福岡農総試研報15(1996)

イチゴ棚式育苗システム利用によるサラダナの水耕栽培

森山友幸・真鍋尚義

(園芸研究所)

 福岡県農業総合試験場が開発したイチゴの棚式育苗用のパネルと小型ポットを利用したサラダナの簡易な水耕栽培技術を確立した。@春夏季どり栽培においてチップバーンの発生が少なく,株の中での葉が揃っている品種は,‘バイオサラダナ(夏用)’,‘L−2’であり,秋冬季どり栽培において生育が旺盛で葉数が多い品種は,‘バイオサラダナ(2号)’,‘L−2’であった。A春夏季どり栽培においてチップバーンの発生が少ない培土は,小型ポット専用培土であり,秋冬季どり栽培において生育の旺盛な培土は,与作V1号と小型ポット専用培土であった。B本栽培法の培養液,OKF−1の濃度については,1,000倍液の生育が優れた。また,ポットの浸漬水位を2cm〜6cmの範囲で管理することにより,収穫1株重が目標の100g程度のサラダナを収穫することができた。C栽植株数44.4株/m2区,29.6株/m2区及び22.2株/m2区では株数を少なくすることにより,収穫1株重は重くなったが,m2当たり収量は44.4株/m2区が最も高かった。

[キーワード:水耕栽培,イチゴ棚式育苗システム,サラダナ,培土,培養液,栽植密度]

     The Hydroponic Growth of Butter Head Type Lettuce (Lactuca Sativa L. ) with Shelf-styled Cultivation System. MORIYAMA Tomoyuki and Hisayoshi Manabe (Fukuoka Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka 818, Japan) Bull. Fukuoka Agric. Res. Cent. 15: - (1996)
     This paper reports on the developemts of a simple hydroponic technique of solution culture of butter head type lettuce using a shelf-styled cultivation system (containing new panels and pots).
     The cultivars ‘BAIOSARADANA(NATUYOU)' and ‘L-2' were superior to other cultivars in terms of having low incidences of tip burn and uniform growth during the spring/summer. The cultivars ‘BAIOSARADANA(2GOU)' and‘L-2' were superior in terms of groeth, with their vigorous growth during the fall/winter.
     The most suitable soil for spring/summer growth was KOGATA POTTO SENYOU BAIDO with its low tip burn incidence. The most suitable soils for fall/winter growth were YOSAKU V1GOU and KOGATA POTTO SENYOU BAIDO with their rapid stock growth.
     The addition of a 0.1% culture solution (OKF-1) accelerated plant growth. Yields of about 100g in weight were obtained when the pot's solution level was kept between 2cm and 6cm from the bottom of the shelf-styled cultivation system.
     The lower the crop density, the heavier the plants. The yield per square meter was the highest when the pots were fixed in all holes on the panels of the shelf-styled cultivation system.

[Key words: butter head type lettuce, crop density, culture solution, shelf-styled cultivation system, soils, solution culture]


緒  言

 福岡県における野菜生産は,生産者の高齢化や新規就農者の減少により年々栽培面積や生産者数が減少している。農業後継者を確保するためには,高い農業収入が確保されると同時に生活にゆとりがある農業技術の確立が不可欠である。平成5年に福岡農総試の伏原ら1)によって開発された「イチゴ棚式育苗システム」は,平成7年には本県イチゴ栽培面積の約16%にあたる苗の生産に利用されるほど現場で普及している。しかし,イチゴの本システムの利用期間は約4カ月に限られおり,資材の汎用利用による費用低減の面から,他品目の生産に活用することが期待されている。養液栽培は,土耕栽培に比べて管理・収穫作業の省力化及び安定的な計画生産等の面から農家に期待されているが,コスト,メンテナンスの問題があり、今日までの普及率は必ずしも高くない。一般の養液栽培は導入コスト(初期投資)が高く,電気代や液肥代等のランニングコストも土耕栽培に比べて極めて高い7)。また,養液栽培ではコントローラ等の装置の管理と養液組成等の管理は非常に重要であり,いずれか一つでも誤ると作物に対してダメージを及ぼす。これらの問題を解決する技術として近年,小野ら8)の パッシブ的水耕栽培等の,施設費が安価で培養液管理の簡単な養液栽培方式が開発されている。そこで,イチゴ棚式育苗システムを利用したサラダナの安価で管理の簡単な簡易水耕栽培技術の確立を目的として,各作季の適品種と培土及び培養液濃度等について試験を行った。


試 験 方 法

 第1図に簡易水耕栽培システムの全体図と水耕栽培での生育状態を示した。本栽培システムは木材とビニルで簡易水槽を作り,その上にイチゴ育苗用パネルを載せ,イチゴ育苗用小型ポットを装着したものである。水槽内には小型ポットのポット底から約2cm程度,常時浸されるように培養液の補充を行った。


 1 春二季及び秋冬季どりにおける適品種 
 試験は福岡県農業総合試験場の野菜温室で実施した(以下の試験も同じ)。供試品種としては‘バイオサラダナ(黒葉)’,‘バイオサラダナ (夏用)’,‘バイオサラダナ (2号)’,‘TS−104’,‘TS−106B’,‘L−T−25’,‘L−2’,‘M式水耕サラダナ’,‘岡山サラダナ’の9品種を用い,春夏季どりは1993年11月10日に播種し,12月10日に水耕を開始して1994年2月9日に収穫,秋冬季どりは1994年5月6日に播種し,5月26日に水耕を開始して7月1日に収穫を行った。培養液はOKF−1の1,000倍液,供試培土は春夏季どりが与作V1号,秋冬季どりが小型ポット専用培土を便用した。播種は小型ポットに直接行い,水耕開始まで,専用トレイに立てて栽培した。収穫日に収穫1株重,有効葉数,葉色値及び葉の形の揃い等を,1区10株について調査した。

 2 春夏季及び秋冬季どりにおける適培土
 供試培土として与作V1号と小型ポット専用培土及び園芸培土の3種類を用いて1993年11月10日に播種し,12月10日に水耕を開始して1994年2月9日に収穫したものと,与作V1号と小型ポット専用培土を用いて1994年5月6日に播種し,5月26日に水耕を開始して7月1日に収穫したものそれぞれについて,収穫1株重,有効葉数,葉色値及び葉の形の揃い等を1区10株調査した。供試品種は11月10日播種が‘バイオサラダナ(黒葉)’,5月6日播種が‘バイオサラダナ(夏用)’,培養液は両播種ともOKF−1の1,000倍液を使用した。

 3 培養液,OKF−1の濃度及び浸漬水位
 培養液(OKF−1保証成分:窒素15.0%[内硝酸性窒素8.5%],水溶性りん酸8.0%,水溶性加里17.0%,水溶性苦土2.0%,水溶性マンガン0.1%,水溶性ほう素0.1%)濃度を500倍,1,000倍及び1,500倍の3水準とし,1993年6月5日に播種して6月28日に水耕を開始し,7月30日に収穫した。収穫日に収穫1株重と有効葉数及び根の乾物重を調査した。また,水耕を開始した6月28日と7月2,7,12,17,23日及び収穫日の7月30日に培養液のpH,ECを測定した。培養液の補充は7月15日及び24日に行った。供試品種は‘バイオサラダナ(夏用)’,培士は小型ポット専用培土である。
 また,ポット底からの浸漬水位を2,4,6cmの3水準とし,1994年3月1日に播種,4月18日に水耕を開始して5月23日に収穫したものと,1994年5月11日に播種,6月1日に水耕を開始して7月1日に収穫したものの収穫1株重と有効葉数及び葉色値を調査した。供試品種・培士は3月1日播種が‘バイオサラダナ(黒葉)’.与作V1号,5月11日播種が‘バイオサラダナ(夏用)’.小型ポット専用増士,培養液は両播種日ともOKF−1の1,000倍液である。

 4 栽植密度
 1994年4月14日に播種し,5月6日にポットをパネル(ポット穴は15cm間隔)の全穴(44.4株/m2),2/3穴(29.6株/m2),1/2穴(22.2株/m2)[交互植と千烏植]に装着して水耕栽培を始めたものと,全穴に装着後,5月16日に1/2穴[千鳥植]に入れ換えたものを6月1日に収穫して,1区10株について調査した。供試品種は‘バイオサラダナ(夏用)’,培土は小型ポット専用培土である。
 なお,試験は温度により天窓と側窓の開閉の制御ができるガラス温室内で行った。試験期間中の温室内の月別の最高気温の平均値最低気温の平均値は,12月と1月がそれぞれ25−5℃と23−4℃で,3月と4月が27−6℃と29−13℃,5月と6月が31−17℃と31−20℃であった。


結果及び考察

 水耕栽培で目標とするサラダナの形質としては,@収穫1株重が100g程度であり,生育が旺盛で栽培期間が短い,A抽台,チップバーンの発生がほとんどない,B有効葉数が多い(35枚程度),C葉色が濃い(葉色値35以上),D1株内での葉の大きさや形状の揃いがよい,等である。
 1 春夏季及ぴ秋冬季どりにおける適品種
 第1表にサラダナの水耕栽培における品種と生育・収量を示した。秋冬季どりの場合,収穫1株重は,‘M式水耕サラダナ’,‘バイオサラダナ(2号)’,‘L−2’が他品種と比較して重く,‘岡山サラダナ’が最も軽かった。有効葉数は‘L−2’が39枚と最も多く,‘岡山サラダナ’が26枚と最も少なかった。また,抽台,チップバーンは,全品種で発生しなかった。
 春夏季どりの場合,収穫1株重は,‘M式水耕サラダナ’が他の品種と比較して重かった。有効葉数は,‘バイオサラダナ(夏用)’が38枚と最も多く,‘岡山サラダナ’は29枚と少なかった。葉の形の揃いは,2月9日の場合に比べて相対的に悪かったが,その中では‘バイオサラダナ(夏用)’,‘L−2’は良かった。抽台率は品種によって大きく異なり,‘バイオサラダナ(夏用)’が10%と最も少なく,次に‘L−2’が20%と他の品種に比べ少なかった。‘M式水耕サラダナ’,‘岡山サラダナ’はすべての株で抽台が発生した。一般に抽台した株は商品価値がなくなるため,春夏季どり栽培には感応性が鈍感な品種が取り入れられている。また,‘L−2’の抽台率は20%であったが育苗期の低温,短日処理3)等を行うことで低下させることが可能である。チップバーンは,‘バイオサラダナ(黒葉)’,‘岡山サラダナ’及び‘バイオサラダナ(2号)’等の品種で多発し,‘バイオサラダナ(夏用)’,‘L−2’,‘M式水耕サラダナ’で発生しなかった。一般に水耕栽培のサラダナ生産では,チップバーンの発生が多く問題になっている。チップバーンの発生防止について は後藤ら2)により蒸散量,明暗周期の制御が効果的であると報告されているが,これらにはコストがかかるため,発生しにくい品種の利用が重要な手段である。以上のことから,秋冬季及び春夏季どりの栽培では適品種が異なり,秋冬季どりの栽培には他の品種に比べて生育が旺盛で葉数も多い‘バイオサラダナ(2号)’,‘L−2’が適しており,春夏季どりの栽培には目標とする収穫1株重,有効葉数が得られ,抽台・チップバーンの発生が少なく,株の中での葉の形が揃っている‘バイオサラダナ(夏用)’,‘L−2’が適していると判断された。


 2 春夏季及び秋冬季どりにおける適培土
 第2表にサラダナの水耕栽培における培土と生育・収量を示した。秋冬季どりの場合,水耕開始時の各区の苗の草丈はほぼ同じ長さで,収穫1株重は,与作V1号区と小型ポット区は差がなく,園芸培土区は軽かった。春夏季どりの場合,与作V1号区は小型ポット区より,収穫1株重は重かったが,葉の形の揃いが悪く,抽台・チップバーンがそれぞれ20%発生した。加藤5)は窒素肥料の追肥等により植物体の生育を促すことで,間接的に花成が促進されると報告しており,ECが高く,生育が旺盛な与作V1号区で抽台の発生率が高くなったものと考えられる。したがって,本水耕栽培に適する培土は秋冬季及び春夏季どりの栽培では異なり,秋冬季どりの栽培には生育の旺盛な与作V1号と小型ポット専用培土,春夏季どりには抽台,チップバーンの発生が少ない小型ポット専用培土が適していると判断された。今後は,コスト面から,より安価な単体培土の混合や同一培土の長期間利用技術等の検討を行う必要がある。


 3 培養液,OKF−1の濃度及び浸漬水位 サラダナの水耕栽培用の培養液については,丸尾ら6)によって専用培養液処方が報告されているが,一般農家では作製が困難であるため,市販されている肥料OKF−1を用いて培養液濃度を検討した。第2図に示すように培養液のpHは水耕開始後,各区とも上昇を始め,7月15・24日の液補充により下がった。ECは少しずつ上昇し,500倍区は6月28日の1.8ms/cmが7月30日には2.2ms/cmまで上昇した。第3表に示すように収穫時の1株重,根乾物重は1,000,1,500倍区はほぼ同等であり500倍区は軽かった。最大葉葉色値は500倍区が37と最も大きく1,500倍区は31と最も葉色が薄かった。伊東4)はサラダナの適正な培養液(管理)濃度は,生育前期がEC1.2〜1.4ms/cm,生育後期がEC1.4〜1.6ms/cmであり,これより高濃度の培養液の場合,ストレスが付加されると報告している。供試した3水準の濃度では1,000倍区のECが1.0〜1.3ms/cmで適正濃度に最も近く,500倍区はECが1.8〜2.6ms/cmと極めて高かった。以上のことから, OKF−1での培養液濃度は生育が旺盛で葉色が薄くない1,000倍区が良いと判断された。
 第4表にポットの浸漬水位と生育・収量を示した。5月23日収穫の場合,収穫時の1株重,有効葉数及び葉色値とも各浸漬水位区で明確な差はなかった。7月1日収穫の場合,収穫時の1株重は,各浸潰水位区で明確な差はなかったが,有効葉数及び葉色値とも浸漬水位2cm区が優れた。橘9)は水耕栽培では根圏の酸素不足は生育を阻害し,特に,高液温は培養液の溶存酸素の減少が早く,生育を抑制すると報告している。7月1日収穫の場合,浸漬水位の低い区の生青が若干優れたのは浸漬水位が低く,根圏への酸素供給が他の区より多かったためと推察される。よって,夏季どりの栽培では,浸漬水位2cmと低い方が適すると思われるが,実用的には浸漬水位2〜6cmの範囲では問題ないと判断された。以上のことから,ポットの浸漬水位は2〜6cmの範囲で管理すればよく,一般農家で水耕栽培期間中の浸漬水位を維持することが困難な場合,適度に培養液の補充を行えば良いと考えられる。




 4 栽植密度 第5表に栽植密度と生育・収量との関係を示した。収穫時の1株重は1/2穴(22.2株/m2)[交互]・[千鳥]植区及び葉が接触し始める水耕開始15日後にポットを全穴(44.4株/m2)から1/2穴[千鳥]に入れ換えた全穴→1/2穴[千鳥]植区が大きく,次いで2/3穴(29.6株/m2)植区,全穴植区の順であった。有効葉数は1/2穴[千鳥]植区が最も多く,全穴と2/3穴植区が少なかった。全穴→1/2穴[千鳥]植区の収穫1株重が大きかったのは,全穴から1/2穴への入れ換えが葉の総合遮蔽による光合成の低下等の生育抑制を軽減したためと恩われる。m2当たり収量を1株重と栽植株数より計算すると全穴植区が最も高かった。したがって,栽植密度は,収穫1株重,有効葉数は他の区に比べ劣るが,目標とするサラダナを生産することができ,単位面積当たり収量が最も高い全穴植が実用的である。


引 用 文 献

1)伏原 肇・林 三徳・柴戸靖志・山下 満・宮崎虎男(1995)イチゴ棚式育苗システムの開発.福岡農総試研報B‐14:57−60.
2)後藤英司(1991)施設園芸における高度集約生産システムの展開方法.東京:農林弘済会,PP63−66,
3)平岡達也(1972)レタスの花成および抽台の生態生理に関する研究.神奈川農総試研報111:1−73.
4)伊東 正(1991)施設園芸における高度集約生産システムの展開方法.東京:農林弘済会,PP46−54.
5)加藤 徹(1991)レタスの栽培技術.農業及び園芸38:1854−1858.
6)丸尾 達・伊東 正・石井 茂(1992)水耕レタスの養水分管理法に関する研究.千葉大園学報46:235−240.
7)日本施設園芸協会編(1987)新頂・施設園芸ハンドブック,日本農民新聞社,PP64−65.
8)小野 誠・黒野誠六・東 隆夫(1993)パッシブ的水耕の実用化に関する研究.園学雑62別:354−355.
9)橘 昌司(1986)養液栽培における環境要因と根の機能.農業及び園芸61:223−228.