福岡農総試研報15(1996)

福岡県における水田土壌の理化学性の実態と経年変化

渡邉敏朗1).兼子明・黒柳直彦・小田原孝治・藤田彰

(生産環境研究所)

 福岡県の水田土壌の理化学性の実態と10年間の経年変化を明らかにするため,1989〜1993年に実施した水田作土の土壌調査結果を1979〜1983年の調査時と比較して取りまとめた。@作土深は,平均13.6cmで1979〜1983年の調査時と比較して深くなる傾向を示したが,全調査地点の68%では土壌診断基準値の15cmに満たなかった。A腐植及び可給態ケイ酸合量の平均値は,土壌診断基準値の範囲内にあり,1979〜1983年の調査時と比較して顕著な差はなかった。しかし,これら含量が土壌診断基準値に満たなかった地点もそれぞれ29%及び45%の割合でみられた。Bこれらのことにより,今後の土壌管理法として作土深を確保するとともに,良質な有機物やケイ酸質資材を施用する必要があると考えられた。

[キーワード:水田土壌,作土深,腐植,可給態リン酸,可給態ケイ酸]

   The Trends of Several Physico-chemical Properties of Soils from Paddy Fields in Fukuoka Prefecture. WATANABE Toshiro, Akira KANEKO, Naohiko KUROYANAGI, Koji ODAHARA and Akira FUJITA. (Fukuoka Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka 818 Japan) Bull. Fukuoka Agric. Res. Cent. 15: - (1996)
   In order to analyze the trends of physico-chemical properties of paddy soils in Fukuoka prefecture, we compared the results in 1989 to 1993 with those in 1979 to 1983. : (1) The plow layer depth was found to have improved in the decade with the average value of 13.6 p in 1989 to 1993, but it was still below the requirement of 15cm at 68% of the sites. (2) The humus and available silica content showed no significant variations in the decade and satisfied the requirements for the most part. However, of this sites, 29% for humus and 45% for available silica failed to meet content requirements. (3) Based on these analytical results, we recommend deeper plowing, applications of matured compost and siliceous amendment for better soil management.

[Key words: available silica, humus, paddy fields, plow layer depth]

緒  言

 福岡県の農耕地の75%は水田が占めており,水田農業は本県農業の中で重要な位置づけにある。水稲の安定生産を図るには,水稲の生産力の指標となる水田土壌の理化学性の実態を把握することが重要である。
 本県の水田土壌は,地力保全基本調査により9土壌群24土壌統群75土壌統に分類され,その分布と基本的な性質が明らかにされた3)。さらに,農業生産力の増進と農業経営の安定化を図ることを目的として,土壌環境基礎調査が1979年から開始された。これは,県下に選定した土壌調査地点を5年を一巡として,同一地点を5年毎に調査することで土壌条件の経年変化を明らかにしようとするものである。これまで,1979〜1983年(1巡目)と1984〜1988年(2巡目)の調査結果に基づき,本県水田土壌の理化学性の実態が明らかにされた4,6,7)。これら水田土壌の実態は,地域の土壌条件に応じた土づくりや肥培管理の指針として利用されている。
 本報では,1989〜1993年(3巡目)に実施された調査結果から本県水田土壌の理化学性の実態を明らかにするとともに過去10年間の経年変化を取りまとめたので報告する。

試 験 方 法

 調査地点は,県内を10地域(北九州市近郊,福岡市近郊,筑前北部,筑前西部,豊前東部,豊前西部,筑豊,筑紫平野,筑後平野,筑後山間)に分け,各地域の代表的な土壌統を対象に57地区,さらに1地区約5地点として合計284地点を選定した。
 第1表に示すように土壌群別の調査地点数は,灰色低地土が最も多く,調査地域も9地域に及んだ。次いでグライ土,褐色低地土の順で,これら3土壌群で全調査地点の約85%を占めた。これは,本県の土壌群別水田面積割合とほぼ一致する2)。
 3巡目の調査は,1989〜1993年に1,2巡目と同一地点を順次行った。調査項目は土壌断面調査及び土壌の理化学性に関する分析と土壌管理の実態調査で,土壌断面調査及び土壌の理化学性に関する分析は「土壌環境基礎調査における土壌,水質及び作物体分析法」8)に従い,土壌管理の実態調査は調査地点を耕作した農家からの聞き取りによった。


結果及び考察

 水田作土の理化学性に関する分析項目の3巡目における平均値とそれらを1巡目の調査時と比較した変化割合を水田全体及び主要な3土壌群について第2表に示した。
 作土深は,平均13.6cmで1巡目の調査時と比較して9%(1.1cm)深くなったが,土壌診断基準値の15cmに満たない地点が全調査地点の68%を占めた。これは,耕起所要時間の短縮や田植の作業能率向上などを優先した土壌管理を行ったためと考えられる。土壌群別では,グライ土の作土深が最も深く,次いで灰色低地士,褐色低地土の順であった。しかし,最も作土深が深かったグライ土においても全調査地点の54%は土壌診断基準値に満たなかった。このように,作土深は3巡目において改善傾向がみられたが,今後の土壌管理では土壌診断基準値に適合した作土深の確保に努める必要がある。
 第1図に腐植,可給態リン酸及び可給態ケイ酸含量の過不足地点の割合を1巡目と3巡目について示した。また,第3表に調査農家の土つくり資材の施用量を示した。
 作土の化学性では,3巡目における分析項目の平均値は1巡目の調査時と比較して増減したものがみられたが,いずれの平均値も土壌診断基準値の範囲内にあった(第2表)。しかし,腐植,可給態リン酸及び可給態ケイ酸含量では,土壌診断基準値に適合しない過不足地点がそれぞれ29%,24%及び64%の割合でみられた。
 腐植含量の不足地点の割合は,1巡目の調査時と比較して増加した(第1図)。これは,第3表に示したように有機物の施用量が1巡目の調査時より減少したためと推察される。土壌の腐植含量は作物に対する養分供給能力,特に水田では地力窒素を供給する潜在能力の指標と考えられている1)。今後有機物の施用により水田作土の腐植含量を増大させることが重要である。土壌群別にみると,グライ土の腐植含量が最も高く,1巡目の調査時と比較して増加傾向を示した。しかし,グライ土の堆きゅう肥の施用量は褐色低地土や灰色低地土より10a当たり1t以上少なかった(第3表)。水田は,非かんがい期間の土壌状態によって褐色低地土や灰色低地土のような乾田とグライ土のような湿田に大別される。水田土壌の腐植の集積について,湿田は乾田よりも腐植集積量が多く5),これは有機物の施用量よりもむしろ士壌中での有機物の分解率の相違による1)と報告されている。本調査においてもこのような湿田と乾田の特徴が認められた。一方,褐色低地土と灰色低地土の腐植含量及び堆きゅう肥施用量は,いずれも1巡目の調査時より減少傾向を示した(第2,3表)。これら土壌群では,作 土の腐植含量の維持向上のため良質な完熟堆きゅう肥の連年施用に努める必要がある。
 可給態リン酸含量は1巡目の調査時と比較して37%(8.4mg/100g)の増加が認められ(第2表),その変化割合は分析項目の中で最も高い値を示した。過不足地点では,第1図に示したように不足地点の割合は1巡目20%から3巡目11%に減少したが,過剰地点の割合は1巡目7%から3巡目13%に増加した。このように,可給態リン酸含量は不足地点がみられる一方で蓄積傾向もみられるので,リン酸肥料やリン酸質資材は土壌診断により可給態リン酸含量を把握したしで適正量を施用することが望まれる。
 可給態ケイ酸含量の3巡目における不足地点の割合は45%,過剰地点の割合は19%で,不足地点の割合が多かった(第1図)。第2図には土壌群別の可給態ケイ酸含量の過不足地点の割合を1巡目と3巡目について示した。いずれの土壌群においても可給態ケイ酸含量の不足地点の割合は,1巡日の調査時と比較して減少したが,依然褐色低地土で58%,灰色低地士で41%,グライ土で53%を占めた。可給態ケイ酸含量不足地点が1巡目の調査時と比較して減少した要因の一つとして,第3表に示したように稲わらの施用農家割合が増加したことが考えられる。褐色低地土では,可給態ケイ酸含量が平均15.4mg/100gで1巡目の調査時と比較して3倍以上増加した(第2表)。これは,稲わらの施用量と施用農家割合がともに増加したためと推察される。また,褐色低地土と灰色低地土では,ケイ酸質資材の施用量が1巡目の調査時より減少した。ケイ酸質資材の一つであるケイ酸石灰の施用効果として,水稲分げつ期施用による生育後期のケイ酸供給11),低温年におけるケイ酸吸収の促進10),いもち病に対する抵抗性9)などの報告がある。本県でも,1993年冷夏長雨時にケ イ酸質資材と良質堆肥施用による水稲被害の軽減事例があり,低温年では土壌のケイ酸供給力の差が水稲の収量に大きく影響を及ぼすと推察される。水田土壌のケイ酸供給力を増大させるには,稲わらの施用の他にケイ酸質資材の施用も重要である。
 このように,本県水田土壌の実態を調査し,水田作土の理化学性について土壊診断基準値に適合しない過不足地点の存在が明らかになったことから,今後の土壌管理法として作士深を確保するとともに,良質な有機物やケイ酸質資材を施用する必要がある。













引 用 文 献

1)出井嘉光(1975)水田における有機物の集積と分解.土肥誌46(7):251−254.
2)土壌保全調査事業全国協議会編(1991)日本の耕地士壌の実態と対策.博友社,38〜39.
3)福岡県立農業試験場(1978)地力保全基本調査総合成績書(1).
4)神屋勇雄・藤田彰・三井寿一(1984)福岡県における水田土壌の物理性について.福岡農総試研報A−4:77〜82.
5)前田 要(1987)腐植の消耗と蓄積.農業技術体系(土壌施肥編)3.農林漁村文化協会:50〜53.
6)三井寿一.神屋勇雄・白石嘉男・藤田彰(1987)県内水田土壌の化学性.福岡農総試研報A−6:93〜96.
7)三井寿一.中嶋靖之・北原郁文(1990)福岡県における土壌の実態と変化第2報水田土壌の理化学性の実態と経年変化.福岡農総試研報A−10:27〜30.
8)農林水産省農蚕園芸局農産課編(1979)土壌環境基礎調査における土壌,水質及び作物体分析法.土壌保全調査事業全国協議会.
9)大山信雄(1985)地力増強・施肥改善による水稲冷害軽減効果[2].農及園60(11):1385〜1389.
10)住田弘一.大山信雄(1990)水稲のケイ酸吸収および水田土壌のケイ酸供給に及ぼす温度の影響.土肥誌61(3):253〜259.
11)住田弘一.大山信雄(1991)水稲のケイ酸吸収促進に及ぼす有機物及びケイ酸石灰の施用効果.土肥誌62(4):386〜392.