福岡農総試研報15(1996)
ニホンスモモの果実品質に対するホップわい化ウイロイドスモモ変異株(HSVd‐plum)の影響を明らかにするため,露地圃場の‘大石早生李’,‘ソルダム’及び無加温ハウスの‘ソルダム’を対象に調査した。‘大石早生李’の罹病果実では,果皮が斑入り症状を呈し,糖度とリンゴ酸合量が高くなる傾向が認められた。また,無加温ハウスにおける‘ソルダム’の罹病果実では,露地と比較してHSVd‐plumの影響が大きく,糖度と果肉の着色が明らかに劣った。
[キーワード:ニホンスモモ,果実品質,ホップわい化ウイロイドスモモ変異株]
Effects of Hop Stunt Viroid plum variety(HSVd-plum) on Fruit Qualities
of Japanese Plum (Prunus salicina LINDL.). SHIMOMURA Katsumi, Keita HIRASHIMA,
Nario KUSANO (Fukuoka Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka
818, Japan) Bull.Fukuoka Agric.Res.Cent.15:91-93(1996)
Fruit qualities of Japanese plum infected with HSVd-plum in a
greenhouse or an open field were investigated. Fruits of 'OHISHIWASESUMOMO'
infected with HSVd-plum in an open field developed variegation of peel
as a typical symptom of HSVd-plum. In addition Brix value and malic acid
increased in their fruit juice compared with healthy ones. Fruit qualities
of 'SOLDAM' in a greenhouse were more heavily influenced by the infection
of HSVd-plum compared with these in an open field. Especially, Brix value
decreased and flesh color remained yellow for fruits of 'SOLDAM' infected
with HSVd-plum.
[Key words: fruit quality, HSVd-plum, Japanese plum]
緒 言
スモモは,福岡県の特産果樹として推進され,1994年の栽培面積は135haで,品種は‘大石早生李’,‘ソルダム’を中心に,‘太陽’,‘サンタローザ’等が栽培されている。1987年頃から‘大石早生李’に果皮の着色異常,‘ソルダム’に果肉の着色障害が見られるようになり問題となった。このような症状は,山梨県では古くから知られていた6)が,その原因は長い間不明であった。しかし,1985年に寺井5)は本症状が接ぎ木伝染性の病害によって起こることを初めて報告し,病名をスモモ斑入果病とした。その後,佐野ら2)がこの病原がウイロイドであることを明らかにし,現在,ホップわい化ウイロイドのスモモ変異株(HSVd‐plum)がこの病原とされている3)7)。本県の発症樹を調査したところ,このウイロイドが検出されたことから,本県スモモにおける先の症状はスモモ斑入果病であることが明らかとなった1)。また,寺井6)は,この病害がスモモ果実の糖度や食味及び外観品質に与える影響について報告しているが,その他の果実品質に対する影響や作型による違いについては言及していない。
そこで今回は,HSVd‐plumによって引き起こされる果実品質に対する影響を,露地の‘大石早生李’,‘ソルダム’,無加温ハウスの‘ソルダム’について調査したので,その結果について報告する。
試 験 方 法
1 ‘大石早生李’の果実品質に対するHSVd‐plumの影響
1990年にウイロイドフリー‘大石早生李’を場内露地ほ場に4本栽植(1990年当時樹齢1年生)し,そのうちの2本にHSVd‐plum罹病穂木を接ぎ木接種して,健全樹・罹病樹各2本の試験区を設定した。なお,接種後の罹病の有無の確認は,5%ポリアクリルアミド電気泳動法(PAGE)によって行った。また,栽培管理は県栽培基準に準じて行った。
果実品質の調査は,1994年6月と1995年6月に行った。1樹あたり30果採取し,1994年は果重,糖度及びリンゴ酸含量を,1995年は前年の調査項目と果実の糖組成を調査した。糖度とリンゴ酸含量は,採取した果実の果肉を客々擦り潰し,濾紙で残 を取り除いて得た果汁を供試して,糖度はアタゴ社製デジタル糖度計PR‐1を用いて測定し,リンゴ酸合量は0.1N水酸化ナトリウムで中和滴定を行い,その滴定値から換算して算出した。また,糖組成分析は,高速液体クロマトグラフ(TOSOH社製cpp 8001シリーズ,カラム;TSKgel Amide‐80)を用い,移動相はアセトニトリル水(80:20),流速は1.0ml/min,カラム温度は80℃の設定で,果糖,ブドウ糖,ソルビトール,ショ糖についてRI検出器により測定した。測定に供した果汁は,糖度及びリンゴ酸合量を測定する際に採取した汁液から各々の区ごとに,各サンプル汁液の1.0mlずつを分取,混合し,そのうち2.0mlをサンプルチューブに分取して測定に供するまで‐80℃で保存した。その後,測定の際に4℃の条件下で解凍しこの汁液0.2mlを分取し,0.2
2чmのフィルターを通して測定に供した。
2 ‘ソルダム’の果実品質に対するHSVd‐plumの影響
福岡県八女郡黒木町のスモモ栽培ほ場の‘ソルダム’を用い,無加温ハウスほ場(1992年当時樹齢15年生)に健全樹・罹病樹各3本,露地ほ場(同20年生)に健全樹・罹病樹各2本の試験区を設定した。なお,HSVd‐plum罹病の有無の確認は,調査の際に調査樹の葉を採取し,PAGEによって毎年行った。果実品質の調査は,1992年から1994年の3カ年行った。1樹あたり30果を採取し,1992年と1993年は果重,糖度,リンゴ酸合量及び硬度を,1994年は前年の調査項目及び糖組成を調査した。また,‘ソルダム’の果肉は,赤く着色するのが特徴であるが,HSVd‐plumに権病すると黄色のままで赤く着色しない(写真1)ので,黄肉程度を表現するために判定基準を設け,その程度に指数を与え黄肉度として算出した(第3表)。
結果及び考察
1 ‘大石早生李’の果実品質に対するHSVd−plumの影響
1994年,1995年の2カ年の果実調査において,HSVd‐plum罹病樹の果実は,着色初期には果皮に斑入り症状が認められた(写真2)が,着色が進むと症状が不明瞭になった。この症状は,寺井6)の報告と一致しており,‘大石早生李’がHSVd‐plumを罹病した場合の典型的な病徴と考えられた。その他の果実品質については,罹病果は健全果に比べ,1994年は糖度,1995年はリンゴ酸合量が有意に高かった(第1表)。また,1989年に実施した現地圃場の罹病樹調査においても同様の傾向が認められた(データ略)。このことから,‘大石早生李’では,HSVd‐plumに罹病すると,糖度・リンゴ酸合量が高くなると考えられ,健全樹と罹病樹の果実の糖度には差はないとする寺井6)の報告とは異なる結果が得られた。新梢,葉については,寺井6)の報告と同様病徴の発現は認められなかった。
糖組成の比率については,健全樹と罹病樹の果実は共にショ糖が最も高く,次いでブドウ糖,果糖,ソルビトールの順であった。また,ショ糖においては,罹病樹の果実は健全樹よりも12%低く,その分還元糖比率が高くなった(第2表)。
2 ‘ソルダム’の果実品質に対するHSVd‐plumの影響
1992年から1994年までの果実品質調査によると,露地の果実の糖度は,1992年の調査では健全樹と罹病樹の間に差が認められた。しかし,3年間の調査から見ると健全樹と罹病樹の糖度の間には明らかな差は認められなかった(第3表)。このことは,健全樹と権病樹の果実の糖度には差はないとする寺井6)の報告と一致する。また,寺井6)は,HSVd‐plumに罹病した果実は,硬く締まり食味も悪いとしているが,本調査の露地の果実では,果実硬度やその他の果実品質には明らかな差は認められなかった(第3表)。一方,無加温ハウスの果実では有意な差が認められ,罹病樹では健全樹に比べ糖度が低く黄肉度が高くなった(第3表)。一般にウイロイドは高温条件下で活動が活発になる4)とされている。したがって,無加温ハウスの罹病樹では,施設化により露地よりも高温となり病徴発現が助長されて,果実糖度の低下や果肉の着色阻害が顕著に引き起こされたと考えられた。また,新梢,葉については,‘大石早生李’と同様に病徴の発現は認められなかった。
糖組成については,露地の果実においては,各糖の健全樹と権病樹における糖組成の差は明らかでなかった(第4表)。一方,無加温ハウスの果実では,ブドウ糖,果糖がショ糖よりも多く,露地とは異なる傾向が認められた(第4表)。しかし,健全樹と罹病樹における糖組成の差は明らかでなかった(第4表)。HSVd‐plumに罹病した‘ソルダム’の果実では食味が低下する6)との報告があるが,今回の調査では健全樹と罹病樹の果実における糖組成の差は明らかでなく,HSVd‐plum罹病による食味の低下は,糖組成の違いによるものではないと考えられた。
このように本試験の露地の‘大石早生李’の健全樹・罹病樹の果実品質には,山梨県の結果と異なり差が認められたが,露地の‘ソルダム’では,山梨県と同様認められなかった。そこで,上記2品種の果実の成熟期にあたる収穫前1カ月間の気温を本県と山梨県の平年値で比較すると,‘大石早生季’では本県の方が平均気温,最高気温ともに高く,‘ソルダム’では平均気温は高いものの,最高気温は逆に低く(データ略),両県のこの期間の気温がHSVd‐plumの糖度,酸度に対する影響に関与している可能性が示唆された。また,本試験の露地の‘大石早生李’では,罹病樹の果実の方が糖度,酸度がともに高く,無加温ハウスの‘ソルダム’では,露地と比較して罹病樹の果実の糖度低下が顕著に認められた。
以上のことから,スモモ果実の糖度や酸度に対するHSVd‐plumの影響は,品種や気温条件で異なると考えられた。今後,各品種,気温条件下におけるウイロイドの樹体内での動態と果実品質に与える影響との関係を明らかにする必要がある。
引 用 文 献
1)平島敬大・野口保弘・牛島孝策・草野成夫(1994)スモモ斑入果病のポリアクリルアミド電気泳動法による診断と器具伝染.福岡農総試研報B−13:65−68.
2)佐野輝男・畑谷達児・寺井康夫・四方英四郎(1986)スモモ斑入果病から検出されたウイロイド様RNAについて.日植病報52(3):551
3)佐野輝男・畑谷達児・寺井康夫・四方英四郎(1988)モモ及びスモモ斑入り果ウイロイドの塩基配列と近縁ウイロイドの比較.日植病報54(3):405
4)高橋壮(1985)ウイロイド感染症研究の現状.植物防疫39:343−350.
5)寺弁康夫(1985)スモモ斑入果病の病徴と接ぎ木伝染.日植病報51(3):363−364.
6)寺井康夫(1992)山梨県におけるブドウのウイルス病およびスモモ斑入果病に関する研究.山梨果試研報8:35−43.
7)寺井康夫(1993)作物ウイルス病辞典.(土崎常男・栃原比呂志・亀谷満朗・柳瀬春夫編),東京:全国農村教育協会,pp‐633−634.