福岡農総試研報15(1996)
イタリアンライグラス乾草,イタリアンライグラスサイレージ,トウモロコシサイレージ及びローズグラス乾草を乳用種育成牛に給与し,乾物摂取量と各種繊維成分含量との関係をみた。繊維成分は,一般成分分析法に基づく粗繊維に加え,酵素分析法と酸性デタージェント法による繊維成分を用いた。
1) 乾物摂取量と高い相関が得られた繊維成分は,酵素分析法による総繊維(OCW)(r=−0.771,P<0.05)と難消化性の繊維画分(Ob)(r=−0.980,P<0. 01)で,特に難消化性の繊維画分の相関が高く,乾物摂取量との関係が深い繊維成分であることが示唆された。
2) 2つの繊維成分を用いて重回帰分析により乾物摂取量を推定した。酵素法による繊維成分含量を変数とする重回帰式が,乾物摂取量を精度良く(P<0.01)推定す るという結果を得た。
[キーワード:乾物摂取量,酵素分析,総繊維,難消化性繊維]
A Comparison of Various Fiber Fractions for Predicting Dry Matter
Intake in Raising Dairy Cattle. UMEDA Taketosi and Kimiko MUNEKATO (Fukuoka
Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka 818, Japan) Bull. Fukuoka
Agric. Res. Cent. 15:110-113 (1996)
Fiber fractions determind by various analytical methods were
tested and compared for predicting dry matter intake. Materials were italian
ryegrass, corn and rhode grass. Dry matter intake was determined with regard
to dairy cattle raising. The laboratory methods were used of weed component
(crude fiber), acid detergent analysis and enzymatic analysis.
1) High correlations were obtained between dry matter intake and
two fiber fractions determined in raising dairy cattle. One fiber fraction
was organic cell wall (OCW) and the other was cellulase insoluable fraction
OCW.
2) Considerably better results were obtained with a method which
used various fiber fractions determined by enzymatic analysis for predicting
dry matter intake.
[Key words: cellulase insolble fraction OCW, dry matter intake, enzymatic analysis, organic cell wall]
緒 言
乳牛用飼料は繊維含量とエネルギー含量が逆比例の関係にあるので,高泌乳時では乳生産に必要なエネルギー要求量が高まり,必然的にエネルギー含量の高い濃厚飼料への依存度が高まる。ところが,乳牛は第1胃発酵を正常に保つ繊維成分を必要とするため,生理的に必要な最小限の粗飼料を給与する必要がある。一方,高能力牛においては,高泌乳時にエネルギー要求量を乾物摂取量の範囲内でまかなうことが不可能な場合が生じており,体重減少や,その後の乳量低下を引き起こしている。したがって,高能力牛のエネルギー要求量を満たすためには,飼料の乾物摂取量を増加させることが重要な課題である。
乾物摂取量は様々な要因により影響を受けるが,飼料中の繊維成分含量や飼料の消化性と密接な関係がある8)9)。NRC(National Research Council)8)の飼養標準では,飼料中の中性デタージェント繊維(NDF)含量が乾物摂取量と高い負の相関関係にあることから,給与飼料に合まれるべきNDF含量の推奨値が示されている。しかしNRCの飼養標準は,現在の繊維分析法ではすべての飼料の繊維の質とエネルギー値を正確に予測できないとしている。
試料中の繊維成分の分析法として,従来から広く用いられている一般分析法13)に基づく粗繊維に加え,この分析法の持つ化学的,栄養学的な欠陥1)を改善するものとして考案されたデタージェント法及び酵素分析法7)による繊維成分が提唱されている。デタージェント法は,中性あるいは酸性の界面活性剤(デタージェント)を用いて処理するのに対し,酵素分析法は,デンプン分解酵素と蛋白質分解酵素の連続処理からなる方法で,得られた総繊維をさらにセルラーゼ処理することにより易消化性繊維画分と難消化性繊維両分とに分けることができる7)。したがって,酵素分析法は,繊維の消化性についての情報を得ることができる分析方法であるといえる。
そこで,今回乳用種育成牛を用いて,粗飼料中の各種繊維成分と乾物摂取量との関係を調ベ,各種繊維成分含量を変数とする回帰分析を行って,乾物摂取量の推定を試みたのでその結果を報告する。
試 験 方 法
1 供試飼料
供試飼料として,当場産のイタリアンライグラスの穂孕期,出穂期,開花期の乾草,イタリアンライグラスの出穂期のサイレージ,トウモロコシの黄熟期のサイレージ及びローズグラスの穂孕期,開花期の乾草を用いた。
2 供試飼料の分析
供試飼料の水分、粗蛋白質(Crude Protein,CP),粗繊維(Crude Fiber,CF)の分析は常法13)によった。酸性デタージェント繊維(Acid Detergent Fiber,ADF)は,G2ガラスフイルターを用い,リグニン(Acid Detergent Ligunin,ADL),ケイ酸(AD‐Sil)を連続して定量7)した。
酵素分析法2)7)による総繊維(Organic Cell Wall,OCW)の定量は,G2ガラスフィルターを用いて実施した。易消化性繊維と難消化性繊維は密栓付ガラスろ過器を用いて,アクチナーゼ及びセルラーゼによる連続処理により加水分解し,可溶部のa画分(Oa;易消化性繊維)と不溶部のb画分(Ob;難消化性繊維)とに分画した7)。
3 乾物摂取量の測定
スタンチョンに繋留された3〜4頭の乳用種育成牛(生後10ケ月齢;325±25Kg)に,飽食量の供試飼料を給与して,1990年6月から1991年11月の期間中に,予備期12日,本試験5日で,各種類の供試飼料について合計8回の試験を実施した。乾物摂取量は,給与量から残飼量を差し引いて1日当たりの飼料摂取量とし,水分換算して1日あたりの乾物摂取量を算出した。
なお,給与飼料を粗飼料に限っているため,ルーメン内の窒素源が少なく,消化性に影響を及ぼし,乾物摂取量を低くする可能性6)が考えられたので,200−300g/日の大豆粕を蛋白質(窒素源)として全試験牛に補給した。
4 繊維成分による乾物摂取量の推定
乾物摂取量は,1日あたりの乾物摂取量を,供試牛の体重を0.75乗した代謝体重(メタボリック・ボディ・サイズ;Kg0.75)で割った,代謝体重当たりの乾物摂取量をg数で示し,化学分析で得られた各種繊維成分含量を用いて回帰分析を行い,乾物摂取量と各種繊維成分含量との関係をみた。また,重回帰分析を行ない,乾物摂取量を推定する推定式を作成した。
結 果
1 供試飼料の飼料成分
供試した粗飼料の粗蛋白質と繊維成分を第1表に示した。イタリアンライグラス乾草は、穂孕期と出穂期の飼料成分が,ほぼ同程度の含量であったが,生育ステージが進んで開花期になると,CF,OCW,Ob,ADF,ADL含量が増加し,CP,Oa含量は減少した。
ローズグラス乾草は出穂期に比べ生育ステージが進んだ開花期で,CF,OCW,Ob,ADF,ADL含量が増加し,CP,Oa含量は減少した。
イタリアンライグラス乾草の出穂期とイタリアンライグラスサイレージの出穂期は,生育ステージが同一であり,調製方法が乾草とサイレージという違いであるが,飼料成分はサイレージの方がOa含量がやや高く,AD‐Silがやや低かったことを除けば,ほぼ同程度の成分含量であった。
乾物率(DM)は,乾草のイタリアンライグラス,ローズグラスは,コンパクトベールに調製後,乾燥舎内で火力乾燥を行ったためほぼ90%程度であり,サイレージのイタリアンライグラスとトウモロコシは両方とも50%程度の中水分サイレージであった。
2 乾物摂取量
供試飼料の代謝体重当たりの乾物摂取量(DMI/Kg0.75)を第2表に示した。乾物摂取量は,イタリアンライグラス乾草の穂孕期が85g,出穂期が84g,開花期が74gと生育ステージが進むと減少した。ローズグラスの乾草も出穂期が80g,開花期が71gとイタリアンライグラスと同様生育ステージが進むと減少した。イタリアンライグラスサイレージの出穂期は85gで,イタリアンライグラス乾草の穂孕期と同じであった。トウモロコシサイレージは81gでローズグラス乾草の出穂期とほぼ同程度であった。
3 乾物摂取量の推定
代謝体重当たり乾物摂取量と各繊維成分(CF,OCW,Oa,Ob,ADF,ADL,AD−Sil)含量との単回帰分析の結果を第3表に示した。乾物摂取量とOb含量及びOCW合量との間に負の有意な(P<0.01またはP<0.05)相関が認められ,相関係数はOb含量が最も高く(r=-0.980),OCW含量が次に高かった(r=-0.771)。有意な相関が得られなかった繊維成分と乾物摂取量との相関係数は,0.137から0.715の範囲であり,相関係数が最も低かった繊維成分はAD−Silであった。
次に,今回検討した7種類の繊維成分を用いて2つの成分を変数とする重回帰分析を行った。独立変数間に相関が高いために重回帰分析ができなかったCFとADFとの組み合わせを除き,すべての重回帰式は1%あるいは5%で有意であった。このうち1%で有意な10種類の重回帰式を第4表に示した。このうち,単回帰分析で高い相関関係を示したObを変数に組み込んだ重回帰式が6種類あり,重相関係数が高かった。最も重相関係数が高かったのはObとADLの組み合わせによる重回帰式であった(R2=0989)。Obを変数に含まない4種類の重回帰式の変数はCFとOa,OCWとOa,OCWとADL,ADFとOaの組み合わせであった。
考 察
イタリアンライグラスは穂孕期及び出穂期に比べ生育ステージが進んだ開花期で,乾物摂取量は減少する傾向にあった。ローズグラスも同様に,出穂期に比べ生育ステージが進んだ開花期で,乾物摂取量は減少する傾向にあった。飼料作物の生育ステージの進行によるリグニン含有率の増加は消化率の低下を伴い6),反芻胃内における牧草の消化性は組織のリグニン化等の影響5)が示唆されている。しかしながら,今回実施したイタリアンライグラス,ローズグラス及びトウモロコシを供試飼料とした乾物摂取量と各飼料のADL含量との間には有意な相関は得られず,相関係数は‐0.648であった。このことに関して,暖地型牧草は寒地型牧草に比べて乾物消化率が低く6),暖地型牧草はDM,CW(粗灰分換算していない総繊維;OCW+OCW中の灰分)のin vitro消化率とADLとの関係が直線的でなく曲線で示され,DM及びCWは寒地型牧草と暖地型牧草とでADLが及ぼす影響が異なる11)ことが報告されている。イタリアンライグラスは寒地型の牧章であり,ローズグラスは暖地型の牧草であるので,乾物摂取量に及ぼすリグニンの影響が,2つの供試飼料によ
って異なることが推測される。したがって,暖地型のローズグラスと寒地型のイタリアンライグラスとでは,その乾物摂取量に及ぼすADLの影響が異なったため,全供試飼料中のADL含量と乾物摂取量との間には深い相関関係が得られず,乾物摂取量をADL含量だけでは説明できないことが推察された。
乾物摂取量に影響を及ぼす要因として,飼料の消化率があげられる。特にルーメン内での消化率はある程度の範囲において,消化率が高まれば乾物摂取量は増加する9)。中でも繊維成分の消化はその大部分がルーメン内で行われる7)ためその影響は大きい。消化率を低下させる要因としてシリカ(ケイ酸)が知られている。下條らは,山羊の第一胃液にケイ酸ナトリウム(Na2SiO3)を添加した培養液を用いたin vitro消化試験で,可溶性のシリカは繊維の分解酵素であるセルラーゼの牧草消化能に対して抑制的に作用すると報告4)している。また,先に述べたように繊維成分のシリカとの結合により繊維の消化性が低下する3)ことが知られている。しかし,今回行った酸性デタージェント法によるシリカ(AD−Sil)と乾物摂取量との間には,高い相関が得られず,相関係数が0.137と極端に低くかった。これは,供試飼料中のシリカ含量が乾物中に0.9%〜3.8%と微量であり,粗飼料中の繊維成分の消化性には影響を及ぼす3)ものの,絶対量が乾物摂取量に影響を及ぼすほどの量ではなかったためか,あるいは,ADLの場合と同様に,各供試飼料間でAD
‐Silがそれぞれの供試飼料の乾物摂取量に及ぼす影響が異なったためと考えられた。
牧草の生育ステージの進行に伴う消化率の低下の原因として,OCWの含量が増加すること,また,高消化性繊維(Oa)は減少し,低消化性繊維(Ob)が増加する3)ことが指摘されている。OCWの消化率が飼料によって異なるのは,OCW中のOa画分の消化率が高く,その消化率は飼料の違いによる差が少ないことから,各飼料のOCWの消化率の差は,Ob画分の含量とその消化率の差によると考えられている3)。OCWはその分析法上,Oa画分含量とOb画分含量を加えたものに等しい。今回,OCW含量と乾物摂取量との間には有意な(P<0.05)負の相関が得られた(r=−0.771)。このことは,乾物摂取量が飼料の細胞壁物質と深い関係があり,その含量と高い負の相関関係がある8)ことと一致している。これは,飼料の細胞壁物質は飼料の粗剛性を示すものであり,ルーメン内の滞留時間を長くし,結果的に乾物摂取量を低下させる要因となることが考えられる。OCWは酵素分析法による細胞壁物質を示す成分である1)ことから,今回供試したイタリアンライグラス,トウモロコシ及びローズグラスを対象にしても同様に乾物摂取量と関係が深い繊維成分であるこ
とが確認できた。
ところが,さらにセルラーゼ処理した難消化性の画分であるOb含量と乾物摂取量との間には有意な(P<0.01)より高い負の相関が得られ(r=‐0.980),繊維全体を示すOCWよりもOb画分の方がより乾物摂取量との関係が深かった。これは,乾物摂取量との関係が,消化率の高いOa画分を含むOCWに比ベ,消化率に対してマイナスに働くOb両分だけの方がより深いためであると考えられた。つまり,OCW中のOb画分はOCWに比べて,より飼料の繊維の粗剛性を示す繊維成分であり,乾物摂取量との関係が深い繊維成分であると推察された。このことは,Obを変数とすることにより,草種に関係なく乾物摂取量推定が可能なことを示しているものである。
そこでさらに,推定精度を高めるため2変数を用いて重回帰分析をおこなった。その結果,1%で有意であった組み合わせが19種類の回帰式のうちで10種類あった(第4表)。この10種類の回帰式の変数にはすべて酵素法による繊維成分を含むものであり,酵素法が繊維の消化性を考慮した分析方法である1)ことと関係が深いと思われる。このことから酵素法による繊維成分は従来の分析法によるCF及びデタージェント法による繊維成分に比べ,乾物摂取量との関係が深いことが推察された。
以上のことから,繊維成分として,デタージェント法によるADLは理論的には消化率と密接な関係があり,乾物摂取量の推定も可能であると考えられたが,結果的に単独の要因では相関は低かった。そこで,単独でも乾物摂取量と相関の高い酵素法によるObとADLを用いた重回帰式により,乾物摂取量の推定を行った結果,極めて高い精度で推定できた。乾物摂取量の推定には酵素法による繊維成分が変数として有用であるが,デタージェント法によるADLを加味することにより推定精度が高まると推察された。
引 用 文 献
1)阿部亮(1980)飼料の炭水化物の表現方法と牛用飼料の簡易栄養価評価法.日畜会報51(10):687−695.
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5)川村修・千秋達道・堀口雅昭・松本達郎(1975)牧草の反芻内消化と中性デタージェント繊維測定法に関する組織化学的検討.日畜会報46(1):6−10.
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8)佐藤正三(1990)乳牛の飼養標準−NRC飼養標準第6版全訳.ディリイ・ジャパン社
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10)農林水産省農林水産技術会議事務局(1994)日本飼養標準乳牛.中央畜産会:55−58.
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13)森本宏(1971)動物栄養試験法.養賢堂:280−304.