福岡農総試研報15(1996)
果汁を原料にした新規の酸性調味料を効率良く発酵生産するために,培地への油脂類の添加が,麹菌株Aspergillus usamii mut.shiro−usamii IFO6082のクエン酸生産に及ぼす影響について検討した。合成培地を用いた振とう培養においてクエン酸の生産を促進した油脂類とその濃度は,醤油油0.2〜1.0%,大豆油0.5〜2.0%及び大豆レシチン0.2〜0.3%であった。発酵液の外観,香気を併せて判断した結果,それぞれの最適添加濃度は,醤油油0.5%,大豆油1.0%,大豆レシチン0.2%であった。それぞれの油脂の最適添加濃度において通気かくはん培養を行なったところ,クエン酸の生産を促進する効果は大豆油が最も高く,無添加30.1g/Lに対して71.1g/Lのクエン酸を14日間で生産した。
カキ果汁に大豆油を1.0%添加して通気かくはん培養を行なった結果,9日間でクエン酸を50g/L合む発酵液が得られた。また,キウイフルーツ果汁についても同様に,10日間でクエン酸を48g/L含む発酵液が得られた。これらの発酵液に醤油を混合し,新しいタイプの調味料を得た。
[キーワード:クエン酸,麹菌,醤油油,大豆油,カキ果汁,キウイフルーツ果汁]
Production of Sour Seasoning from Fruit Juice by Aeration/Agitation
Culturing. (2) Improvement of Ciric Acid Productivity through Addition
of Oils. MORIYAMA Hironobu, Sumitaka YAMASHITA and Noriko BABA (Fukuoka
Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka 818, Japan) Bull. Fukuoka
Agric. Res. Cent. 15:98-101(1995)
The effect of adding oils to the medium on the production of citric
acid with koji-mold, Aspergillus usamii mut. shiro-usamii
IFO6082, was examined in an attempt to produce a new type of sour seasoning
from fruit juice. Concentration of each oil improved the citric acid productivity
of the mold in submerged shaken culture. The composition of the citric
acid seasoning was; soy sauce oil: 0.2 to 1.0%, soybean oil: 0.5 to 2.0%,
and lecithin from soybeans: 0.2 to 0.3.
Taking flavor and appearance of the fermentatives into consideration,
the optimum concentration of each oil in the medium was 0.5% for soy sauce
oil; 1.0% for soybean oil; and 0.2% for lecithin from soybeans. Aeration/agitation
culturing was performed at the optimum concentration of each oil. The highest
yield of citric acid, at a concentration of 71.1g/l, was obtained with
the addition of soybean oil at 1.0% after 14 days fermentation, compared
to 30.1g/l with no additives.
A fermentative containing 50g/l of citric acid was obtained from
persimmon juice by 9 days aeration/ agitation culturing with addition of
soybean oil at 1.0%. A fermentative containing 48g/l of citric acid was
obtained from kiwi juice after fermentation for 10 days. A new type of
sour seasoning was obtained from each fermentative by mixing them with
soy sauce.
[key words: citric acid, koji-mold, kiwi juice, persimmon juice,
soy sauce oil, soybean oil]
緒 言
筆著らは第1報4)で,果汁を原料にしたクエン酸発酵調味料を製造する菌株として,Aspergillus usamii mut.shiro−usamii IFO6082が適していることを報告した。しかしながら,その生産性は,試験を行なった条件そのままで実用化できるほど高いものではなかった。
TAKAHASHIら8)は,界面活性剤の一種であり,食品添加物として認められているソルビタンモノラウレートを培地中に添加することによってクエン酸の生産性を向上させることができると報告している。また,福島ら1−3)は,麹菌によるプロテアーゼ生産の際に,培地に醤油油を添加すると,生産量,活性ともに向上したと報告している。
そこで,本報では,発酵果汁をそのまま利用した酸性調味料の生産を行う場合に,酸性調味料として用いるに十分な濃度である50g/L以上の有機酸を含む発酵液を効率良く生産するために,食品に添加しても問題のない界面活性剤及び油脂類がクエン酸の生産に及ぼす影響について検討したので報告する。
試 験 方 法
1 供試菌株
第1報4)で選定した菌株を用いた。すなわち,財団法人発酵研究所(IFO)から購入した麹菌株A.usamii mut.shiro−usamii IFO6082を斜面培地で30℃,1週間培養した胞子を0.05%濃度のTween80に5.7×107個/mlになるように懸濁し,試験に供した。
2 供試培地及び果汁
培地は,第1報2)で用いた合成培地にエタノール2ml/Lを添加した組成のものを用いた。果汁は,JA福岡県園芸農業協同組合連合会加工工場から入手した濃縮カキ果汁及び濃縮キウイフルーツ果汁を,それぞれBrixが14になるまで脱イオン水で希釈したものを用いた。
3 培養方法
振とう培養は,300ml容三角フラスコに培地を50ml入れ,胞子懸濁液を1ml接種し,培養温度30℃,90oscills/minで往復振とう培養を行った。通気かくはん培養は,2,000ml容ジャーファーメンターに培地を1,000ml入れ,胞子懸濁液を10ml接種し,培養温度30℃,回転数300rpm,通気量500ml air/minで培養を行った。
4 振とう培養におけるクエン酸の生産に与える醤油油及びソルビタンモノラウレートの影響
醤油油を0.01,0.05,0.10,0.20,0.50,1.00%培地に添加し,7日間振とう培養を行なった。また同様に,ソルタンモノラウレート(ICI社Span20相当)を0.01,0.05,0.10,0.20,0.50,1.00%培地に添加し,7日間振とう培養を行なった。得られた発酵液に含まれる有機酸を,第1報4)と同様に高速液体クロマトグラフにより分離,定量した。
5 振とう培養におけるクエン酸の生産に与える油脂類の影響
醤油油を0.2,0.5,1.0,2.0%培地に添加し,14日間振とう培養を行なった。また同様に,大豆油を0.2,0.5,1.0,2.0%添加したもの,大豆レシチンを0.05,0.1,0.2,0.3,0.5%添加したものについても,14日間振とう培養を行なった。得られた発酵液に含まれる有機酸を,第1報4)と同様に高速液体クロマトグラフにより分離,定量した。
6 通気かくはん培養におけるクエン酸の生産に与える油脂類の影響
醤油油を0.5%培地に添加し,14日間通気かくはん培養を行なった。大豆油を1.0%添加したもの,大豆レシチンを0.2%添加したものそれぞれについても同様に14日間通気かくはん培養を行なった。発酵開始48時間後から,24時間おきに発酵液の一部を採取し,発酵液中に合まれる有機酸を,第1報4)と同様に高速液体クロマトグラフにより分離,定量した。また,前回の測定時のクエン酸量に対してその後に増加したクエン酸量を一時間当りになるように除した値をクエン酸生産速度として表した。
7 通気かくはん培養による果汁からのクエン酸の生産
カキ果汁に大豆油を1.0%添加して通気かくはん培養を行なった。キウイフルーツ果汁についても同様に通気かくはん培養を行なった。カキ果汁については,0,5,9日目,キウイフルーツ果汁については0,6,10日日に発酵液の一部を採取し,発酵液中に含まれる有機酸を,第1報4)と同様に高速液体クロマトグラフにより分離,定量した。
結 果
培地に醤油油またはソルビタンモノラウレートを各種濃度で添加して7日間振とう培養を行った結果を第1表に示す。
醤油油を0.2,0,5,1.0%添加した場合に得られるクエン酸はそれぞれ30.2,41.5,44.1g/Lと無添加の20.6g/Lに対して明らかに増加した。一方,ソルビタンモノラウレートの添加は,クエン酸の生産を促進せず,逆に添加量が増えるに従って抑制した。
醤油油は,原料の大豆由来の油脂が大半を占める。そこで,醤油油に加え,価格が安価でかつ入手が容易な大豆油及び大豆レシチンの培地への添加が,振とう培養におけるクエン酸の生産に与える影響を調査した。結果を第2表に示す。
醤油油同様に大豆油,大豆レシチンの添加はいずれもクエン酸の生産を促進した。クエン酸の生産が最も促進される濃度は,醤油油では0.5〜1.0%,大豆油では0.5%以上,大豆レシチンでは0.2〜0.3%であった。
振とう培養でクエン酸の生産を促進した醤油油,大豆油及び大豆レシチンが,ジヤーファーメンターを用いた通気かくはん培養におけるクエン酸の生産に及ぼす影響について調査した結果を第1図及び第2図に示す。
通気かくはん培養においても,振とう培養で効果のあった添加物はすべてクエン酸の生産を促進した。最も促進したのは大豆油を1.0%添加した場合で,2週間の培養で蓄積するクエン酸は,無添加の30.1g/Lに対して約2.4倍の71.1g/Lであった。
生産速度に与える効果も大豆油が最も大きく,生産速度が高まる発酵開始2日目から6日日にかけての平均は,無添加の0.123g/L・hに対して0.369g/L・hであった。
なお,以上のいずれの試験においても,健康に好ましくない酸であるしゅう酸の副生は認められなかった。
カキ果汁に大豆油を1.0%添加し,ジャーファーメンターを用いて通気かくはん培養を行った際の有機酸濃度の変化を第3表に示す。また,キウイフルーツ果汁についても同様に培養を行った際の有機酸濃度の変化を第4表に示す。
9日間の発酵により,カキ果汁からはクエン酸を50g/L含む総酸52g/Lの発酵液が得られ,キウイフルーツ果汁からは10日間の発酵により,クエン酸を48g/L含む総酸54g/Lの発酵液が得られた。これらの発酵液は,いずれも酸性調味料として用いるに十分な濃度の50g/L以上の有機酸を含んでいた。カキ果汁,キウイフルーツ果汁ともに,発酵によりしゅう酸の副生がわずかに認められたが,食品素材として用いるには全く問題のない量であった。
考 察
ソルビタンモノラウレートを培地へ添加した場合にクエン酸の生産性を向上させる効果は,主に菌糸の形状をぺレット状からフィラメント状に変化させることによるとTAKAHASHIら8)は報告している。本試験においてソルビタンモノラウレートの添加による効果が現われなかったのは,使用した菌株が,もともとフィラメント状であることによるものと思われる。
微生物を培養する際に界面活性剤やリン脂質を添加すると,細胞膜の合成が不完全となり,細胞膜の透過性が変化することが知られている5)。このことから,リン脂質である大豆レシチンを培地に添加すると,細胞膜の透過性が変化することによってクエン酸が細胞外へ漏出するときの障壁が除去され,細胞内で生産されたクエン酸が逐次漏出するために,細胞内でのクエン酸の過剰が起こらず,培地中にクエン酸が高濃度に蓄積すると推察される。
培地への長鎖脂肪酸の添加は,低濃度であっても細胞膜の構造を不完全にし,細胞膜透過性に影響を及ぼすとSHEUら6)は報告している。醤油油及び大豆油を構成する脂肪酸は,ほとんどがC16以上の長鎖のものである。これらのことから,醤油油及び大豆油が培地へ添加されると,菌株の細胞膜透過性が変化し,大豆レシチンの場合と同様に培地中にクエン酸が高濃度に蓄積するものと思われる。
醤油油と大豆油に含まれる脂肪酸の組成は同じであるが,これらは大豆油中ではトリグリセライドの形で存在し,醤油油中では,大豆油のトリグリセライドが醤油の製造工程中に加水分解された遊離脂肪酸の形となっている1)。ほとんど水に溶解しないトリグリセライドに対し,醤油油中の遊離脂肪酸には水に溶解するものがあり,中でも特にステアリン酸は添加された醤油油に存在する全てが培地中に溶解しているものと思われる。これらのことから,醤油油と大豆油の脂肪酸組成は同じであるにもかかわらず,振とう培養においては,同濃度の添加であってもクエン酸の生産を促進する効果は醤油油の方が大きいものと推察される。また,醤油油中に存在するアルコールは脂肪酸の溶解に寄与し,醤油油によるクエン酸の生産促進に一層効果をあらわしているものと恩われる。
一般的に好気性微生物を液体中で培養する場合,菌の酸素需要を満足させるためには,通気とかくはん操作が必要となる。しかし,農産物を原料にする場合や多糖類を生産する菌を用いる場合,その多くは発泡が起こり,これを防止するためには消泡剤の添加が不可欠となる7,9)。醤油油や大豆油を培地に添加すると,通気を行っても発泡は起こらず,消泡剤としての役割も果たした。実際,カキ果汁やキウイフルーツ果汁を原料に醤油油や大豆油を添加しないで通気かくはん操作を行ったところ,瞬時に発泡が起こり,試験を中止せざるを得なかった。醤油油や大豆油が消泡効果を有していることは,発泡しやすい果汁を原料に調味料を生産する場合,原料に消泡剤等の使用を好まない消費者ニーズとうまく合致しており,非常に好ましいものとなった。
しかしながら,このような油脂類を用いて調味料を製造する場合,発酵終了後に残存すると製品として外観上好ましくないために,添加濃度は1.0%が限度である。さらに醤油油の場合,独特の強いにおいを持つために,0.5%が添加の上限であった。
大豆油を1.0%添加し,通気かくはん培養を行って得られた発酵カキ果汁及び発酵キウイフルーツ果汁は,どちらも酸性調味料として用いるに十分な濃度の有機酸を含んでいた。以上の結果から,麹菌株A.usamii mut.shiro−usamii IFO6082を用いて効率的にクエン酸を生産するには,培地に大豆油を1.0%添加して,通気かくはん培養を行うと良いことが明らかになった。なお,本試験によって得られた発酵カキ果汁及び発酵キウイフルーツ果汁に活性炭を加え,ろ過後,発酵液3に対して市販醤油を1の割合で添加することによって,新しいタイプの酸性調味液が得られた。これらの酸性調味液は,どちらもその酸味の成分がクエン酸であることから,カボスやスダチといった柑橘系の調味液に似た嗜好性の良いものであった。
引 用 文 献
1)FUKUSHIMA,Y.,ITOH,H.,FUKAE,T.and MOTAI,H.(1991)Stimulation of protease production by Aspergills oryzae with oils in continuous culture.Appl.Microbiol.Biotechnol.34:586−590
2)福島弥一・岡田王春・伊藤晴通・深瀬哲朗・茂田井宏(1991)Aspergillus oryzaeの連続培養によるプロテアーゼの生産.菌糸の形態変化に伴う攪拌に対する抵抗力 の変化.発酵工学会誌6:441−446
3)福島弥一.深瀬哲朗・茂田井宏(1993)醤油製麹工程への連続液体培養の応用.醸造協会誌88(1):50−55
4)森山弘信・山下純隆・馬場紀子(1994)バイオリアクターによる果汁を原料にした酸性調味料の生産 第1報クエン酸生産能力の高い菌株の選定.福岡農総試研報B− 13:73−76
5)大亦正次郎・河野又四・村尾澤夫・酒井平一.外村健三(1982)応用微生物学.東京:風館pp.170−173
6)SHEU,W.C.and FREESE,E..(1972)Effects of Fatty Acids on Growth and Envelope Proteins of Bacillus subtillus.J.Bacteriol. 111(2):516−524
7)清水祥一・山根恒夫(1987)バイオリアクターシステム.東京:共立出版pp.77−80
8)TAKAHASHI,J.,HlDAKA,H.and YAMADA,K.(1965)Effect of Mycerial Forms on Citric Acid Fermentation in Submerged Mold Culture.Agr.Biol.Chem 29:331−336
9)山下純隆・大田修明・末永光(1991)木綿製織布に固定化した酢酸菌によるキウイフルーツ酢及びカキ酢の生成.日本食工誌38(7):608−613