福岡農総試研報15(1996)

緩効性肥料を用いた全量基肥栽培が飼料作物の生育と窒素の溶脱に及ぼす影響


末信真二・兼子明・山本富三1)

(生産環境研究所)

1)現農政部農業技術課


 飼料作物に対して緩効性肥料による全量基肥栽培を行い,2種類の緩効性肥料の肥効と下層への窒素溶脱量を明らかにした。夏作のトウモロコシにおいてはLP100を用いると慣行の分施栽培と同等の収量を得ることができ,その窒素利用率も高かった。しかし,スーパーIBを用いた場合,収量及び窒素利用率が低く,作物の生育と肥料溶出とが合致していないことが示唆された。冬作のイタリアンライグラスでは、緩効性肥料による全量基肥栽培を行うことにより収量は分施栽培より1割程度減少し,窒素利用率も低下した。2年間の総計での施肥窒素利用率はLP100では56%,スーパーIBで51%,分施栽培で57%であった。また,下層への窒素溶脱量は緩効性肥料を用いた方が分施栽培より若干少なくなり,2年間の総計ではLP100では施用窒素の30%,スーパーIBで26%,分施栽培で33%であった。

[キーワード:緩効性肥料,全量基肥栽培,窒素溶脱量,飼料作物,窒素利用率]


     Efficiency of Slow-Release Fertilizers for Forage Crops in One Shot Application System and Leaching of Nitrogen. SUENOBU Shinji, Akira KANEKO and Tomizou YAMAMOTO (Fukuoka Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka 818, Japan) Bull. Fukuoka Agric. Res. Cent. 15: 114-117 (1996)
     Lysimeter experiments on alternative cropping of corn and Italian ryegrass were conducted in one shot application system (OSAS) with slow-release-fertilizers and in normal split application system (NSAS) with readily available fertilizer. The yield of corn (June-October) in OSAS with LP100 was almost equal to that in NSAS and the nitrogen uptake with LP100 was higher. The yield and nitrogen uptake of Italian ryegrass (October-June) in OSAS with Super-IB (SIB) were lower than those of NSAS. The yields by OSAS with LP100 or SPIB were 10% lower than that in NSAS. The nitrogen uptake in OSAS were also lower than in NSAS. The recovery rates to plants from applied nitrogen LP100, SIB and readily available fertilizer for 2 years were 56%, 51% and 57% respectively. Amounts of nitrogen leached from lysimeter for 2 years were 30% (LP100), 26% (SIB) and 33% (NSAS) of the amounts of applied nitrogen.

[Key words: forage crop, leaching of nitrogen, one shot application system, recovery rate of applied nitrogen, slow-release-fertilizer]


緒 言

 近年,肥効調節型の緩効性肥料の開発が進み,その特性を活かした栽培技術も普及段階に入っている4)。特に水稲などで,追肥を省略する全量基肥栽培は省力化の有力な一手段として注目されている。また,緩効性肥料を用いると施肥窒素の利用率が速効性の化成肥料を用いた場合より高くなることがいくつかの作物で報告されている1,5)。この施肥窒素利用率が低い場合には窒素の系外への流亡が多くなると考えられ,水質汚染の原因となることも懸念される。この点から緩効性肥料は環境にやさしい肥料として期待されているが,全量基肥栽培では大量の窒素を一度に圃場に投入することになるため,肥効が作物の生育に見合ったものでなければ安定した収量が得られず,逆に窒素利用率の減少といった問題を生ずることにもなる。このため作物の窒素吸収特性と下層への窒素の流亡の実態を明らかにすることは無駄のない合理的な肥培管理技術の確立のために重要である。本試験では飼料作物のトウモロコシとイタリアンライグラスについて,緩効性肥料を用いた全量基肥栽培が生育へ及ぼす影響と畑地条件下での下層への窒素の溶脱を調査した。


試 験 方 法

 1 耕種概要
 試験は1992年から1994年にかけて福岡県農業総合試験場内のライシメータにおいて実施した。供試作物は夏作には飼料用トウモロコシ(品種‘G5431’),冬作にはイタリアンライグラス(品種‘ワセユタカ’)とし,2年間にわたり同一ライシメータにおいて栽培試験を行った。ライシメータは1区1.4m2のコンクリート枠で,厚さ約20cmの作土(筑紫野市沖積水田表土,中粗粒灰色低地土,SL)下に約30cmの心土(筑紫野市残積未耕土,中粗粒黄色土,SL),65cmの川砂の順に土層が充填されており,作土より下層へ浸透した土壌水(以下浸透水とする)を地下の貯留槽に全量捕集できる。トウモロコシは1枠に10株になるよう播種し,イタリアンライグラスは1m2当り2gの種子を散播した。それぞれ,第1表に示した日に播種及び収穫を行った。
 緩効性肥料はLP100とスーパーIBを供試した。LP100は尿素を透過性をもたせた特殊な樹脂で被覆したものであり,スーパーIBは加水分解が徐々に進んでアンモニア態窒素を放出するイソブチリデンジウレアを造粒したものである。メーカーによれば25℃の畑地条件で80%の窒素が溶出するまでにLP100では約130日,スーパーIBでは約80日を要するとしている。対照には基肥に尿素硫加燐安48号,追肥にNK化成2号を使用し,窒素の総量を全量基肥区と等量になるよう分施した。また,施肥窒素の利用率を求めるために窒素無施用区を設定した。それぞれの施用時期を第1表に,窒素施用量を第2表に示した。また,対照区以外の基肥にはトウモロコシではりん酸10g/m2,カリ17g/m2を,イタリアンライグラスではりん酸14g/m2,カリ24g/m2を施用し,追肥は行わなかった。基肥は播種直前に全面全層施肥し,対照区の追肥は表面に均一に散布した。




 2 調査法
 トウモロコシの収穫は黄熟期に行い,イタリアンライグラスは出穂する4月に1番草を,6月に2番草を刈り取った。収穫した作物の地上部は穂と茎葉に分離し,それぞれ縮分して乾物重及び全窒素濃度を測定した。作物体の全窒素濃度はガンニング変法3)により測定した。
 ライシメータより得た浸透水は貯留槽に50〜100L溜まった時点で採水し,No.6濾紙で濾過後,アルカリ性ぺルオキソ二硫酸カリウム分解−紫外線吸光光度法6)により全窒素濃度を測定した。また,降水量のデータは本試験場内の気象ロボットより得た。


結  果

 1 各作物の乾物収量・窒素栄養
 2カ年の作物別の乾物収量の推移を第3表に,窒素吸収量を第4表に示した。トウモロコシの乾物収量は対照区と全量基肥区では大きな違いはなかったが,2か年ともLP100区が最も収量が高く,ついで対照区,スーパーIB区の順となった。窒素吸収量からみてもほぼ同じ結果であり,窒素利用率が高い区ほど収量も高かった。
 イタリアンライグラスの場合,全量基肥区の収量はいずれも対照区より少なく,スーパーIB区はLP100区と同程度か若干高めの収量となった。ただし,スーパーIB区では窒素吸収量が対照区に比べて少ない傾向にあったが,LP100区の場合,窒素吸収量の総量は対照区とあまり変わらなかった。なお,窒素利用率はトウモロコシに比べて高かった。




 2 降水量と浸透水量
 ライシメーターの試験では地下浸透の状況が現実と異なることが多く2),灌水量と浸透水量の関係からこのライシメータの性能を明らかにしておく必要がある。降水量及びライシメータで捕集した浸透水の量の推移を第1図に示した。
 灌水はほとんど天水によったが,トウモロコシ作付期間(6月〜9月)に降雨が多く地下への浸透量も多かった。特に1993年の8月中下旬には大量の降雨があり,この年のトウモロコシ作付期間中の大部分の浸透水がこの時期に得られた。一方,イタリアンライグラスの作付期間(10月〜6月)である冬季は両年とも降水が少なく浸透水も少なかった。浸透水の量は降水量の増減に連動した値を示したが,全体的には降水量の約60%が下層へ浸透したとみられる。ただし,地下への浸透は作物の生育状況に影響を受け,生育量が多い区より無窒素区のように少ない区で,また生育が進んだ時期より生育初期で浸透水量が多くなる傾向にあった。

 3 窒素の溶脱
(1)浸透水の窒素濃度
 浸透水の窒素濃度の推移を第2図に示した。浸透水の窒素濃度は施肥後の降雨で高まり,作物生育半ばから次第に低下しはじめ,生育後期では窒素濃度はかなり低水準となった。この傾向はどの試験区でも類似していたが,対照の分施区のほうが全量基肥区よりも高い濃度を示すことが多かった。また,1992年播種のイタリアンライグラスのときには窒素濃度が高く推移した。
(2)溶脱した窒素量
 窒素の窒素溶脱量の積算量を第3図に示した。1993年のトウモロコシでは短期間に多量の雨が集中し,10g/m2を超える窒素が溶脱した。一方,イタリアンライグラスの生育期間中では窒素施用量に比べて窒素溶脱量が少なかったが,対照区の溶脱量は多めであった。総計では窒素溶脱量は対照区が32g/m2に対し,LP区で30g/m2,スーパーIB区で27g/m2となった。これらは無窒素区の窒素溶脱量を差し引くとそれぞれ施肥窒素量の33%,30%,26%となる。


考  察

 トウモロコシの場合にはLP100を利用することにより全量基肥でも分施による慣行栽培と同等の収量を得ることができ,有効な栽培技術であることが確かめられた。また,施肥窒素利用率も慣行栽培と比べてやや高く,下層への流亡も比較的少ないことから,ある程度環境負荷も少なくなったといえる。ただし,スーパーIBを利用した場合は収量及び窒素吸収量が対照区を下回り,生育期間中の窒素溶脱も少なかったことから,溶出ピークがトウモロコシの窒素吸収ピークより遅かったのではないかと考えられる。このことから,緩効性肥料だからといって常に環境にやさしいとはいえないと考えられる。
 一方,イタリアンライグラスでは溶脱した窒素濃度はトウモロコシのときよりも高かったが,これは降水量が少なかったことにより浸透水量も少なくなったためと考えられた。そのため,どの区でも窒素の溶脱は少なく,施肥窒素の利用率も高かったが,緩効性肥料による利用率の向上は認められず,対照区より収量も低かった。これは生育期間が秋から初夏と長かったことと,2回刈りをしたために供試した緩効性肥料では作物の窒素要求にタイミングが合わなかったことによると考えられる。すなわち,LP100の場合,1992年の1番草は初期の肥効も高く窒素吸収量も対照区並であったが2番草に対する肥効が少なかったと考えられ,播種期の遅かった1993年では初期生育が確保されず後期に肥効が高まったため,窒素吸収が収量に反映しなかったと考えられる。一方,スーパーIBの場合,1番草の窒素吸収は高いが2番草では低く,生育後期の肥効が十分でなかったと考えられる。このように,緩効性肥料のタイプの違いにより,肥効に差ができたのはスーパーIBの冬期における窒素溶出がLP100より早めで温度感応性が比較的低いためと推定される。また,イタリアンライグラス のような栽培体系で全量基肥をするためにはもっと長期間肥効を抑制することにより2番草に肥効を持たせるように最適化した資材を配合する必要があると考えられる。
 このように,栽培時期や特性の異なる作物に対しては吸肥特性に対応した肥効を有する緩効性肥料を選択する必要があり,そのためには様々な条件下での肥料の溶出特性や作物の窒素吸収特性について検討する必要があると考えられる。
 窒素の溶脱は緩効性肥料を用いた場合に低くなり,窒素利用率の低かったスーパーIBにおいても低下しているが,このことは作物の吸収や溶脱をうけていない不明の窒素が多いということでもある。不明分は土壌有機物へのとりこみや滞留,脱窒などが考えられるが,土壌中に存在すると仮定すると,この後に地下に溶脱してくる可能性も否定できない。窒素の溶脱は施肥後の降雨で容易に進んだが,1993年の8月中下旬の溶脱は1作期間としては過大な量であり,基肥の窒素がそのまま溶脱したとは考えられない。この窒素源としては前作の残渣由来の窒素が夏季の気温で分解されて大量の降雨で流出したのか,あるいは,作物の根圏外の土壌に集積した窒素が一斉に流出した可能性もある。すなわち,土壌の層は不均一であり,均等に水が浸透せずに水の通りやすい部分と通りにくく溶脱を受けにくい部分が存在すると推定される。この場合,冬場の少雨で溶脱を受けにくい部分が広がり,大量の降雨でそのような部分に滞留していた窒素が溶脱したと考えられる。いずれにせよ状況により前作由来の窒素が溶脱してくるということは,地下への窒素浸透をみることの困難性を示しており,正確な知 見を得るためには長期間のモニタリングや,より実態に即した土壌水分動態の解析法が必要である。


引 用 文 献

1)井上恵子・山本富三・末信真二(1994)水稲 「ヒノヒカリ」 に対する被覆尿素肥料の施用法,福岡農総試研報A−13:17〜22 
2)小川吉雄・石川実・吉原貢・石川昌男(1979)畑地からの窒素の流出に関する研究,茨城農試特別研究報告4:71p 
3)木内知美(1976)全窒素の分析.栽培植物分析測定法(作物分析法委員会編),東京:養賢堂,63−69p 
4)北村秀教・今井克彦(1995)肥効調節型肥料による施肥技術の新展開1,土肥誌,66:71〜79 
5)酒田直克・山本一夫・中原秀雄・丸本卓哉(1995)被覆肥料窒素の土壌中での挙動,土肥誌66:253〜258 
6)日本工業標準調査会,工場排水試験方法JlS K0102(1991)日本規格協会,p160