福岡農総試研報15(1996)

採卵鶏におけるアマニ油脂肪酸カルシウム給与が卵黄中脂肪酸組成に及ぼす影響

小島雄次*.福原絵里子*.津留崎正信*.石田修三**

(*畜産研究所・**太陽油脂株式会社)


 α‐リノレン酸(C18:3)を豊富に含むアマニ油脂肪酸カルシウム塩(アマニ油Ca)を,産卵中の白色レグホーン種208羽を用いて0,2.5,5.0及び7.5%の4水準で給与した場合の,卵黄脂質中の脂肪酸組成及びn‐6系列とn−3系列多価不飽和脂肪酸の比(n‐6/n‐3比)に与える影響について調査した。また,飼料から摂取されたC18:3の卵黄脂質への移行効率についても検討した。
 卵黄脂肪酸中のC18:3は給与割合の増加に伴って有意(p<0.05)に増加し,対照区の0.23%からそれぞれ3.17,4.77及び6.13%となった。ドコサヘキサエン酸(C22:6)の割合は,アマニ油Caを給与することにより,対照区の1.69%の1.3倍と有意(p<0.05)に増加した。一方,リノール酸(C18:2)はアマニ油Ca給与に伴う影響は受けないが,アラキドン酸(C20:4)は有意(p<0.05)に減少した。n‐6/n−3比は,対照区の6.42からそれぞれ2.28,1.73及び1.48へ有意(p<0.05)に減少した。また,卵黄中C18:3量(Y;mg)はアマニ油Ca給与割合(X;%)を変数とする1次回帰式Y=3,487.0X+46.4(r=0.9825)で表すことができた。摂取されたC18:3の卵黄への移行効率を考慮に入れると,アマニ油Ca中のC18:3を効率よく卵黄へ移行させるためには,2.5〜5.0%配合が適当であると考られた。

[キーワード:採卵鶏,アマニ油脂肪酸カルシウム塩,α‐リノレン酸,ドコサヘキサエン酸,n‐6/n−3比]


    Effect of Linseed Oil Calsium Soap Consumption on the Fatty Acid Composition of Yolk Lipid in Hens. KOJIMA Yuji, Eriko FUKUHARA, Masanobu TSURUSAKI, and Shuzo ISHIDA (Fukuoka Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka 818, Japan) Bull. Fukuoka Agric. Res. Cent. 15:102-105(1996)
    This experiment was conducted to study the effects of α-linoleic acid (C18:3) and the ratios of n-6 to n-3 fatty acids (n-6/n-3) of yolk lipid by feeding hens a formula diet which indicated 0, 2.5, 5.0, 7.5% linseed oil calcium soap (LS). C18:3 content of yolk lipid increased significantly (p<0.05) from the control level of 0.23% to 3.17 (2.5%LS), 4.77 (5.0%LS) and 1.48 (7.5%LS) respectively. The following single regression equation was made for predicting the C18:3 in yolk (Y;mg) from diet LS levels (X;%): Y=3,487.0X+46.4 (r=0.9825). It was concluded yjat the optimal level was a commercial formula diet containing 2.5-5.0% LS in consideration of the ratio of C18:3 in yolk to consumed.

[Key words: α-linoleic acid, layer, linseed oil calcium soap, ratio of n-6/n-3 fatty acids]


緒  言

 ヒトにおいて,必須脂肪酸の栄養的意義に関する指針については,n‐6系列不飽和脂肪酸(n‐6系列)のリノール酸(C18:2)の摂取量と,摂取エネルギーに対する脂肪エネルギーの割合を中心とした指導7)がされてきた。近年,α‐リノレン酸(C18:3)に代表されるn‐3系列不飽和脂肪酸(n‐3系列)の栄養的,生理的側面で果たす役割について新しい知見7,10)が得られ,注目され始めている。また,n‐6系列とn−3系列の摂取バランスを指標とすることもヒトの健康保持のためには必要7)と,指摘され始めている。
 一般に鶏卵の卵黄中の脂肪酸組成は,給与する飼料中の脂肪源の影響を受けやすい2,9)ことから,特定の脂肪酸を強化した鶏卵も市販されるようになってきた。
 既報6)では,アマニ油を脂肪酸カルシウム塩(アマニ油Ca)にけん化し,2.5〜7.5%の範囲で採卵鶏に長期間給与しても,産卵率及び産卵日量に影響を及ぼさず,採卵鶏に給与する飼料として実用上問題がないことを報告した。
 そこで,本報告ではC18:3を豊富に含むアマニ油Caを採卵鶏に給与した場合の鶏卵卵黄中における各種脂肪酸構成割合に及ぼす影響,卵黄中のn‐6系列とn‐3系列の構成比(n−6/n‐3比)の変化及びC18:3の卵黄への移行効率について検討したので報告する。


試 験 方 法

 1 供試鶏
 供試鶏は既報6)と同様に148日齢の白色レグホーン種(ジュリア)208羽を,1区26羽の2反復に分け,456日齢まで用いた。試験区はアマニ油Caを2.5%(2.5%区),5.0%(5.0%区)及び7.5%(7.5%区)添加する区と無添加区(対照区)の合計4区とした。また,2.5%区よりも低い給与割合でのC18:3の卵黄への移行効果をみるために,412日齢の白色レグホーン種10羽を用いて,アマニ油Caを1.0%給与する区(1.0%区)を設けた。基礎飼料には成鶏飼育用配合飼料(北九州くみあい飼料株式会社,CP17%,2,800Kcal/kg)を用いた。第1表に供試したアマニ油Caを製造した時の原材料の混合割合と脂肪酸組成を示した。

 2 試料の分析
 卵黄中の各脂肪酸は,アマニ油Caの給与開始後3,7,21,60,120,150,180及び270日目に生産された卵を各試験区から無作為に3個抽出し,ガスクロマトグラフィー(GC)を用いて測定した。卵黄をゆでた後,脱水し,Folchら3)の方法に準じてクロロホルムメタノール(2:1,v/v)溶液で脂質を抽出した。この抽出液を10mlのエステル化反応用耐熱バイアルに移し,内部標準物質としてトリコサ酸メチルを一定量加えた。40℃の温湯中で窒素気流下に溶媒を流去して十分に乾燥させた後,3フッ化ホウ素ナトリウムの14%メタノール溶液1.0mlとジクロロメタン0.5mlを加えた。反応バイアル中を窒素ガスで置換し,ブロックヒーターで1時間100℃に加熱してメチルエステル化を行った。反応終了後,直ちに氷冷し,飽和食塩水0.5ml及びn‐へキサン1.0mlを加え,十分に振とう混合した。5分間静置した後にへキサン層を取り除き,無水硫酸ナトリウムで脱水し,GC分析用の試料とした。これを自動注入装置及び水素炎イオン型検出器付GC(ヒューレットパッカード社,Hp−5890U型)に1.0μl注入した。GCの条件 は,カラムオーブン温度が210℃の恒温,キャリヤーガスとしてヘリウムを30ml/分,スプリット比が1/100であり,キャピラリーカラムは,omegawax‐250,0.25mmφ,30m(スペルコ社)を用いた。
 脂肪酸メチルの同定は標準品のリテンションタイムを用いて行い,クロマトグラムの各ピーク面積比はインテグレーター(ヒューレットパッカード社,HP‐3396シリーズU型)により計算した。
 測定した各脂肪酸は,卵黄中の総脂肪酸に占める割合で示した。


結  果

 1 卵黄中脂肪酸組成
 第1表に示したとおりアマニ油中のC18:3合量が54.8%,アマニ油Ca製造によるアマニ油混合割合が74.0%であったことから,アマニ油Ca中のC18:3含量は40.6%となった。
 第2表に給与開始後21日目以降,60,120,150,180及び270日目の計6回調査した卵黄中の各脂肪酸組成の平均値とn‐6/n‐3比の変化を示した。卵黄中のn‐3系列のC18:3はアマニ油Caの給与量の増加に伴って有意(p<0.05)に増加し,対照区の0.23%に対して,2.5%区,5.0%区及び7.5%区でそれぞれ約14倍,約21倍及び約27倍となった。ドコサヘキサエン酸(C22:6)は対照区1.69%の約1.3倍と有意(p<0.05)に増加したが,給与量に伴った増加は認められなかった。
 一方,n‐6系列のC18:2はアマニ油Ca給与により影響を受けなかったが,アラキドン酸(C20:4)は対照区1.74%の約0.55倍に有意(p<0.05)に減少する結果となった。飽和脂肪酸であるパルミチン酸(C16:0)は給与量に伴って有意(p<0.05)に滅少したが,ステアリン酸(C18:0)には影響を及ぼさなかった。また,一価不飽和脂肪酸であるパルミトレン酸(C16:1)は5.0%以上給与した場合に,オレイン酸(C18:1)は7.5%給与した場合に対照区と比較して有意(p<0.05)に減少した。
 不飽和脂肪酸と飽和脂肪酸の構成比(U/S比)は,飽和脂肪酸のうちC16:0が減少し,不飽和脂肪酸のうちC20:4が減少したもののC18:3及びC22:6が増加したために,対照区の1.69から各試験区とも約1.77へと有意(p<0.05)に増加した。不飽和脂肪酸の中でn‐6/n‐3比は,n‐6系列のC18:2はアマニ油Ca給与による変動がなく,C20:4が減少し,n−3系列のC18:3及びC22:6が著しく増加したために,対照区の6.42から各区それぞれ2.28,1.73及び1.48と有意(p<0.05)な減少を示した。




 2 C18:3の経時釣変化と卵賞への移行効率
 第1図にアマニ油Ca給与による卵黄中C18:3の構成割合の経時的変化を示した。卵黄中C18:3は給与開始3日目以降から増加し,21日日以降でほぼ一定となり,それ以降各試験区とも増加することはなかった。
 第3表に1日当たりのC18:3摂取量の卵黄脂質への移行効率(C18:3移行効率)を示した。このとき,飼料から摂取したC18:3の鶏体内におけるC22:6への変換率が測定できなかったため,正確な移行効率ではないが,ここでは摂取されたC18:3は100%C18:3として卵黄へ移行するものとして計算した。第1表に示したアマニ油Ca中のC18:3量と各試験区の飼料摂取量から求められたC18:3摂取量は,1.0%区の0.37gと比較して2.5%区,5.0%区及び7.5%区ではそれぞれ3.1,6.2及び9.0倍となった。また,各試験区とも卵黄中の全脂質含量は28%程度(データ未発表)と比較的一定で,アマニ油Ca給与量の増加に伴う卵黄脂質割合に変化は認められなかった。このため,卵黄脂質量と脂肪酸構成割合から計算した卵黄中C18:3量は,アマニ油Caの給与に伴い有意(p<0.01)に増加し,1.0%区と比較してそれぞれ2.5,3.8及び6.5倍となった。しかし,卵黄中C18:3量の増加率よりも摂取量の増加率の方が大きかったために,C18:3移行効率は有意(p<0.01)に減少した。
 第2図に卵黄中に移行したC18:3量と給与したアマニ油Caの給与割合の関係を示した。このとき,卵黄中C18:3量と飼料へのアマニ油Ca配合割合との間に,有意(p<0.01)な相関が認められ,卵黄中のC18:3量(Y;mg)は飼料中のアマニ油Ca配合割合(X;%)を変数とする1次回帰式Y=3,487.0X+46.4(r=0.9825)で表すことができた。


考  察

 n‐6系列及びn‐3系列の必須脂肪酸に関するヒトの栄養については,n−6系列特にC18:2の摂取量と,摂取した不飽和脂肪酸と飽和脂肪酸の比を中心として論議されてきた。この理由としては,健康なヒトではn−3系列脂肪酸が欠乏した食品を長期間摂取し続けても病的状態にいたることが少ないということがあげられる。しかし,ここ数年の間にC18:2の過剰摂取によるガン化1,7,10)アレルギー疾患7,10)や特定疾患の症状悪化が促進4,7,8,10)されるなどの弊害が指摘されるようになり,これに代わってn‐6/n‐3比やC18:3の摂取量を中心とした新しい栄養指針についての研究が行われるようになった。ヒトが摂取するn‐6/n‐3比は生体内脂質のn‐6/n一3比に影響を及ぼし,各種エイコサノイドを通じて,あらゆる組織細胞の生理に強く影響する10)とされ,奥山ら7)はn‐3/n‐6摂取比を1.0以上にするのが適当であろうと提案している。また,ヒトにとって最適な食品からのn−3系列脂質摂取量は,1日当たりのC18:3の摂取量として300〜990mg1,8),摂取エネルギー当たりに換算すると0.5〜1.0% 程度1,4)が望ましいとの報告もある。
 C18:3を豊富に含むアマニ油Caを採卵鶏に給与した場合,卵黄中の脂肪酸組成に変化が認められ,給与飼料の脂肪酸割合の影響を強く受け,C18:3及びC18:3の代謝物であるC22:6が増加し,C20:4が減少する結果を示した。また,測定した脂肪酸を飽和脂肪酸,1価不飽和脂肪酸,n−6系列不飽和脂肪酸に分けると,影響を受けるC16:0,影響を受けないC18:2,1価不飽和脂肪酸ではC16:1,C18:1とも減少する結果を示した。特に,C18:2はアマニ油Ca給与によって全く影響されないが,C18:2の代謝物であるC20:4は有意に減少するという特徴があった。C18:2が給与飼料の脂肪酸組成に影響を受けず一定の値を示す要因は明らかにできないが,高C18:2合有飼料を給与した場合においても卵黄中のC18:2の構成割合は影響を受けなかったとする報告5)も考慮に入れると,採卵鶏ではC18:2を一定にする生理的要因があるものと考えられる。また,n−6系列代謝物であるC20:4はn−3系列の代謝物であるC22:6とは全く逆の変化を示している。JlANGら5)は給与したC18:2やC18:3は主にトリ グリセライドに取り込まれ,その代謝物は主にリン脂質に取り込まれたとしており,またそのりン脂質への取り込み作用はn−3系列とn‐6系列とでは競合的関係にあると報告している。このことから,C18:3を多く合む飼料を給与した場合,C18:3とその代謝物であるC22:6を増加させ,C18:3の代謝物のリン脂質への取り込みの競合性からC20:4はC22:6とは逆に減少するものと考えられる。アマニ油Ca給与によるU/S比の増加は,C22:6+C20:4が変わらないため,主にC18:3の増加によるものと考えられる。一方,n−6/n‐3比はC18:3の増加に加えC22:6とC20:4が相反する変化をすることから,著しく減少したものと考えられる。これらのことから,アマニ油Caの給与は,卵黄中のC18:3を増加させ,n‐6/n-3比を減少させることが明らかとなった。
 飼料資源としてアマニ油Caを利用する場合に,どの程度添加したら良いかか問題である。本試験において,アマ二油Caの給与量と卵黄中C18:3量の関係は正の1次回帰式で表すことができ,n‐6/n‐3比はアマニ油Caの給与により低下し,C18:3移行効率はアマニ油Ca7.5%給与で10%以下に低下することが明らかとなった。また,アマニ油Caを本試験と同様に採卵鶏に給与した試験6)では,産卵率及び平均卵重に及ぼす影響は小さく,2.5%給与が若干良くなる傾向を示していた。これらのことから,養鶏経営の中で卵黄にC18:3を多く合む付加価値の高い鶏卵を生産しようとする場合,産卵性能を低下させずに効率よくC18:3を卵黄に蓄積させ,しかもn−6系列とn‐3系列のバランスの良い鶏卵を生産させるアマニ油Caの配合割合は,2.5%程度が適当であり,5.0%が限界であると考られた。


引 用 文 献

1)KRlSTlAN,B.S,S.FlSCHER,F.WAMMER,and T.EGELAND(1989)α−Linolenic acid and long‐chain ω−3 fatty acid supplementation   in three patients with ω−3 fatty acid deficiency: effect on lymphocyte function,plasma and red cell lipids,and prostanoid formation.   Am J Clin Nutr.49:290−300 
2)GEETHA,C,and J.SlM(1992)Preferential accummulayion of n−3 fatty in the brain of chcks from eggs enriched with n−3 fatty      acids.Poultry Sci.71:1658−1668 
3)FOLCH,J.,M.LEES and G.H.S.STANLEY(1956) A simple method for the isolation and purification of total lipids from animal      tissues.J.Biol.Chem.226:497−509.
4)HOLMAN,T.Ralph,S.B.JOHNSON,and T.F.HATCH(1982) A case of human linolenic acid deficiency involving neurological         abnormalities.Am J Clin Nutr.35:617−623.
5)JlANG,Z.,D.U.AHN,and J.S.SlM(1991)Effect of feeding flax and two types of sunflower seed on fatty acids composition of      yolk lipid class.Poultry Sci.70:2467−2475.
6)小島雄次・小野晴美・津留崎正信・石田修三・中村年宏(1995)アマニ油を活用した採卵鶏用飼料の開発と産卵に及ぼす影響.福岡農総試研報.14:186−189.
7)奥山治美(1991)食の科学.161,28〜33.
8)SlMOPOULOS,P.A.(1989)Summary of the NATO advanced research workshop on dietary ω3 and ω6 fatty acids:bio1ogical effects   and nutritionalessentalitiy.J.Nutr.119:521−528.
9)鈴木和彦・大森豊緑・岡田利孝・小栗宏青・川村悦春(1994)鶏卵脂肪酸組成とα‐トコフェロール量に及ぼす飼料中亜麻仁油の影響.栄食誌.47(1)23−27.
10)滝田聖親・印南敏・鹿山光(1989)食の科学.138,16〜70.