福岡農総試研報15(1996)

西南暖地におけるビール大麦の穂発芽性検定方法

水田一枝・山口 修・吉川亮1)

(農産研究所)

 九州地域は麦の収穫時に降雨が多いため,ビール麦への穂発芽抵抗性の付与はビール大麦の重要な育種日標の一つである。このため本報告では,ビール大麦における穂発芽抵抗性の検定方法とその妥当性を検討し,次のことを明らかにした。
 @圃場栽培の材料に比べて,出穂期から成熟期までの期間,雨よけをしたハウスで栽培した材料の方が穂発芽抵抗性の品種間差異が大きく,穂発芽の検定に適していた。
 A穂発芽抵抗性を判定する際の指標品種としてセンボンハダカ(難),九州二条11号(やや難),あまぎ二条(易),Ellice(極易),Morex(極易)を選定した。
 B本検定法で選抜した穂発芽抵抗性の強い全ての系統は,収穫3ケ月後の発芽勢,発芽率が共に90%以上であり,ビ一ル醸造上休眠性が間題になることはなかった。 C穂発芽難の系統と穂発芽易の系統を比較して,穂発芽難の系統が農業特性や麦芽品質で劣ることはなかった。

[キーワード:ビール大麦,穂発芽,雨よけハウス栽培,麦芽品質]

    Method for Testing of Resistance to Preharvest Sprouting in Malting Barley in the Warmer Southwest Region of Japan. Mizuta Kazue, Osamu Yamaguchi and Ryo Yoshikawa (Fukuoka Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka 818, Japan) Bull. Fukuoka Agric. Res. Cent. 15: - (1996)
    With the great volume of rain at the time of barley harvesting, resistance to preharvest sprouting is one of the most important objectives in malting barley breeding. We studied preharvest sprouting in malting barley, obtaining the following results; The screened lines resistant to preharvest sprouting grown under plastic film from heading to maturity showed relatively large varietal difference among subjects compared to those grown in a field. This result indicates that growing conditions under plastic film are appropriate for the screening of varieties resistant to sprouting. Varieties showing resistance to sprouting were selected, and used as indicators when selecting resistant lines. Lines of high resistance to preharvest sprouting were selected. The germinating energy of these lines was favorable, with a germination rate more than 90% during 3 months after harvesting, indicating that the dormancy of the resistant lines was not so great. There were no differences in agronomic and malting characters between resistant and susceptible lines .

[key words: growing conditions under plastic film, malting barley, malting quality, prehavest sprouting]

緒  言

 九州地域において,ビール大麦の収穫期は気象条件が不安定であり,成熟期頃の降雨によって穂発芽する危険性が大きい。1982年には刈取り直前の降雨により,あまぎ二条が一斉に穂発芽した。また、1990年,1995年にも収穫直前の降雨により,穂発芽等による品質劣化が大きな問題となった。穂発芽粒の混入は検査等級の低下を招くだけではなく,醸造適性をも著しく低下させる。このため,ビール大麦の品種育成のうえで,立毛中は穂発芽しにくいビール大麦の品種育成が望まれている。しかし,ビール大麦では,他の麦種と違って麦芽にする行程で,3〜4日程度で均一に発芽しなければならないため,収穫後は休眠が速やかに消失しなければならない。従って立毛中は穂発芽性が難で,収穫後は速やかに休眠が覚醒する品種が要求される。麦類の穂発芽検定法に関する研究は大麦や小麦1),3),7),8),9),11),12),13)が大部分で,ビール大麦では醸造用大麦調査基準10)があるのみである。しかし,西南暖地では,これらの判定法方では判定の年次間差が大きく,調査基準の判定は適用できない。また,穂発芽性の検定方法やビル大麦の穂発芽性と休眠性との 関係をみた報告は見当たらない。 
 そこで本報告では収穫後速やかに休眠が覚醒する穂発芽難の品種を育成するために西南暖地におけるビール大麦の穂発芽性検定方法について検討した。また,この方法により多くの品種や育成系統を用いて穂発芽性の品種間差を検討し,抵抗性系統を選抜するとともに,易から難の抵抗性が安定して発揮される数品種を穂発芽抵抗性の指標品種として選定した。穂発芽性を育種目標とした場合,穂発芽性とその他の形質との間に望ましくない関係があれば,今後の系統育成に間題が生じてくる。そこで,穂発芽抵抗性として選抜された系統については,休眠性,農業特性および麦芽品質と穂発芽性との関係についても明らかにした。

試 験 方 法

1 雨よけハウス栽培と圃場栽培における穂発芽の検定
(1)材料及び栽培方法
 材料は圃場で標準栽培したもの(以下圃場栽培と呼ぶ)と圃場で雨よけハウス栽培(同雨よけハウス栽培)した国内外の品種及びビール大麦育種の育成系統で,1991年産は雨よけハウス栽培55,圃場栽培94,1992年産は圃場栽培101,雨よけハウス栽培101品種・系統を供試した。1993及び1994年産は雨よけハウス栽培した66品種・系統を供試した。雨よけハウス栽培はコムギでの方法1)に従い,材料を圃場で標準栽培し,出穂後パイプハウスを設置し,ハウス上部をビニール架けして,ハウスの両側約1mはあけて温度の上昇を防いだ。その後,収穫まで雨よけ栽培をした。                      
(2)穂発芽検定方法
 材料を成熟期と成熟期の5日後にそれぞれ5穂ずつ収穫した。それぞれの材料は,35℃で24時間通風乾燥後,流水中に1日浸水し,1%過酸化水素水溶液に10秒浸して滅菌した後よく水洗し,発泡スチロール製容器に入れて18℃に保ち,5日後の発芽率を調査した。試験中は加湿条件を保つため,穂に毎日水を散布した。穂発芽率(%)は(全発芽粒/全粒数)×100で算出し,5穂の平均値で示した。
2 穂発芽抵抗性検定の指標品種の選定
(1)材料及び栽培方法
 1991〜1994年産の雨よけハウス栽培した国内外の品種・系統を供試した。
(2)穂発芽検定方法
 1991〜1993年産は,上記検定方法による。
 1994年産は,小沢製作所社製穂発芽検定器を用いて同一条件下で検定を行った。
3 穂発芽抵抗性系統と農業特性,麦芽品質の関係
(1)材料及び栽培方法
 1993年及び1994年産の生産力検定試験2年日のそれぞれ66系統について,穂発芽抵抗性検定は雨よけハウス栽培で養成したものを,その他の形質の調査は圃場栽培で養成した材料を用いた。
(2)調査方法
 発芽勢・発芽率(%)をみるため,No2のろ紙を2枚重ねたシャーレに100粒を入れ,4.5CCの水を加えた後,20℃72時間後の発芽粒の割合を発芽勢,5日後のそれを発芽率とした。
 農業特性は,出穂期,稈長,整粒千粒重(粒厚2.5mm以上の粒の千粒重),整粒収量(子実粒×粒厚2.5o以上の粒の割合),検査等級について調査した。
 麦芽品質は,麦芽エキス,エキス収量,麦芽全窒素,可溶性窒素,コールバッハ数,ジアスターゼ力,最終発酵度,総合評点について調査した。なお,麦芽品質の分析は栃木県農試栃木分場に依頼した。


結果及び考察

1 雨よけハウス栽培と圃場栽培の比較
 1991年及び1992年産の穂発芽率の調査結果を第1表に示した。両年次とも穂発芽率の平均値は圃場栽培より雨よけハウス栽培の方が高い値を示した。標準偏差は雨よけハウス栽培の方が大きいことより,穂発芽率の変異幅が広いことが明らかになった。また,成熟期と成熟期5日後では,成熟期5日後の方が高い穂発芽率を示した。しかし,小麦では成熟期以後発芽率が一時低下する品種もあるという報告もあり3),ビール大麦では,成熟期後一時発芽率の低下がみられた品種のデータもあるため6),以後の調査結果は成熟期と成熟期5日後の2時期の平均で判定した。
 雨よけハウス栽培と圃場栽培の穂発芽率の頻度分布を第1図に示した。1991年産では,圃場栽培で85%の系統が穂発芽率0〜20%までに集中しており,穂発芽率が70%以上の系統はなかった。一方,雨よけハウス栽培では0〜20%の頻度が高いものの,圃場栽培ほどの集中はなく,幅広く分散した。1992年産も圃場栽培で穂発芽率40%,70%代に1%及び2%の系統があるものの,そのほとんどは穂発芽率20%までに集中していたが,雨よけハウス栽培ではより広く分布した。これらのことより,圃場栽培と比較して,雨よけハウス栽培の方が品種間差が大きく現れることが判明した。また圃場栽培では出穂期の早晩で登熟中の降雨に会う時期が異なり検定材料の前歴が異なってくる。このため、穂発芽検定には圃場栽培より雨よけハウス栽培の方が適していると思われた。





2 粗発芽抵抗性検定の指標品種の選定
 雨よけハウス栽培で養成した材料の中で1991年〜1994年の4ケ年の穂発芽抵抗性検定に供試した品種・系統の中で,年次を通して安定した穂発芽性を示したセンボンハダカ(難),九州二条11号(やや難),あまぎ二条(易),Ellce(極易),Morex(極易)をそれぞれ指標品種として選定した(第2表)。供試した品種・系統の中では,センボンハダカはビール大麦ではないが,穂発芽性程度が最も難であったので指標品種として選定した。これら指標品種の穂発芽率の値は年次で異なり,九州二条11号では最高30.6,最低15.0%であったが,指標品種の序列については大差なかった。従って,穂発芽率の絶対値が年次で異なっても,これらの指標品種を用いることにより,育成系統の穂発芽抵抗性の選抜が可能になると考えられる。


3 穂発芽抵抗性が農業特性及び麦芽品質に及ぼす影響
 1993年と1994年産の育成系統を穂発芽性「やや難」の九州二条11号を基準として穂発芽難と穂発芽易とに二分し,収穫3ケ月後の発芽勢,発芽率を比較した結果を第3表に示した。t検定によると,穂発芽難と易系統間に有意差はなく,穂発芽難系統の発芽勢,発芽率はすべて90%以上で,休眠は残っていないと考えられた11)。この結果,穂発芽難系統でも収穫3ケ月以降では製麦上の問題はないものと考えられる。
 穂発芽難の系統と易の系統の農業特性の比較を第4表に示した。t検定によると,出穂期,稈長,整粒千粒重,整粒収量,検査等級において平均値間に差は認められなかった。第5表に示した麦芽品質の比較では,1994年産の麦芽エキス,エキス収量,ジアスタ−ゼカ(WK)で穂発芽難の系統が易の系統よりも有意に高い値であった。また総合評点は両年ともに有意ではないが穂発芽難の系統が高い値であった。これらのことから,穂発芽難の系統は易の系統より農業特性や麦芽品質が劣ることはない。
 以上の結果より,雨よけハウス栽培で養成した材料は,穂発芽抵抗性検定に適していることが判明した。また,この検定により選抜された穂発芽難の系統は,発芽勢,発芽率,農業特性,麦芽品質のいずれについても間題がなかった。従って,指標品種を導入することにより,穂発芽抵抗性の選抜が効率よく,かつ正確に行えることが判明した。



引 用 文 献

1)藤田雅也・吉川亮(1989)コムギの穂発芽性の品種間差と検定法の改良.日作九支報56:77−79.
2)星川清親(1980)新編食用作物.養賢堂,東京.229.
3)育種ハンドブック編集委員会(1974)育種ハンドブック.養賢堂,東京:727.
4)伊藤昌光・古庄雅彦・浜地勇次(1985)ビール大麦「あまぎ二条」の休眠覚醒.九州農業研究47:35
5)桐山 毅・前田浩敬・池田和彰(1966)大麦育種の世代促進について(皿)穂発芽性ならびに未熟種子の発芽能力.九州農業研究28:40−42
6)馬淵敏夫(1991)二条オオムギ種子の休眠覚醒および休眠打破に関する研究第1報播種期および刈取時期を異にした場合の休眠覚醒に及ぼす影響.日作紀60:1− 7
7)宮林達夫(1946)大麦の穂発芽性検定時期について.農及園21(4):147−148
8)宮下昂久・田口稔(1946)小麦の穂発芽及び後熟について(予報).北農研抄報4:32
9)菅原友太(1949)小麦における穂発芽現象の品種間差異並びに成長物質処理の後作用について.育研3:59−65
10)農業研究センター(1986)醸造用大麦調査基準:29
11)山野昌敏(1974)醸造用オオムギ種子の休眠性に関する研究第1報検定法と品種の類別.栃木県農試研報18:29−36
12)山本健吾(1946)本邦大麦品種の穂発芽性検定(要旨).日作紀16(1〜2):110‐116
13)山本健吾(1950)大麦品種の穂発芽現象に関する研究.東北大農研彙2(2):95−134