(1995)裸麦の新品種「イチバンボシ」の育成。四国農業試験場報告59:109 −121
2)瀬古秀生(1962)水稲の倒伏に関する研究.九州農業試験場彙報7(4):419−499