福岡総試研報15(1996)
‘陽峰’は温暖多雨地帯の施設栽培用・生食用品種として,1975年に‘巨峰’に‘アーリー・ナイアベル’を交配して得られた交雑実生で,系統名‘ブドウ福岡7号’として1989年から系統適応性検定試験に供試され,1995年9月に‘ぶどう農林14号’として農林登録された四倍体品種である。特性の概要は次のとおりである。
1 樹勢は中からやや強く,新梢の伸びは‘キャンベル・アーリー,より旺盛であるが,‘巨峰’より劣る。新梢の登熟は容易である。
2 果房の大きさは300〜350g,着粒程度は粗〜中で,果房の外観は優れている。
3 果粒の形は日から短楕円で,果粒重は平均8.3g。果皮色は赤色で着色は良好である。
4 果肉特性は塊状で硬度は軟〜やや軟,フオクシー香を有し,渋みは特にない。
5 花穂の着生は中位で,花振るい性は中程度である。
6 施設下における通常の管理で特に問題となる病害の発生や,生理障害もない。裂果は殆ど見られず,縮果症も認められない。
7 熟期は,育成地である福岡での雨よけ栽培では8月中旬〜8月下旬で,‘キヤンベル・アーリー’とほぼ同時期、‘巨峰’よりやや早い早熟種である。
[キーワード:ブドウ,四倍体,新品種,施設栽培,生食用]
New Grape Cultivar ‘YOUHOU'. SUZUKI Katsuyuki, Kazunori NOTSUKA,
Toshiaki SUMI, Shinichi SHIRAISHI, Nobuyuki HIRAKAWA, Ryoji MATSUMOTO,
Hiroyasu YAMANE, Takaaki KURIYAMA, Takekazu TSURU, Akihiro IBI and Hiroyuki
SHIMIZU (Fukuoka Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka 818,
Japan) Bull. Fukuoka Agric. Res. Cent. 15: 73- 76(1996)
‘YOUHOU'is a red, early maturing, seeded table grape cultivar,
a cross product of ‘KYOHOU' and ‘EARLY NIABEL', released in 1995 by Fukuoka
Agricultural ResearchCenter. The vines are relatively vigorous. Canopy
surface area is less than that of ‘KYOHOU' and the canes are easy to ripen.
The fruit clusters are medium-sized, weighing about 300〜350g, sparse in
density of berries and cylindrical in shape. The shape of berries ranges
from round to elliptic, and skin color is red, easy in colloring. The size
of berries is large, weight is 8.3g on average, larger than that of ‘CAMPBELL
EARLY'. The taste and flesh texture of berries are excellent and keeping
quality is medium. The vines are fairly resistant to diseases. ‘YOUHOU'
grapes ripe from early to late August under plastic tunnels in Kyushu,
Japan, as early as ‘CAMPBELL EARLY', and earlier than ‘KYOHOU'.
[Key words: fruit breeding, new cultivar, protected cultivation, table
grape, Vitis]
緒 言
現在栽培されている赤色系のブドウ品種は,花振るい性が強いものや着色が気象条件の影響を受け不安定であるもの,熟期が遅く台風の影響を受けやすいものなど,経済栽培を行うには高度の技術が要求され,安定した生産が困難である品種が多い。したがって,本県の気候に適した赤色系の早熟で着色が良好な大粒・高品質,しかも安定生産が可能な施設栽培用の品種育成が生産現場から要望されていた。
筆者らは,系統‘ブドウ福岡7号’を育成し,関係機関に配布して適応性の検定を行ってきた。その結果,優秀と認められ,1995年9月にぶどう農林14号,‘陽峰’として農林水産省新品種命名登録規定により命名登録されたので,その特性について報告する。
品種名‘陽峰’は,赤色系で,大粒品種の意をこめて命名した。
なお,1988年度から開始されたブドウ第6回系統適応性検定試験に福岡系統は8系統を供したが,そのうち7号以外では1号がぶどう農林13号‘翠峰’(1994年8月登録),4号がぶどう農林11号‘宝満’(1992年7月登録),5号がぶどう農林12号‘博多ホワイト’(1992年7月登録)として登録され、合計4系統が品種となった。
報告するに当たり,系統適応性検定試験を担当された道府県試験場の方々に深謝の意を表する。
育 成 経 過
‘陽峰’は,早熟性,大粒性,耐病性,良食味性等を育種目標に交配を実施した‘巨峰’בアーリー・ナイアベル’の組み合わせの1系統である。‘巨峰’はブドウの王様といわれる品質を有する耐病性中位の紫黒色の四倍体品種である。‘アーリー・ナイアベル’は果粒が大きく,耐病性の強い,欧米雑種系統の黒色系四倍体品種である。交配は1975年に行い,1976年に播種し,7カ月間苗圃で育成した後,個体番号をF−3626として施設下へ定植した。1983年初結実,‘キャンベル・アーリー’とほぼ同時期に熟する赤色系,早熟種で,甘味も高く,食べやすく外観が良いことなどから1986年に選抜して,1989年から‘福岡7号’の系統名でブドウ第6回系統適応性検定試験に供してきた。本品種の系統図を第1図に示した。
特性の概要
1 育成地での成績に基づく特性
(1) 樹性:樹勢は中ないしやや強く,新梢の伸びは‘キャンベル・アーリー’より旺盛であるが,‘巨峰’より劣る。熟梢の色は褐色で,登熟は容易である。‘テレキ5BB’台で ほとんど台負けはみられない。葉の大きさは‘巨峰’よりやや小さく,葉形は5角形,5片葉であり,葉面下の毛じは多い。施設下における通常の管理で特に間題となる病 害の発生はなく,生理障害も認められない。
(2) 果実:自然状態の果房は円筒形である。花振るい性は中程度で,着粒は粗〜中で比較的強い新梢に良く結実する。果粒の形は円〜短楕円,果皮色は着色良好な赤 色で,平均果粒重8.3g。糖度は平均17.8%と‘巨峰’並み,酸度は平均0.52%である。肉質は塊状で,フオクシー香を有し,剥皮容易で食味良好である。果皮はや や厚く,裂果はほとんど見られず,果実の日持ちは中位である。熟期は育成地で8月中旬〜下旬であり,‘キャンベル・アーリー’とほぼ同時期で,‘巨峰’よりやや早い早 熟種である。
2 各地における適応性・特性検定結果の概要
1989年から系統適応性・特性検定試験に供試し検討を続けてきた。北海道中央農試,石川砂丘地農試ほか8場所及び福岡県農業総合試験場の1994年度の試験成績を第1〜3表に示し,適応性・特性検定結果については1992年〜1994年までの結果をもとに述べる。
樹勢についての各場所の評価は各年度でほぼ同様であり,11場所中やや強から強とした場所が3場所,中とした場所が6場所,弱からやや弱とした場所が2場所あり,樹勢は中からやや強と考えられる。
開花盛期は,1994年度が各場所とも最も早期であったが,西南暖地では概ね5月中下旬で東北,北海道では6月上旬であった。各年度間で開花盛期の幅は北日本で
10日〜2週間と西日本の1週間から10日の幅より大きかった。
果房の大きさは,1994年度では最小138gから最大378gの範囲で300g前後の場所が8場所あり,房作りは300〜350g程度が望ましいと恩われる。
果汁の糖度は,1992年度〜1994年度で1993年度が全般(9場所)に低い傾向を示してはいるが,2場所では1994年度よりも高い値を示している。1992年度は全場所の平均値は17.6%,1993年度は16.7%,1994年度は17.8%と全場所平均値で1994年度が最も高く,その範囲は最小16.6%,最大20.2%を示した。酸含量は,1993年度が高い傾向を示しているが,全場所平均値は1992年度0.55%,1993年度0.63%,1994年度0.53%である。因みに1994年度の最小値は北海道の0.35%で,最大値は安芸津支場の0.67%である。
収穫期は開花期と同様に地域差や年次による差がみられる。岩手,山形では,収穫期の年次差が大きく,3カ年におけるその幅は20〜35日あるが,最も早い1994年度は8月下旬の収穫をみている。北海道,大阪,兵庫,安芸津支場ではその年次差は10日程度で,北海道では9月下旬〜10月上旬,大阪は8月下旬〜9月上旬,兵庫では8月上中旬,安芸津支場では8月中下旬であった。長野,石川ではその年次差は1〜5日と比較的小さく8月下旬〜9月上旬であり,福岡では収穫期の年次差は1週間程度で3カ年の結果では8月中旬で,育成地での主要品種である交配親の‘巨峰’より2週間程度早い収穫期である。
収量について1樹当たりの収量は樹冠面積とも関係するが,1994年度は2.5〜39.6kgの範囲にあり,全場所の平均値は19.8kgであった。これらを樹冠占有面積から10a当たりに換算した収量で見ると,1993年度は319〜1,333kg,1994年度で455〜1,168kgの範囲にあり,適正な樹勢の維持・結実管理を行えば1.5t程度の収穫量は確保できるものと思われる。
その他,病害・生理障害については試作地の栽培条件で特に問題になる病害・生理障害の発生は認められていない。
以上の結果より,‘陽峰’は,四倍体ブドウとしては花振るい性が中程度と比較的少なく,着粒程度も中〜粗で,結実管理は比較的容易と考えられる。また,樹勢が中程度であり,優良果はやや強めの新梢に産するため,そのような新梢を確保する適正な樹勢の維持に努める必要があろう。そのことにより,10g程度の果粒重生産は可能と考えられる。着色に関しては,全地域で赤色系として良着色と評価され,寒地でも良着色・良食味が得られており,早熟,着色良好な赤色系ブドウ品種として九州から北海道までのブドウ栽培地域に普及することが見込まれる。
3 両親及び‘キャンベル・アーリー’との比較
ほぼ同時期に熟する品種として,‘キャンベル・アーリー’及び‘陽峰’の交配親である‘アーリー・ナイアベル’,さらに成熟期は少し遅いが,同じく‘陽峰’の交配親であり,主要栽培品種である‘巨峰’との比較について第4表に示した。
果皮色は‘巨峰’の紫黒色に対して,‘陽峰’は赤色と異なる。果粒の形も‘巨峰’の倒卵形に対し,‘陽峰’は円〜短楕円である。果粒の大きさは‘巨峰’の12.0gに比ベ,‘陽峰’は8.3gとやや小さめである。糖度は,‘巨峰’の17.2%に対し,‘陽峰’は17.5%とほぼ同程度であり,酸含量では,‘巨峰’の0.47%に対し,‘陽峰’は0.61%と若干高めである。肉質は‘巨峰’が崩壊性と塊状の中間であるのに対し‘陽峰’は塊状である。花振るい性は‘巨峰’が著しいのに対し,‘陽峰’は四倍体ブドウとしては少なめの中位を示す。裂果性は両者とも少ない。
‘アーリー・ナイアベル’との比較では,明らかな相違点としては,‘アーリー・ナイアベル’の果皮色が紫黒色に対し‘陽峰’は赤色と異なる点である。果粒の形は類似し,果粒の大きさや糖度も同程度である。成熟期は‘陽峰’がやや早熟と考えられる。
‘キャンベル・アーリー,との比較では,果粒の形,肉質は類似しているが,果皮色では‘キャンベル・アーリー,の紫黒色に対し‘陽峰’は赤色と異なり,果粒重でも‘キャンベル・アーリー’の6.2gに対して‘陽峰’が8.3gと明らかに大きい。