福岡農総試研報15(1996)

ニゲラの生育,開花に及ぼす播種時期,電照,加温及ぴ冷房育苗の影響

松井洋・谷川孝弘・小林泰生
(園芸研究所)

 ニゲラの秋冬出し栽培のための播種時期,電照及び温度処理方法について検討した。
1.ニゲラ‘ミスジーキル,は無加温ハウス・自然日長条件下で1〜5月にかけて毎月20日に播種した場合には播種後2.5〜4カ月で6〜8月に開花した。切花長は1月播  種で69cmで,播種時期が遅くなるほど短くなった。6〜8月播種の開花期はそれぞれ10月,2月,4月となり,切花長は61〜83cmで播種時期が遅くなるほど長くなった 。9〜12月播種の場合には,翌年5月に開花し,切花長は66〜78cmであった。
2.無加温ハウス・自然日長では開花しなかった11〜1月出しを目的に,7〜9月に播種し,定植直後から開花まで深夜4時間の電照を行った結果,無電照と比較して開花  が7月播種で約1カ月,8月播種で約5カ月,9月播種で約3カ月早くなり,10〜1月に開花した。
3.9月に播種し,電照に加えて,最低夜温を10℃以上になるように管理すると,電照のみに比べ,17日開花が早くなった。しかし,電照を行わず,加温のみの場合には抽  台・開花が著しく遅れたことから,加温よりも電照の方が抽台を促進し,花芽分化・発達が進むものと考えられた。
4.7〜8月の高温期に昼−夜温を25−15℃及び20−10℃として育苗した結果,冷房育苗により発芽率が向上するとともに,抽台・開花が早くなった。しかし,冷房育苗を 行うと切花長が短くなり,品質が低下した。

[キーワード:ニゲラ,播種時期,電照,加温,冷房育苗]

     Effects of Seeding Time, Long-day Treatment and Temperature Control on Growth and Development of Nigera damascena L. MATSUI Hiroshi, Takahiro TANIGAWA and Yasuo KOBAYASHI (Fukuoka Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka 818, Japan) Bull. Fukuoka Agric. Res. Cent. 15: 69-72 (1996)
     The effects of seeding time, long-day treatment and temperature control on Nigera damascena L. growth were investigated to establish autumn-winter shipment of the plant. The flowering time of Nigera‘Miss jykill' seeded in July to December was February to April and the cut-flower length of the plants was 66-83 cm. The number of days to flowering of theplants seeded in January to June was shorter than that of those seeded in July to December and the cut-flower length of the plants was 41-61cm. Long-day treatment (with 4 hour lighting) on the plants seeded in July to September advanced their flowering times, which was October to January. Heating at a minimum of 10℃ through the night and long-day treatment on the plants seeded in September advanced their flowering time by 17 days compared with the plants grown under long-day conditions. Cool temperature treatment at 25-15℃ and 20-10℃ (day-night temperatures) for the seedlings of the plants from July to August increased the germination percentage and advanced flowering time, but reduced the quality of cut flowers.

[Key words: long-day treatment, Nigera damascena L., seeding time, temparature control]


緒  言

 ニゲラは地中海沿岸地方原産のキンポウゲ科の春咲き一年草である3)。以前から開花後の朔果が非常に特徴的で,代表的なドライフラワーとして利用されてきたが,従来の品種は草丈が短く,低節位から側枝が発生し,開張性である点から生花の切り花には不向きであった。しかし,近年,品種改良が進み,高性,強健で,花色が豊富,花径も大きい切花用品種が育成され,フラワーアレンジメントの材料として需要が増加し,生産の拡大が求められている。特に,秋〜冬季は最も生産,供給が少なく,この時期に開花させる技術確立が必要である。そこで,まず,ニゲラの生態的特性を明らかにするため,播種時期が生育,開花に及ぼす影響について検討し,次に,電照及び加温による,開花調節技術について検討した。さらに,秋冬季の開花を目的として,夏季に播種すると,高温・強光条件で発芽不良や茎葉軟弱化等の生育障害を招くため,冷房育苗方法についても検討した。以下,その概要について報告する。


試 験 方 法

試験1 播種時期が生育開花に及ぼす影響
 品種は‘ミスジーキル’を供試し,1993年4月から1994年3月にかけて毎月20日に播種した。播種はピートバンを用土として行い,本葉2〜3枚時に7.5cmポリポットに鉢上げし,本葉7〜8枚時に20L容プランターに5株定植し,無加温・自然日長のガラス室で栽培した。施肥は鉢上げ後に1ポット当たりIB化成S−1号(N−P−K=10−
10−10)を1粒(約0.4g),定植後は1プランター当たりIB化成S−1号30gを施用した。1区15株とし,開花日,開花時の切花長及び葉数について調査した。

試験2 電照及び加温が生育開花に及ぼす影響
 品種は‘ミスジーキル’を供試した。播種は1994年7〜9月の毎月1日に,スーパーミックスを用土として162穴セル成型トレイ(21ml/穴)に行い,ガラス室で管理した。播種後30日目に20L容プランターに7株定植し,ガラス室で栽培した。なお,7月及び8月播種は高温による発芽率低下を防止するため,播種後,昼−夜温を25−15℃に設定したファイトトロンで20日間,その後10日間はガラス室で育苗した。定植後の処理区は第1表に示すように,7月1日播種は全て無加温で,無電照(自然日長)区と電照処理区の2区,8月1日播種は無加温に無電照区と電照処理区及び加温・無電照区の3区,9月1日播種は加温と電照をそれぞれ組み合わせた4区を設けた。電照は定植時から75w白熱灯により夜間4時間(20:00〜24:00)行い,温度処理は11月20日から夜間(17:00〜8:30)最低温度が10℃を確保するように加温した。施肥は1プランター当たりIB化成S−1号30gを定植後に施用した。試験区の規模は1区14株とし,抽台日,発らい日,開花日及び開花時の切花形質を調査した。

試験3 冷房育苗の温度と期間が生育開花に及ぼす影響
 品種は‘ミスジーキル’を供試し,1994年7月1日及び8月1日に播種した。ガラス室で育苗する普通育苗区,昼一夜温を25−15℃及び20−10℃に設定したファイトトロン室で育苗する冷房育苗区を設けた。冷房育苗期間は播種直後から20,30及び40日間とし,20及び30日間処理区は冷房育苗終了後,普通育苗と同様にガラス室で管理し,播種後40日目に定植し,ガラス室で栽培した。定植時から電照を行った。播種,定植の方法,その他の耕種概要及び調査は試験Uと同様である。



結  果

試験1 播種時期が生育開花に及ぼす影響
 4月20日播種の開花期は7月上旬で,到花日数が最も短く,以後,8月播種まで播種時期が遅くなるにしたがい,到花日数が長くなった(第1図)。6月播種では開花期が10月中旬となり,7月播種の開花は翌年の2月中旬であった。8月以後の播種では生育がロゼット状となり,抽台が遅く,開花期は4月下旬以降となった。その後4月播種までは播種時期が遅くなるほど開花までの期間は短くなり,8〜4月播種の開花期の差は小さかった。8月及び9月播種では開花期のばらつきが大きかった。11〜1月及び3月はいずれの播種時期でも開花が認められなかった。
 開花時の形質は4〜5月播種では切花長は50cm以下で,葉数も20枚以下と少なかった(第2図)。6〜8月播種では播種時期が遅くなるにしたがい,切花長は長く,葉数は多くなった。9月播種の切花長は約68cmとなり,葉数も約48枚と多かった。10〜11月播種では切花長75〜78cmとなった。12〜2月播種では切花長が約65cm以下で,播種時期が遅くなるにしたがい,短くなった。





試験2 電照及び加温が生育開花に及ぼす影響
 第1表に電照及び加温が抽台,発らい,開花及び開花時の諸形質に及ぼす影響について示した。
 7月1日播種の抽台時期は8月未〜9月初で電照の有無による差は認められなかったが,発らい日は無電照区で10月21日,電照区では9月21日となり,電照により30日早くなった。開花も同様に電照区で早くなった。8月1日播種の抽台は9月下旬で,処理間に差は認められなかったが,発らい日及び開花日は電照区が最も早く,次に,加温・無電照区で,無加温・無電照区では最も遅れた。また,無電照区は開花期のばらつきが大きかった。9月1日播種における無電照区の抽台時期は12月中下旬となり,播種から抽台まで100日以上を要した。それに対して,電照区の抽台時期は10月末から11月初と早くなり,播種から抽台までの期間が無電照に比べ40〜50日短くなった。発らい日は無電照区の3月下旬〜4月上旬に対し,電照区で12月上旬と早くなったが,加温区と無加温区との差は小さかった。開花日は無電照区の4月に対し,電照区で1月21日,加温・電照区で1月4日と早くなった。また,電照区では発らいから開花までの期間が加温により短くなった。
 切花形質については7月1日播種では,電照により切花長は長くなったが,葉数,分枝数及び花数は少なく,重量は軽くなった。8月1日播種では無加温・無電照区が他の区に比べ,最も切花長が長く,葉数,分枝数及び花数は多く,重量も重くなった。電照区及び加温区は無加温・無電照区に比べ,切花長は短く,葉数,分枝数及び花数は少なく,重量は軽くなった。特に,加温区は切花長が最も短く,分枝数及び花数も非常に少なかった。9月1日播種では無電照区が切花長が最も長く,葉数,分枝数及び花数が多く,重量も重かった。電照区及び加温・電照区では無電照の区に比べて切花長が短く,葉数,分枝数及び花数は少なく,重量は軽くなった。しかし,8月及び9月播種では電照により前月播種の無電照区と開花期がほぼ同じになり,切花長は長くなった。


試験3 冷房育苗温度と期間が生育開花に及ぽす影響
 7月1日播種の発芽率は無処理区で24%であったが,25−15℃区では32〜77%,20−10℃区では54〜71%と高くなった。また,いずれの温度区でも冷房期間が長いほど発芽率が高くなった(第2表)。7月播種の抽台は無処理区で8月29日であったが,冷房育苗区では25−15℃・20日及び20−10℃・40日区以外は無処理区に比べ早くなった。開花は無処理区で10月4日であったが,冷房育苗区は20−10℃冷房の20及び40日区以外は無処理区より早くなった。切花長は冷房育苗区全てで無処理区より短くなった。葉数は無処理区と25−15℃区は18〜19枚で,差が認められなかったが,20−10℃区は21〜25枚であった。重量は20−10℃冷房の20及び40日区で重くなった。8月1日播種の発芽率は無処理区で31%であったが,25−15℃区では64〜82%,20−10℃区では74〜85%と高くなった。冷房期間については一定の傾向は認められなかった。8月播種の抽台日は20−10℃・40日区を除けば冷房育苗により早くなった。開花日は無処理区が11月27日で,冷房育苗区では無処理区に比べ,早くなった。切花長は無 処理区に比べ,冷房育苗区で短く,分枝数及び重量も同様に少なく,軽かった。


考  察

 ニゲラを1〜5月に播種した場合には,播種時期が遅くなるに従い,到花日数が短く,葉数も少なくなった。それに対し,8〜12月播種では,定植後の生育時期が低温短日条件であり,節間伸長が著しく抑えられ,葉数が多くなった。このような開花習性はニゲラと同じキンポウゲ科で,秋播き春咲きのデルフィニウムについても認められている4)。勝谷ら4)はデルフィニウムについて,1〜6月播種では播種時期が遅くなるほど到花日数が短くなること,また,8月以降の播種では低温期に一時ロゼット化し,開花が4〜6月になることを示した。ニゲラも同様の生育開花習性を示すことから,高温長日条件で花芽分化が促進され,低温短日条件ではロゼット化するものと考えられる。このため,生育期に気温が低下し,日長も短日となる秋〜冬の開花は困難となり,また,播種後,気温が上昇し,長日条件となる4〜5月播種では速やかに花芽分化し,栄養生長期間が短いため,葉数が少なく,切花長も短く,切花品質が著しく劣るものと考えられた。このように,生育期の日長が生育開花に大きく影響することが考えられたため,低温短日期における電照や加温処埋の効果について検討した。その 結果,電照及び最低夜温10℃加温処理は生育期が9月以降になると処理効果が認められるようになり,この時期以降の温度と短日条件がニゲラの生育を遅延させるものと考えられた。特に,電照処理は抽台から発らいまでの期間を著しく短縮し,その効果は無加温,10℃加温ともに認められた。このことから,電照はロゼット化を防止し,その後の生育も促進することが明らかとなり,ロゼット化に対する影響は低温よりも短日の方が大きいと考えられた。また,夜間の加温の効果は生育期間が10〜12月の場合には認められたが,1〜2月のように昼温もかなり低下する条件では効果が小さいものと考えられた。切花品質の点では,電照を行うことにより,播種を約1カ月遅くすることができ,さらに,切花長が長くなった。これは電照により節間伸長が促進されること,また,7〜8月のような高温期を経過する期間が少なくなることによると考えられる。これらのことから,秋〜冬に開花させるためには播種を8〜9月上句に行い,定植時から電照処理を行うとよく,夜間最低10℃に加温するとさらに開花期が早くなることが明らかとなった。
 ニゲラの11〜1月出し栽培を行うためには播種時期が夏季高温時となり,発芽不良や品質低下を招くため,冷房育苗について検討した。冷房育苗は高温による様々な生育障害を回避して,開花期を早めたり,品質を向上させるために利用されている。例えばトルコギキョウではロゼット化防止2),スターチスでは種子低温処理後の脱春化防止1),デルフィニウムでは早期抽台に伴う品質低下及び低温短日期のロゼット化防止のために行われる。デルフィニウムは連続した20℃以上の温度条件下で栽培すると早期に抽台する5)ため,冷房育苗で抽台を抑制し,大苗を育成することにより,高品質の切花を得ることができる。しかし,本試験では冷房育苗によって発芽率が向上し,開花日は早くなるが,切花長が短くなり,品質は向上しなかった。小西5)や勝谷ら6)はキク及びデルフィニウムについて,高温を経過した後の涼温短日条件が形態的なロゼット化を促進するとし,生長活性の低下を引き起こす要因と形態的にロゼット化する要因とを区別している。本試験の場合も冷房育苗区と比較して無処理区では抽台が遅れたことから,育苗時の高温に遭遇後,秋以降の涼温短日によってロゼット化 が促進されること,冷房育苗区では高温を経過しないため,速やかに抽台し,開花も早くなることが示唆された。本試験では設定した冷房温度と期間では生育が早まり,冷房育苗終了後の高温長日によって速やかに花芽分化し,切花長を確保する前に開花することが推察された。このため,さらに低い温度及び長期間の冷房育苗を行うことにより,大苗を育苗すれば,切花品質も向上すると考えられるが,実際栽培場面では施設,経費等の面で困難である。このため,発芽率の向上のみを目的として,短期間,発芽適温で催芽処理を行うことが考えられるが,催芽処理の温度及び期間については今後の検討が必要である。


引 用 文 献

1)吾妻浅男・犬伏貞明(1986)スターチス・シヌアータの種子春化苗が高温を受けるときの苗齢と脱春化との関係.園学雑55(2):221−227.
2)吾妻浅男・犬伏貞明(1988)トルコギキョウの開花調節に関する研究.第1報ロゼット化の要因とロゼット化防止について.高知園試研報4:19−29.
3)石井林寧ら(1971):最新園芸大辞典.誠文堂新光社,1907−1908.
4)勝谷範敏・岩佐直明・船越建明(1988)デルフィニウムの周年生産に関する研究.第1報播種時期の違いが生育,開花に及ぼす影響.園学要旨63秋:442−443.
5)勝谷範敏・岩佐直明・船越建明(1988)デルフィニウムの周年生産に関する研究.第3報ロゼット化とロゼット化防止について.園学雑59別2:500−501.
6)小西国義(1975)さし芽苗の低温処理によるキクのロゼット化防止.園学雑44:286−293.