福岡農総試研報15(1996)

2波長測定法の等吸収点波長に及ぼす米の品種及びアミロース分子量の影響

深堀奈保子・山下純隆・馬場紀子

(生産環境研究所)


 品種の異なる米から精製したアミロースとアミロペクチンの等吸収点波長は,品種により異なった。分子量の異なるアミロースの等吸収点波長と最大吸収波長は,分子量が大きいほど高まった。また,分子量が大きいアミロースは,Julianoの方法(620nm)における吸光度も高かった。品種の異なる米のアミロース含量を,品種別等吸収点波長と特定波長(440−620nm)を用いて,2波長測定法で測定した。その結果,品種別等吸収点波長と特定波長での測定値は異なっていたが,これらの値の間には高い相関が認められた。

[キーワード:アミロース,アミロペクチン,2波長測定法,分子量]  

    Influence of Cultivars of Rice and Molecular Weight of Amylose on the Selected Wavelength for the Dual-Wavelength Method.  FUKAHORI Naoko,Sumitaka YAMASHITA and Noriko BABA (Fukuoka Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka 818, Japan) Bull. Fukuoka Agric. Res. Cent. 15:15 - 17(1996)
    The selected wavelength for the dual-wavelength of the amylose and amylopectin that were fractionated from rice differed among cultivars. The selected wavelength and the maximum absorption wavelength of amylose increased with amylose molecular weight, becoming higher for both wavelengths. The amylose of large molecular weights showed high absorbance on the method of Juliano (620nm). The amylose contents of eight cultivars were estimated with both the selected wavelength and the fixed wavelength (440-620nm) using the dual- wavelength method. The amylose contents estimated with the selected wavelength and the fixed wavelength were different. However, these values showed a significant correlation.

[Key words: amylopectin, amylose, dual-wavelength method, molecular weight]

 緒  言

 消費者の良食味米志向を背景に,米の育種や栽培においても,食味がますます大きな品質評価の要素を占めるようになってきた。品質の評価方法としては官能検査が一般的に用いられているが,これを科学的に裏付けるために理化学的特性との関連についての研究も進められており1,3,4,8〜11,16),アミロース含有率が米の食味に大きく関与していることが明らかにされている4,8,9)。一般的にアミロース含量の測定法には,ヨウ素呈色反応を利用したJhanoの方法5)による分析,またはこの方法を自動化したオートアナライザーによる分析が用いられている。しかし,これらの方法ではアミロースだけでなく,アミロペクチンによる呈色もアミロース含量として算定するため,“見かけのアミロース含量”2)を求めているにすぎない。
 山下ら17,18)は,Julianoの方法に2波長測定法を応用すれば,米のアミロースとアミロペクチン含量が正確に分別定量できるが,米の品種が異なると,それぞれ品種固有の等吸収点波長を測定に用いる必要があることを示した。しかし,等吸収点波長が品種あるいは生産年度により異なるとすれば,測定のためにはそれぞれの試料ごとにアミロースとアミロペクチンを精製しなければならず,実用的でないことになる。
 そこで筆者らは,2波長測定法の実用上の適応性を検討するために,品種別のアミロースとアミロペクチンの等吸収点波長を測定した。また,品種ごとのアミロースの等吸収点波長のわずかな差異は,品種によって分子量分布に差異があることに起因していることが考えられるため,分子量が2波長測定法の最大吸収波長や等吸収点波長に及ぼす影響についても試験を行った。さらに,品種別等吸収点波長を用いて得た品種ごとのアミロース含量と,特定品種の等吸収点波長を異なる品種に用いて得た品種ごとのアミロース含量の比較を行った。

試 験 方 法

1 試料
 本研究に供試した米は,福岡県農業総合試験場農産研究所で栽培されたものであり,‘コシヒカリ’,‘キヌヒカリ’,‘ミネアサヒ’,‘夢つくし’については平成6年産米を,‘日本晴’,‘レイホウ’,‘ヒノヒカリ’,‘ちくし7号’,‘ユメヒカリ’については平成4年産米を用いた。ただし,収穫後2カ月以内にアミロースとアミロペクチンを精製した。
2 2波長測定法を行うための米の品種別等吸収点波長の測定
 山下らの方法18)による。
3 アミロースの分子量が最大吸収波長及び2波長測定法の等吸収点波長に及ぼす影響
(1) 供試アミロース分子量が11,600,26,700,70,900,118,000,294,000の市販の直鎖状アミロース((株)ミツカン)。
(2) 最大吸収波長の測定微分分光法により求めた。すなわち,それぞれのヨウ素呈色液を400〜800nmにわたって走査し,1次徴分して得られたチャートから最大吸収波長を求めた。
(3) 等吸収点波長の測定各分子量のアミロースについて,3段階のヨウ素呈色液を準備し,1波長固定(620nm)1波長走査スペクトル法12)により求めた。
(4) 吸光度の測定Julianoの方法5)に従い,それぞれのヨウ素呈色液を620nmで測定した。
4 品種別等吸収点波長と特定波長におけるアミロース含量の比較
 除タンパク処理7)と脱脂処理3)を行った試料について,品種別等吸収点波長を用いてアミロース含量を測定した。また,山下ら18)が報告した‘コシヒカリ’のアミロペクチンの等吸収点波長(440−620nm)を特定波長とし,この波長を用いて他品種のアミロース含量を測定した。

結果及び考察

1 品種別の等吸収点波長の比較
 山下ら18)は,平成3年産米では品種ごとのアミロースの等吸収点波長は同じであったが,アミロペクチンではやや異なっていたと報告した。そこで,品種及び生産年度の影響を確認するために,それぞれの試料から精製したアミロースとアミロペクチンの等吸収点波長を測定し,その結果を第1表に示した。アミロース,アミロペクチンともに品種によって等吸収点波長がやや異なっていた。また,同一品種米のアミロースとアミロペクチンの等吸収点波長についても,山下らが報告したものと本試験の結果は異なっていた。すなわち,米のアミロースとアミロペクチンの等吸収点波長は,品種だけでなく,生産年度によっても異なることが確認された。これは,品種により米のアミロースとアミロペクチンの分子構造及び分子量分布が異なること6,14,15)に起因していると考えられる。また,登熟温度によりアミロース含量が変化することが明らかにされている3)が,含量のみならず,分子量分布も変化している可能性があり,これが生産年度による等吸収点波長の差異を導いていると考えられる。



2 アミロースの分子量が最大吸収波長及び2波長測定法の等吸収点波長に及ぼす影響
 米の品種が異なっても,そのアミロースの最大吸収波長が同じであれば,微分分光法を用いることによりアミロペクチン含量を正確に測定できる。しかし,米の品種ごとにアミロースの最大吸収波長が異なることは姜ら6)によって既に報告されている。アミロースはアミロペクチンと異なり,単一な構造の繰り返しであるため,品種で最大吸収波長が異なるとすれば,その分子量の差によるものと考えられる。そこで,市販で分子量既知のアミロース精製品を用いて,アミロースの分子量ごとに最大吸収波長と等吸収点波長を測定した。その結果を第2表に示す。分子量が小さくなるほど,最大吸収波長,等吸収点波長ともに低くなり,分子量11,600では最大吸収波長と等吸収点波長が著しく低い。したがって,米の品種によってアミロースの最大吸収波長が異なることや,第1表に示した品種別の等吸収点波長の差は,アミロース含量が品種によって異なるためではなく,その分子量分布が異なっていることを示している。
 また,アミロースの分子量別ヨウ素呈色液の620nmにおける吸光度を測定し,分子量ごとの検量線を第1図に示した。分子量が異なると,同じ含量でも,ヨウ素呈色反応における620nmの吸光度が異なった。ヨウ素呈色度の差異は分子量70,900以下までが大きく,この傾向は最大吸収波長や等吸収点波長の傾向と同じであった。ヨウ素イオンは,ポリヨウ素イオン(I5-)としてグルコース6個で一順する直径13〜13.76オームストロングのラセン構造の中に収納されて青色を呈する。よって,分子量が小さくなると,ヨウ素がアミロースのらせん構造内に入り込めなくなり,発色度が低くなるものと考えられ,その度合いは分子量が小さくなるほど大きくなると推察される。したがって,アミロース含量をヨウ素呈色反応を用いて正確に測定するためには,分子量別に呈色液を作成する必要がある。





3 品種別等吸収点波長と特定波長におけるアミロース含量の比較
 第1表に示したアミロペクチンの品種別等吸収点波長の差異が,440−620nmという特定した2波長でアミロースを測定した場合に,どの程度含量に差が生じるかを明らかにするために,それぞれの品種米を特定波長で測定し,品種別等吸収点波長で定量した含量と比較した。品種別等吸収点波長と特定波長におけるアミロース含量の差は,品種により0.15〜1.18%であったが(第3表),これらの相関式はY=0.979X+0.88,相関係数はR=0.995であり,両者の相関はかなり高かった。
 以上の結果から,食味に関与しているアミロース画分を簡易にしかも正確に測定する方法の開発が,今後重要になってくると考えられる。2波長測定法は,妨害物質の影響を除去して,目的とする物質のみを正確に測定する方法であるが,妨害物質あるいは目的とする物質の濃度に比例して吸光度が増加することが比色分析の前提である。したがって,分子量によって呈色度が異なるようなアミロースの含量を正確に測定することは,他の比色分析同様,2波長測定法でも不可能である。しかし,ヨウ素ではなく,分子量が異なっても濃度と比例して呈色又は発色するような試薬が開発されれば,測定法として十分利用できると考えられる。


引 用 文 献

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2)槍作進(1993)澱粉分子の徴細構造の解明をめざして.澱粉科学40(2):133−147
3)稲津修・渡辺公吉・前田巌・伊藤恵子,長内俊(1974)北梅道産米の晶質改善に関する研究(第1報)米澱粉アミロース合有率の差異.澱粉科学21(2):115−119
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5)JuLlANo,B.(1971)A simphned assay for milledrice amylose.Cereal ScienceToday.16:34−360
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7)国広泰史(1989)稲良食味育種とアミロース.農業技術44(1):40−44
8)小林恒夫(1961)澱粉ハンドブック.第1報,二國二郎(朝倉書店)198
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10)大坪研一(1995)米の品質評価.農業機械学会誌57(2):93−98
11)桜田博・谷藤雄二・佐藤農一・菊池栄一.中場勝(1988)米の食味と理化学特性に関する育種的研究第1報,食味特性の評価と品種間差異.日作東北支部報31:
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12)柴田正三・古川正道(1974)2波長分光測定法の基礎と応用.分析化学23:1545−1560
13)ScHocH,T.J.(1954)Methods in Enzymol,3:5−10
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16)竹生新治郎・渡辺正造・杉本貞三・酒井藤敏・谷日嘉廣(1983)米の食味と理化学性質の関連.澱粉科学30(4):333−341
17)山下純隆・馬場紀子・森山弘信(1993)2波長測定法とアミロース及びアミロペクチン測定への応用例.日本食品工業学会誌40(5):365−369
18)山下純隆・馬場紀子・森山弘信(1994)2波長測定法による米のアミロース及びアミロペクチンの定量.福岡農総試研報A−13:13−16