福岡農総試研報15(1996)

組織培養カラタチの発根法とカンキツ台木への利用

堀江裕一郎・鶴丈和・草野成夫

(果樹苗木分場)

 組織培養で育成したカラタチの無菌操作なしの発根法とカンキツ台木としての生育特性について検討した。
 多芽体の茎葉を挿し木して発根させるための用土はロックウールがピートモス,パーライトに比較して発根率や移植後の生存率も高く優れた。
 カラタチの1系統である‘ヒリュウ’の組織培養の台木は,ウンシュウミカンの‘大津四号’を切り接ぎした場合,実生の台木に比較して苗木の個体間差が少なく,細根割合が高かった。

[キーワード:カンキツ,カラタチ,組織培養,苗木]


    A method of rooting by tissue culture and the use of citrus rootsock in trifoliate orange. HORIE Yuichiro, Takekazu TSURU and Nario KUSANO (Fukuoka Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka 818, Japan) Bull. Fukuoka Agric. Res. Cent.15:94-97(1996)
     A method of rooting without aseptic operation and the growth characteristics of trifoliate orange as a rootstockwere investigated.
    Rockwool was found to be a more suitable soil medium for cuttings than peat moss or parlite. The use of rockwool allowed for high percentages of rooting and furthermore, transplanting after rooting recorded higher survival rates. The growth of ‘OTSU4GOU' grafted on ‘HIRYU' cultivated by tissue culture was more uniform than that of seedlings. A high volume of thin roots was observed in the root system.

[Key words: citrus, nursery stock, tissue culture, torifoliate orange]


緒  言

 カンキツの台木として利用されているカラタチは,通常,珠心胚によって無性生殖するため遺伝的に均一な実生が得られるとされている。しかし,Hiraiら3)はカラタチ実生のアイソザイム分析により交雑胚由来の生育の不均一な実生が20%程度存在することを明らかにしている。また,わい性台木としての利用が増加している‘ヒリュウ’は,約50%12)が交雑胚とされている。
 交雑胚やその割合が高い品種,含核数の少ない品種を台木として利用するためには組織培養による増殖が有効である。原田ら1),草野ら5),堀江ら4)はカラタチの胚軸や茎頂の外植片から不定芽を発生させ,その不定芽から多芽体を誘導し,大量の腋芽を得る方法を明らかにしている。この増殖法は,遺伝伝的な変異が少ない9)とされる方法であるが,台木として利用するためには発根を誘導する操作が必要となる。従来は,試験管内の培地に挿し木して発根させる方法が行なわれていたが,無菌条件下での操作が必要で,培養容器数も限定されるため苗木生産という産業ベースまでには至っていなかった。そこで,産業ベース化への対応として,無菌でない通常の環境条件下で,多芽体から切り取った茎葉の発根に及ぼす用土の影響と,挿し木用土の違いが移植後の生育に及ぼす影響を検討した。さらに,組織培養で育成した台木の生育特性を明らかにするため,カラタチの1系統の‘ヒリュウ’の組織培養または珠心胚実生(以下,実生)の台木にウンシュウミカンの‘大津四号’を切り接ぎし,苗木の特性を比較検討したので報告する。


材料及び方法

 1 多芽体の茎葉の発根に及ぼす用土の影響
 カラタチの系統は‘曲針系’,‘中葉系’,‘小葉系’(以上は大分県津久見柑橘試験場から1969年に導入)‘1才カラタチ’(農林省園芸試験場口之津試験地から1973年に導入)‘ルビドー,(農林水産省果樹試験場日之津支場から1993年に導入)を用いた。多芽体は各系統の発芽まもない実生の胚軸を外植片として草野ら5)の方法で誘導し,NAA0.1mg/L,BA1.0mg/L,ショ糖30g/Lを添加したMT7)寒天増地で1カ月毎に継代し6カ月間培養した。挿し穂は,試験管から上記5系統の多芽体を取り出し,茎葉を水中で10mmと20mmの長さに切り取り供試した。挿し木用土は,ロックウール(ニチアスKK,マットブロック縦30mm×横30mm×高さ30mm),ピートモス(サカタのタネKK,ゴールデンピートバンFH−80),パーライト(三井金属鉱業KK,ネニサンソ2号)の3種とした。容器はプランター(縦60cm×横18cm×深さ14cm)を使用した。ロックウールはプランター内に置き,ピートモスとパーライトは5cm程度の深さに充填した後,灌水を行い細塵を洗い流した。挿し穂の基部を3−Indolebutyric  Acid 150ppmに5秒程度浸漬し,3〜5mmの深さに挿し木した。挿し木後のプランターは厚さ0.05mmのポリエチレンフィルム(以下フイルム)で覆い,温度25℃,照度5,000Lux,16時間日長の人工気象器内に置いた。供試数は1区12〜84本とした。挿し木後20日目に挿し穂の生存率と発根率を調査した。

 2 挿し木用土の違いが移植後の生育に及ぼす影響
 カラタチの系統‘ルビドー,の多芽体から長さ20mm程度の茎葉を切り取り,挿し穂とした。1994年6月,用土はロックウールとパーライトを用いて試験1と同様の方法で挿し木した。発根した個体は,1994年7月にUCソイルミックス10)を充填したプランター(縦81cm×横21cm×深さ18cm)に移植した。プランターは,1995年3月までは温度25℃,照度5,000Lux,16時間日長の人工気象器内に,その後は無加温のガラスハウス内に置いた。肥料は500倍に希釈した液肥(N‐P‐K:5−10−5%)を1プランター当たり50ml程度1週間間隔で散布した。供試数は1区20本とした。移植後1年目に生存率,苗全重,枝伸長量や根重を調査した。

 3 組織培養または実生の台木が接ぎ木苗の生育に及ぼす影響
 組織培養または実生によるカラタチ系統の‘ヒュウ’は,1991年UCソイルミックスを充填した径15cmの黒色ポットに鉢上げ,台木として育成した。この台木に1993年4月ウンシュウミカンの‘大津四号’を切り接ぎした。肥料は1ポット当たり10gの有機配合(N‐P−K:7−10−3%)を4月と9月に施用した。整枝は一本仕立てとし,発生する腋芽は随時除去した。枝の摘心は実施しなかった。供試数は1区15本とした。その中の5本は,地下部調査に供試した。接ぎ木後8カ月目の1993年12月に台木径,苗木の主幹径,枝伸長量,良苗率,根重や根の大きさ別重量割合を調査した。良苗率は調査時点で枝伸長量が20cm以上を良苗として算出した。



結  果

 1 多芽体の茎葉の発根に及ぼす用土の影響
 カラタチ5系統の実生の胚軸から誘導した多芽体の茎葉を挿し穂とし,無菌操作を必要としない条件下で3種の用土に挿し木し,生存及び発根を検討した結果を第1表に示した。茎葉の生存率は,ロックウールとパーライトで高く,ピートモスではやや劣った。また,いずれの用土においても,挿し穂に用いた長さ20mmの茎葉の生存率は,10mmのものより高かった。生存した茎葉の発根率はロックウールを用土とした場合に有意に高かった。また,挿し穂に用いた長さ20mmの茎葉の発根率は,パーライトを用土とした場合に,10mmのものより有意に高かった。発根した個体の根の長さはロックウールで長く,ピートモスでは短い傾向であった。
 カラタチ系統間の生存,発根率を第1図に示した。生存率は‘1才カラタチ’で高く,‘小葉系’,‘中葉系’はやや低かった。発根率は系統間での有意な差がみられなかった。 用土の保水性はロックウールが30mmの大きさに分割されているため低く,ピートモスは高かった。ピートモスでは雑菌の発生がみられた。
 挿し穂に用いた長さ10mmと20mmの茎葉の基部横断面を第2図に示した。10mmの長さの挿し穂は20mmのものに比較して木部組織の発達の遅れがみられた。






 2 挿し木用土の違いが移植後の生育に及ぼす影響
 発根した茎葉を,カンキツ台木として利用するためには他の用土に移植を行って,生育を促進する必要がある。そこで,多芽体から切り取った茎葉を挿し木した用土がUCソイルミックスヘ移植後の生育に及ぼす影響を第2表に示した。1年後の生存率はロックウールがパーライトに比較して有意に高かった。苗全重,枝伸長量,根重については面区間に有意な差がみられなかった。

 3 組織培養または実生の台木が接ぎ木苗の生育に及ぼす影響組織培養または実生で育成した‘ヒリュウ’に‘大津四号’を接ぎ木した苗の生育を第3表に示した。組織培養の台木に接ぎ木した‘大津四号’は実生の台木に比較して,主幹径,枝伸長量に有意な差がみられなかった。しかし,組織培養の台木は,枝の伸長量の変動率が実生の台木に比較して小さくなり,揃いが良い傾向を示した。組織培養の台木は,実生の台木に比較して根重には有意な差が見られなかったが,細根が多い傾向が認められた。


考  察

 果樹の台木で遺伝的に均一であることは優れた性質である。遺伝的変異が多い交雑胚実生を台木として利用するには組織培養による大量増殖法が考えられる。カラタチの組織培養は,試験管内での器官形成に関する研究1,4,5)が多くなされているが,苗木生産に対応した研究は少ない。また,組織培養で育成したカラタチの台木としての特性の報告例はない。
 本試験は試験管で増殖した多芽体の茎葉を挿し穂とし,通常の環境条件下で直接3種の用土に挿し木した。その結果,用土や挿し穂の長さにより生存率,発根率がそれぞれ64.3〜100%,24.3〜81.8%の範囲で変動した。この原因として,用土の種類により挿し床の水分含量が異なったこと,ピートモスでは雑菌の繁殖が旺盛であったこと,また挿し穂の長さ10mmは20mmに比較して,木部組織の発達が遅れていたために腐敗,枯死する個体が多かったためと考えられる。用土として最も優れたのはロックウールで,長さ20mm程度の茎葉を挿し木した場合,生存率は91.7%に達し,このうち81.8%が発根した。これは,ロックウールの水分合量が挿し穂の生存,発根に適していたためと考えられる。日高ら2)は試験管内で液体培地を添加したロックウールを支持体として使用した場合,培地のpHが上昇し,植物体の褐変,枯死を招き,特に弱勢な植物体は100%枯死したと報告している。本試験は,pHの上昇を防ぐため挿し木前にロックウールの水洗を行い,液体培地は添加せず,調査期間中は挿し床に重力水を停滞させなかったため好結果が得られたものと考えら れる。
 カラタチ系統間で‘小葉系’,‘中葉系’の生存率がが他系統に比較して低かった。両系統は試験管内での茎葉の伸長量が小さく,木部組織の発達が遅れていたことによるものと考えられる(第2図)。発根率は系統間での有意な差はみられなかったことから,発根個体を多数得るためには生存率を高める必要があると考えられる。
 発根後の生育を促進するためUCソイルミックスヘ移植した場合,ロックウールに挿し木したものは生存率が80%に達し,パーライトに比較して有意に高かった(第2表)。ロックウールは第3図に示したようにブロックのまま移植できるため植え傷みが少ないことによると恩われる。また,移植作業も容易であった。このため,ロックウールの挿し木用土への使用は組織培養による台木育成に有効と考えられる。
 台木育成法が接ぎ木苗の生育と根量に及ぼす影響を検討した結果,1年間の生育には有意な差は認められなかったが,組織培養の台木では苗木の揃いが良いことや,細根の割合が多い傾向がみられた(第3表)。一般に,挿し木苗は実生苗に比較して初期生育が緩慢で,浅根になりやすい6)と言われているが,組織培養で挿し木育成したカラタチの1年後の生育をみると第3図のように根が下方に伸長し,初期生育の遅れはみられなかった。細根の割合が高いことの樹体への影響は,本試験がポットでの調査であり,根鉢の形成がみられたこともあり明らかにできなかった。
 以上のように,カラタチは無菌条件下での発根を省略し,多芽体から切り取った茎葉を直接用土に挿し木する直接発根法8)で発根と順化が同時に行えることが明らかになった。この方法は組織培養によるカラタチ生産の産業ベース化を促進するものと考えられるが,本格的な苗木生産のためには,より生産コストの低減が必要である。このため,多芽体には増殖効率の良い外植片の選定が必要であり,同時に遺伝的変異の可能性がある外植片については変異の識別方法の確立が望まれる。さらに挿し穂とする茎葉の大量増殖技術の改良も必要である。多芽体から採取できる茎葉は系統により大きく異なる。著者らが行った調査(未報告)では,カラタチの2g前後の多芽体から樹勢の強い系統の‘USDA’や‘ポメロイ’では10mm以上伸長した茎葉がlカ月後に50〜60本採取できるが,わい性系統の‘ヒリュウ’では20〜30本程度であった。茎葉の採取量を増加するには,系統ごとに置床部位や分割の程度,培養期間等について検討する必要があると考えられる。また,本試験での組織培養の台木と実生の台木の生育比較は苗木育成過程での結果であり,今後は高原11)が指摘するように, 成木時での生育,収量及び果実品質が実生の台木と同じ特性を示すかどうかについての検討が必要と考えられる。


引 用 文 献

1)原田久・鈴木誉子・細井寅三(1988)カラタチのカルスからの不定芽分化の制御.園学要旨.昭63秋:14−15.
2)日高哲志・梶浦一郎(1987)カンキツ組織培養により得られた植物体の簡易馴化化法について.園学要旨.昭62春:10−11 
3)HlRAI,M.,I.KOZAKl and I.KAJlURA(1986)The Rate of lnbreeding of Trifoliate Orange and Some Characteristics of the lnbred       Seedling.Japan.J.Breeding.36:138−46.
4)掘江裕一郎・鶴丈和・野口保弘(1994)カラタチの苗条原基誘導と植物体の再生.福岡農総試研報14:167−170.
5)草野成夫・掘江裕一郎・平島敬太(1991)カンキツの優良台木の大量増殖第1報カラタチ胚軸からの植物体の形成と増殖.園学雑60(別1):655.
6)町田英夫(1987)挿し木のすべて.東京:誠文堂新光社,pp.14−15.
7)MURASHlGE,T.and D.P.H.TUCKER(1969)Growth Factor Requirements of Citrus Tissue Culture.Proc.Tst lnt.Citrus Symp,1155−1  161.
8)野口協一(1990)果樹苗生産とバイオテクノロジー(小崎格・野間豊編),東京:博友社,pp59−78 
9)大澤勝次(1994)図集・植物バイテクの基礎知識.東京:農村漁村文化協会,pp79−81.
10)佐々木篤(1986)鉢育苗及び鉢植樹によるカンキツウイルス無病樹の品種特性短期評価法試験第1報培養土,植木鉢,植替え方法の検討.広島果試研報11:9−
  21.
11)高原利雄(1995)果樹台木の特性と利用(河瀬憲次編),東京:農村漁村文化協会,pp138−158.
12)吉田俊雄(1994)カラタチにおける極わい性の遺伝および極わい性個体のGA3に対する反応.園学雑63:23−30.