福岡農総試研報15(1996)

トマト根腐萎ちょう病菌に対する拮抗微生物の探索,選抜
及び土壌への接種が微生物相に与える影響

 吉岡哲也・三井寿一.庄籠徹也

(生産環境研究所)

 トマト根腐萎ちょう病の生物防除資材として有効な拮抗微生物を,施設野菜畑土壌及び林地土壌から探索・選抜し,選抜した拮抗微生物の土壌での定着性及び土壌微生物相に与える影響について検討した。@トマト根腐萎ちょう病菌に対して拮抗能を示す97菌株を分離した。このうち,トマト根圏に定着性が認められ,拮抗能が高い3菌株を選抜した。AAct.18株を用い,拮抗微生物の接種法について検討したところ,定植時に接種するより播種時に接種する方が効率的であった。BAct.10,18及び56株を播種時に接種することにより,収穫終了時の根圏土壌中の糸状菌密度は対照区に比べて低下したが,Fusarium菌の密度低下は見られなかった。

[キーワード:トマト根腐萎ちょう病,生物的防除,定着性,拮抗徴生物]

     Isolation of Antagonists against Fusarium oxysporum f. sp. radicis-lycopersici and Influence of Inoculation to the Soil on Microflora. YOSHIOKA Tetsuya, Hisakazu MITSUI and Tetuya SHOUGOMORI (Fukuoka Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka 818 Japan). Bull. Fukuoka Agric. Res. Cent. 15:53 -56 (1996)  
     To develop microbiological control of crown and root rot of tomato by Fusarium oxysporum f. sp. radicis-lycopersici, we examined colonization rates and the influence on microflora for antagonists isolated from soils in greenhouses and forests. (1) Ninety-seven antagonists that show antifungal activity to F. o. f. sp. radicis-lycopersici in Petri dish assays were isolated. Among these antagonists we selected three strains to colonize the rhizosphere soil and rhizoplane of tomato with high antifungal activity. (2) Direct inoculation of the strain Act.18 into soil immediately after sowing was more efficient than after transplanting. (3) When the strain Act.10, Act.18 or Act.56 was inoculated, population levels of fungi were low in rhizosphere soil after harvest, compared with that in control plots. However, population densities of Fusarium were not suppressed.

[Key words: antagonist, colonization, Fusarium oxysporum f. sp. radicis-lycopersici, microbiological control]


緒  言

 トマトは施設栽培の普及により周年供給体制が確立されたが,その一方で連作年数の拡大とともに土壌伝染性病害の発生が増加している。この原因として,連作による土壌伝染性病原菌の密度増加や病原カの増大,不適切な施肥管理による塩類集積が植物体の抵抗力低下を引き起こすこと6)が指摘されている。土壌病害がいったん発生すると,現在のところ決め手となる防除法が少ないため,場合によっては壊滅的な被害を被ることもある。
 福岡県においても,施設トマトの主要品種である‘ハウス桃太郎’でFusarium oxysporum f. sp. radicis-lycopersiciによる根腐萎ちょう病の発生が問題となっている。現在,本病の防除対策としてはクロルピクリン剤のかん注や臭化メチル剤によるくん蒸,あるいは夏期の湛水と陽熱処理を組み合わせた土壌消毒等が行われている。しかし薬剤を使った化学的防除法は作業者の安全性の問題や環境に与える負荷が懸念され,また潅水,陽熱利用消毒は効果が不安定であるため,生物的防除等他の防除手段を導入した総合的な防除法を確立することが望まれている。
 拮抗徴生物を用いた生物的防除は,多数試みられているが,同一方法で処理しても時期や場所の違いにより,効果の発現が不安定であることが認められている。これは土壌の種類,理化学性,微生物相等の土壌条件が拮抗徴生物の土壌中での生存量や根圏への定着性に大きく関与しているためと考えられる。また,拮抗微生物を土壌に接種するには大量に培養する必要があり,簡便性に欠けている。そこで,トマト根腐萎ちょう病菌に対して拮抗能を示し,トマト根圏土壌に定着性が認められる微生物を探索・選抜し,土壌への接種法,土壌での定着性及び土壌微生物相に与える影響について検討した。


試 験 方 法

 1 拮抗微生物の探索及び選抜
(1) 探索 施設野菜畑土壌及び林地土壌から,希釈平板法で分離した菌を純化した後,PDA培地1)を用いた平板拡散法により,28℃で24時間培養後に供試菌のコロニ  ー周辺に阻止円を形成した菌を拮抗微生物とした。
(2) 拮抗能の検定 探索により得られた菌株の培地上での拮抗能を対峙培養法及び平板拡散法により検定した。増地はPDA培地を用い,前者は28℃で1週間,対峙距  離を30mmとして培養を行い,後者は28℃で24時間培養後に阻止幅を測定した。
(3) トマト幼苗への定着及び再分離株の拮抗能 拮抗能が優れた菌株を25℃で2日間Czapek改変液体培地12)で振とう培養し,1晩水に浸しておいたトマト種子に2時  間浸漬接種した。これを滅菌土壌を詰めたポットに播種し,1カ月後に根及び根圏土壌から接種菌を再分離後,その拮抗能を平板拡散法により検定した。
(4)発病減少効果 選抜により得られた8菌株を滅菌した稲わら堆肥(堆積2年目)で1カ月間培養後土壌に混合接種し,トマト(‘ハウス桃太郎’)を各区4ポットずつ栽培し,  各菌株の発病減少効果を比較した。播種,定植はそれぞれ1991年9月20日,11月8日に行った。なお,発病減少効果は1992年2月5日に萎ちょう程度と導管褐変率  について調査し,前者は各株を無〜甚の5段階に区分し,後者は各株の茎を地際から5cmの高さで切断し導管全体に占める褐変部の面積割合を測定した。

 2 拮抗微生物の定着性及び土壌微生物相に与える影響
(1) 試験区の構成及び耕種概要 試験区の構成を第1表に示した。Act.18株を稲わら堆肥またはCzapek改変液体培地で培養して定植時に接種した区,選抜した3菌   株をそれぞれPS液体培地1)で培養して播種時に接種した区及び対照区の計6区を設け,拮抗徴生物の接種法及び菌株の相違が土壌微生物相に与える影響について  検討した。
    トマトの品種は根腐萎ちょう病に罹病性である‘ハウス桃太郎’を供試し,φ30.5cmx30cmのポリエチレン製ポットに中粗粒灰色低地土の水田表土を乾土として
  12.3kg詰め,第1花房開花期の苗をポット当たり1株移植して,最低気温が8℃以上になるように加温したガラス室内で栽培した。基肥はポット当たりN−P205−K20  を5g−8.3g−4.6g施用し,追肥は2.5g−0g−2.5gとした。播種及び定植は,それぞれ1992年9月11日,10月30日に行った。また,生育途中で枯死した株に  ついてはその都度,生存株は1993年3月2日に掘り取り微生物相の調査を行った。
(2) 病原菌の接種 根腐萎ちょう病菌を土壌ふすま培地4)に接種し,28℃で1カ月間培養した。これを定植前日にポット当たり7.9×108cfuとなるように20cmの深さま  で混合接種した。
(3) 拮抗微生物の接種 堆肥区には,高圧滅菌後拮抗微生物を接種し,25℃で1カ月間培養した稲わら堆肥を,ポット当たり300gずつ定植時に20cmの深さまで混合接  種した。定植時接種区には,Czapek改変液体培地で25℃,2週間振とう培養したものを定植直後に300ml接種した。播種時接種区には,高圧滅菌した育苗土をセル   数98のトレイに詰め,これに播種するとともに,PS液体培地で25℃,1週間振とうした培養液を各セルに10mlずつ接種した。また,堆肥区以外には滅菌した稲わら堆肥  を定植日に300g施用した。なお,拮抗徴生物にはあらかじめ抗生物質耐性(streptomysin:200ppm,ampicillin:100ppm及びnalidixic acid:100ppm)を付与し  ておいた。
(4) 跡地土壌の徴生物相微生物相の調査は希釈平板法により行った。糸状菌はローズベンガル寒天培地1),細菌及び放線菌はアルブミン寒天増地1),Fusarium菌は  駒田培地4)を用いた。接種拮抗微生物は上記の抗生物質を加えたPSA培地でのコロニーを計数した。なお,根圏土壌と非根圏土壌の分画は空中振とう法5)により行っ  た。


結果及び考察

 1 拮抗微生物の探索及ぴ選抜
 施設野菜畑土壌11点及び林地土壌2点から,細菌419菌株,放線菌526菌株,糸状菌170菌株を分離した。これらの菌のうち根腐萎ちょう病菌に対して拮抗能を示したものは,細菌11菌株及び放線菌86菌株の合計97菌株であり,糸状菌の菌株では拮抗能を示すものがなかった。
 分離した拮抗徴生物97歯株の拮抗能検定結果を第2表に示した。対峙培養法により菌糸伸長阻害を検討したところ,阻止幅が1mm以下の菌株が全体のほぼ半数を占め,10mm以上の阻止幅を形成する高活性の菌株はわずか3菌株であり,最高の阻止幅も13mmであった。一方,平板拡散法により胞子の発芽阻害,もしくは発芽しても菌糸伸長を阻害する働きのある物質を生産する菌株を検索したところ,阻止幅が1mm以下の低活性の菌株が4割程度を占め,10mm以上の阻止幅を示した高活性の菌株は2菌株のみであった。
 本試験では土壌接種に供する拮抗微生物として,根腐萎ちょう病菌に対して培地上で高い拮抗能を示し,Czapek改変液体培地で容易に大量増殖できる20菌株(細菌;4菌株,放線菌;16菌株)を選抜し,トマト幼苗を用いて定着性を調査した。供試菌株はすべて根面又は根圏土壌から再分離され,トマト根圏への定着性が認められた。再分離した菌株の拮抗能を平板拡散法で検討した結果を第3表に示した。10mm以上の阻止幅を示したのはわずか1菌株であったため,阻止幅が5mm以上の8菌株,すなわちAct.1,Act.2,Act.10,Act.18,Act.56,Act.57,Act.86及びBac.5株を選抜し,これらの発病減少効果を調査した(第4表)。各菌株の発病減少効果は,反復数が4と少なく統計的な検定はできなかったが,導管褐変率が対照区より平均値で下回ったAct.10株及びAct.18株,また平板拡散法で最も高い拮抗能を示したAct.56株(阻止幅:15mm)を,以下の試験に供試した。






 2 拮抗微生物の定着性及び土壌微生物相に与える影響
 拮抗微生物の接種法が根圏への定着性及び土壌微生物相に与える影響をAct.18株を用いて調査した結果を第5表に示した。非根圏における接種拮抗微生物数は,堆肥区が30×103cfu/乾土1gと他の2区より若干多かったが統計的には有意でなかった。さらに,拮抗微生物の効果が期待される根圏においても,定着量に差はなかった。また,糸状菌数,細菌数,放線菌数及びFusarium菌数について調査を行ったが,根圏土壌・非根圏土壌とも接種法による差は見られなかった。播種時に拮抗徴生物を接種する方法は,定植時に接種する方法に比べて菌量が約1/10と少なくてすみ,また,稲わら堆肥で培養後接種する方法に比ベ,労力及び時間が節約されることから,効率的であると考えられる。
 次に接種拮抗微生物の違いが根圏への定着性及び土壌徴生物相に与える影響を第6表に示した。根圏における接種拮抗微生物数は104〜284×103cfu/乾土1gと菌株により違いが見られ,今回試験に用いた3菌株の中ではAct.10株が他の2菌株より根圏への定着性が高かった。SlVAN and CHET8)はTrichoderma harzia- numの接種により,メロン根圏土壌におけるFusarium菌密度が有意に低下することを報告している。本試験でも根腐萎ちょう病菌が属すFusarium菌密度を抑制することを目的に拮抗徴生物の接種を行ったが,本病原菌が属すFusarium菌数の減少は統計的には有意でなかった。一方,糸状菌数は非根圏では各処理区間に差がなかったが,根圏では拮抗徴生物を接種した区が対照区に比べて少なかった。非根圏に生存する微生物は一般に休眠状態や活性の低い状態で存在しているのに対し,根圏の徴生物は通常活発に物質代謝を営んでいるといわれている3)。今回供試した拮抗微生物はFusarium菌だけでなく他の糸状菌に対しても培地上で拮抗能を示す(未発表)ことから,根圏土壌において,接種した拮抗徴生物が糸状菌に対して何らかの抗菌活性を発現し,根圏における糸状菌の密度低下をもたらしたものと恩われる。しかし,Fusarium菌に対してはそれが十分に作用していないことも考えられる。今後は,拮抗微生物が産生する抗菌物質の同定及び作用機作の解明,さらに土壌中での抗菌物質濃度がFu-sari um菌に及ぼす影響を明らかにする必要がある。
 微生物を利用して土壌伝染性病害の発生を抑制するには,作物が健全に生育する根圏環境を維持することも必要である。石上ら2)はトマト連作圃場の根圏微生物相の調査において,健全な圃場では糸状菌(F)に対する細菌(B)の割合(B/F値)は常に高く,いわゆる細菌型フロラであったのに対し,障害の発生した圃場ではB/F値は低く,糸状菌型フロラであったと報告している。このことから,根圏微生物相を細菌型フロラに改善することは,土壌伝染性の糸状菌病を防除する上で有効であると思われる。今回の試験において,Act.10株を播種時に接種した区の根圏土壌では,対照区よりB/F値が高いことから,Act.10株の接種により作物が健全に生育し,発病が抑制される可能性も示唆される。
 全放線菌及び接種拮抗微生物の根圏効果(根圏の微生物数/非根圏の微生物数)を第7表に示した。今回の試験に供試したAct.10,Act.18及びAct.56は放線菌であった。接種拮抗微生物の根圏効果は,Act.18堆肥区を除いて,全放線菌の根圏効果より高く,土壌に生息していた放線菌よりも供試菌の方がトマト根圏への定着性が高いことを示しており,供試菌は非根圏土壌よりも根圏土壌の方がその生育に好適な環境であったと考えられる。
 WELLER10)は小麦立枯病菌に対して拮抗性を示す蛍光性のPseudomonas fluorescensを種子コーティング後土壌に播種し,根面における菌密度を経時的に調査したところ,全細菌に占める接種菌の割合が急激に低下したことを認めている。今回の試験においても,根圏土壌における全放線菌に占める接種拮抗微生物の割合は0.2〜1.2%と低率であった。そこで,土壌中,特に根圏での接種拮抗微生物の密度を維持する手法及び添加資材を開発する必要がある。徴生物には種類の違いに応じて栄養要求性や生理的性質に差があるため,これを利用し,特定の微生物種のみを旺盛に生育させる方法がin vitroにおいて確立されている7)。ただ,山田ら11)によれば,拮抗微生物は生存及び増殖において最適条件下では拮抗能が必要でないため機能せず,反対に拮抗微生物に不利な条件下では,潜在的に持っているいろいろな能カを発現させることから,拮抗微生物の増殖に対して土壌条件が最適であれば拮抗効果が増大するとは考えにくいことを指摘している。また,土壌には病原菌の生育を少なからず抑制している菌が多数生存している9)こ とから,拮抗微生物を圃場で利用するにあたっては,これら有用な微生物の働きを妨げず,拮抗微生物の能力を十分に引き出すような栄養基質の土壌への添加や環境要因を解明することが今後の課題である。




引 用 文 献

1)土壌微生物研究会編(1992)土壌微生物実験法(新編第1版).養賢堂,pp380−383.
2)石上清・堀兼明・掘田柚・河森武(1976)園芸作物培地の生産力と土壌徴生物に関する研究.(第1報)トマト連作ほ場における微生物フロラと理化学性の実態.静岡農 試研報21:36−43.
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4)駒田旦(1980)大量培養法.作物のフザリウム病,全国農村教育協会,pp368−371.
5)松口龍彦(1975)空中振とうによる方法.土壌微生物実験法,養賢堂,373p 
6)西尾道徳(1983)連作障害の発生について.土肥誌54:64−73.
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11)山田眞人・山田眞理・早川岩夫・斎藤幸雄(1990)拮抗微生物による土壌病害の防除.(第1報)環境要因が拮抗微生物の拮抗効果発現に及ぼす影響.愛知農総試   研報22:303-308.
12)山里一英・宇田川俊一・児玉徹・森地俊樹編(1986)微生物の分離法.L&Dプランニング,845p.