福岡農総試研報15(1996)
イチゴ棚式育苗システムにおいて置肥を利用した肥培管理技術を確立するために,ポリポット育苗で用いられている置肥の窒素成分の溶出特性及び施用効果を明らかにした。
緩効性肥料(被覆燐硝安加里肥料)を置肥として利用した場合,日数の経過とともに窒素が溶出し,溶出タイプの短いものほど溶出率が高かった。また,窒素の溶出は気温の影響を受け,溶出タイプ40日の置肥の窒素の溶出率は,処理温度20℃,25℃,30℃の順に高く,25℃では25日間で含有窒素の80%が溶出した。実際の育苗では,置肥の施用と1週間に1回の液肥施用を組み合わせることによって,慣行の1週間に2回の液肥施用と同等の苗を養成できた。6月中旬から8月中旬まで育苗する場合には,溶出タイプ40日の置肥が適していた。
[キーワード:イチゴ,棚式育苗システム,置肥]
Development of a Shelf-styled Cultivation System for Strawberries.
(2) Nitrogen Liquation Patterns and Fertilizer Efficiency of Coated Slow-release
Fertilizer. MITSUI Hisakazu, Hajime FUSHIHARA (Fukuoka Agricultural Research
Center, Chikusino, Fukuoka 818, Japan) Bull. Fukuoka Agric.Res. Cent.15:
40-44 (1996)
Nitrogen liquation patterns and the efficiency of slow-release
fertilizer applied to the surface of a culture medium for raising seedlings
were investigated to establish a fertilizing method for strawberries grown
with a shelf-styled cultivation system. Nitrogen liquated gradually from
the fertilizer. Liquation rate incresed when the liquation control term
was shortened. As the liquation pattern of nitrogen was dependent on atmospheric
temperature, it showed annual variations. The liquation rate of nitrogen
for the 40 day fertilizer increased consecutively at 20℃, 25℃, and 30℃.
At 25℃, 80% of the nitrogen content liquiated in 25 days. By fertilizing
with a coated slow-release fertilizer and liquid fertilizer every seven
days, nursery plants grew to be as large as ones fertilized with liquid
fertilizer every four days. When nursery plants were raised from mid-June
to mid-August, the 40 day fertilizer was found to be appropriate for fertilizing.
[Key words: coated slow-release fertilizer, shelf-styled cultivation system,
strawberry]
緒 言
イチゴの育苗期の管理作業の省力化,軽作業化をめざして開発したイチゴ棚式育苗システム2)は,県内のみならず,現在では全国的にも急速に広がりつつある。本育苗システムでは,内容量の極めて小さなポットを利用することから,開発当初からの施肥法は常時液肥を施用する方法を基本としてきた。一方,従来の12cmポリポットを利用した育苗では,液肥の施用回数を削滅するために固形肥料を培土上に置く置肥が利用されている場合も多い。今後は,本育苗システムにおいても,施肥の省力化や持続的な肥効を図るために,置肥の利用を進める必要がある。また,イチゴの育苗では,苗の養成期には生育に必要な窒素を十分供給する一方で,育苗終了期には花芽の分化を進めるために窒素の供給を停止し,苗の体内窒素を低下させる必要がある。本システムで使用する育苗用の小型成型ポットは,ポリポット育苗と比べて培土量が少なく,かん水回数が多いなど,育苗管理が大きく異なっているため,置肥を活用するには,置肥からの養分の供給量や供給の時期など,その特性を十分把握しておく必要がある。しかし,置肥に利用されている肥効調節型の肥料の溶出については,水田土壌や畑土壌
では,その特性が検討されている3,4,5),が置肥として施用されて培土の表面で外気に露出した状態でかん水を受ける場合や土壌条件の大きく異なる小さなポットを利用した場合の溶出特性については,明らかにされた研究事例は全くない。
そこで,イチゴ棚式育苗システムにおいて,置肥を利用した肥培管理技術を確立するために,ポリポット育苗用に開発された置肥の窒素成分の溶出特性と施用効果を明らかにしたので,その概要を報告する。
試 験 方 法
試験1 置肥からの窒索の溶出
棚式育苗システムで用いる小型成型ポット(以後,小型ポットとする)に慣行に従って専用の培土(窒素含量150mg/1L)を115ml充填し,その培土表面に第1表に示した被覆燐硝安加里の袋入り肥料の40日溶出タイプ,70日溶出タイプ,100日溶出タイプ(以後,それぞれ,40日タイプ被覆,70日タイプ被覆,100日タイプ被覆とする)を置肥として1袋(窒素成分量260mg)を施用した。なお,小型ポットには培土の充填のみでイチゴは植え付けなかった。
置肥を施用した小型ポットに毎日1回,100mlの水を置肥の上からかん注し,小型ポット底部の排水用の穴から浸出する溶出液を容器に受け,5日ごとに5日分の混合溶出液を採取した。対照として,置肥を施用せずに水をかん注する処理,液肥(OK-F‐1,1000倍液,窒素濃度150ppm)をかん注する処理を設けた。かん注処理は,1993年は5月上旬から6月上旬,1994年は7月中旬から8月中旬に,側窓及び天窓を開放状態にしたガラスハウス内において実施した。
採取した溶出液について,電気伝導度は電気伝導度計,硝酸態窒素濃度は硝酸イオンメータを用いて測定し,アンモニア態窒素濃度は蒸留法によって測定した。
置肥からの窒素溶出量は,培土からの窒素成分を除外するために,置肥を施用した試験区の溶出液の窒素成分から置肥を施用しない試験区の溶出液の窒素成分を差し引いた値とした。
試験2 置肥からの窒素溶出に及ぼす温度の影響
小型ポットに無肥料の粒状培土を充填し,第1表の40日タイプ被覆を1袋施用した。これを20℃,25℃,30℃に設定した恒温器内に設置し,試験1と同様に毎日100mlの水をかん注し,溶出液を採取した。対照として,置肥を施用せずに水をかん注する処理を設けた。かん注及び溶出液採取方法,分析方法は試験1と同様である。
試験3 置肥の育苗への利用
棚式育苗システムにおける実際の育苗において,イチゴ苗の生育に及ぼす置肥の施用効果について1992〜1994年の3か年検討した。
イチゴの品種は「とよのか」を用いて,1992年6月12日,1993年6月10日,1994年6月24日に小型ポットに鉢受け方式で採苗し,8月中旬まで棚式育苗システムを用いて育苗した。置肥として40日タイプ被覆,70日タイプ被覆を用い,1株に対して1袋(窒素成分260mg)を施用した。液肥は,OK‐F‐1の1000倍液(窒素濃度150ppm)を用いて1週間に1回または2回かん注した。育苗後,調査条件を揃えるために新葉3枚を残して摘葉し,クラウン径及び第3葉の葉色を測定した。葉色はミノルタ社製の葉緑素計SPAD501を用いた測定値で示した。
結果及び考察
1 置肥の溶出タイプと溶出特性
溶出液の電気伝導度の推移を第1図に示した。電気伝導度は各置肥ともに処理5日後が最も高く,この期間に養分が急激に溶出していることが明らかであった。10日目以降,100日タイプ被覆は300〜400μS/cm程度の一定値で推移し,40日タイプ被覆及び70日タイプ被覆は20日目まで漸減した。慣行的に行われている液肥のかん注に比べ,各置肥の電気伝導度は3分の1程度と低く,実際の育苗では,置肥施用だけでは,苗の生育が劣ることから養分的に不足していると思われ,置肥と液肥の併用が必要と考えられる。置肥を施用せずに水のかん注のみを行った場合にも処理5日後の値が高くなっているが,これは培土として用いた専用培土に含まれる養分の溶出によるものと推測され,専用培士からの溶出は5日間程度でほぼ終了し,これ以降の養分供給は期待できないと考えられる。
溶出タイプ別では,溶出タイプが短いものほど20日までの電気伝導度が高く,成分の溶出も早いと考えられる。
施用した置肥の合有窒素量に対する溶出窒素(アンモニア態窒素+硝酸態窒素)の累積量の割合を窒素溶出率として第2図に示した。溶出タイプが短いほど窒素の溶出が速やかに進み,40日タイプ被覆では10日後には含有量の60%,20日後には80%が溶出したが,100日タイプ被覆では20日後でも40%の溶出であった。被覆肥料の畑土壌中での溶出は,溶出タイプが短いほど溶出率が高いことが明らかにされているが4),本試験のように置肥として培土表面に施用する方法でも,同様の結果を示した。このことから,被覆肥料を育苗時の置肥として利用する場合にも,溶出タイプによって肥効を調節することができると考えられる。40日タイプ被覆は,25℃の湛水条件では40日で窒素の80%が溶出するように作られているが,本試験では2分の1の20日後には80%の窒素が溶出した。処理期間中の平均気温を第2表でみると,試験を実施した1994年は平均気温が29.8℃と高く,また,溶出した窒素が多量のかん水によって速やかに流出してしまうために溶出速度が早くなったと考えられる。
溶出液中の硝酸態窒素濃度について,1993年と1994年の比較を第3図に示した。供試した2種類の置肥とも,溶出液中の硝酸態窒素濃度は,1993年に比べて1994年のほうが高く,経過日数5〜20日を平均すると,1994年は1993年の2倍以上となった。溶出処理を行った期間の平均気温は,第2表に示すように,1993年に比べて1994年が10℃高く,被覆尿素肥料や被覆燐硝安加里肥料は,静水中では温度が10℃上がると溶出速度は約2倍になる1)ことから,供試した置肥についても温度の影響によって溶出量に差が生じたと考えられる。
以上のように,置肥からの窒素の溶出は,肥料の溶出タイプの違いによって異なることが明らかになり,育苗期間中の温度の影響を受けることが推察された。
2 置肥の溶出特性に及ぼす温度の影響
過去2か年の溶出処理において,窒素の溶出に対する気温の影響が推察されたため,置肥として40日タイプ被覆を用い,20℃,25℃,30℃に設定した恒温器内で,溶出に対する温度の影響について検討した。
窒素の溶出率と気温の関係を第4図に示した。気温が高いほど溶出が早く,含有窒素の80%が溶出するのに要した日数は,20℃では30日,25℃では25日,30℃では15日であった。また,20℃と25℃の溶出率の差に比べて,25℃と30℃の差が大きかった。供試した置肥は,溶出に対して温度依存性の高い被覆燐硝安加里が用いられているため,置肥として利用する場合にも気温の影響を考慮する必要がある。一般的なイチゴの育苗では,6月中旬の育苗開始から40〜50日間は施肥を行い,その後は体内窒素濃度を低下させて花芽の分化を促進するために施肥を中止する。また,この間の平均気温は平年では24〜27℃で経過する。育苗期間の気温と必要な施肥期間を考えた場合,70日タイプ及び100日タイプでは花芽分化を促進させる時期にも窒素の供給が続き,施肥窒素が無駄になるとともに花芽分化を阻害するため,育苗に対しては40日タイプの窒素溶出パターンが適していると考えられる。しかし,気温を30℃に設定した場合,40日タイプ被覆は15日間で合有窒素量の80%が溶出し,25日以降はほとんど溶出がなかったことから,育苗期間の気温が30℃近
い気温で経過する場合には,育苗後半に置肥からの窒素供給が不足することが考えられ,液肥の施用を増加する必要がある。
第5図に30℃及び25℃での溶出率と20℃での溶出率の比を示した。溶出率の比は処理直後が最も高く,25℃と20℃の比は15日まで低下し,その後は1.1とほぼ一定,30℃と20℃の比は30日まで漸減し約1.2となった。被覆燐硝安加里の静水での溶出は,温度が10℃高くなると2倍になる1)が,本試験では,30℃と20℃の溶出率の比は1.2〜1.6倍となった。これは,かん水によって置肥の周囲の水分が流去して溶液濃度の低い水と置き換わるために静水条件よりも窒素の溶出が進み,温度以上に影響を与えたためと考えられる。
3 置肥の育苗への利用
置肥の溶出についてはガラスハウス及び恒温器を使って,イチゴ苗を移植せずに実施したが,実際の効果についても明らかにする必要がある。そこで,実際に40日タイプ被覆と70日タイプ被覆を置肥として使って育苗を行い,養成した苗の形質を検討した。
溶出タイプの異なる2種の置肥を用いて育苗した苗の葉色,クラウン径の大きさ,出葉数の推移を第6図〜第8図に示した。葉色の測定値は両タイプの置肥とも育苗2か月後の8月2日が最も高く,その後低下したが,両タイプに差は認められなかった。クラウン径の大きさは有意な差ではないが,各時期とも70日タイプ被覆に比べて40日タイプ被覆の方が大きい傾向がみられた。7月1日以降の出葉数についても有意な差はなかった。第9図に置肥施用と1週間に1回の液肥施用で育苗した苗のクラウン径について,1992〜1994年の3か年の結果を示した。いずれの年にもクラウン径は生育の目安となる10mm程度に生育し,1992年を除いて70日タイプ被覆に比べて,40日タイプ被覆を施用した場合にクラウン径がわずかながら大きかった。40日タイプ被覆は70日タイプ被覆に比べて溶出初期の窒素の溶出が多いために初期生育が促進され,クラウンが大きくなったと考えられる。6月中句に採苗し8月中句まで育苗する場合,育苗初期から窒素を供給するために,70日タイプよりも溶出の早い40日タイプの置肥が適していると考えられる。
第10図に置肥の施用と液肥の施用を組み合わせて育苗したイチゴ苗のクラウンの大きさを示した。慣行の施肥である1週間に2回の液肥施用を行った場合,クラウン径は9.5mmに生育した。これに対して,40日タイプ被覆を置肥として施用し,併せて液肥を1週間に1回施用した場合,クラウン径は9.8mmに生育し,液肥を2回施用した場合と同等のクラウン径になった。イチゴ苗の生育状況を評価する場合には,クラウンの直径10mmを目安としており,置肥施用と1週間に1回の液肥施用を組み合わせることによって,十分な大きさの苗が養成できることが明らかになった。第11図に苗の葉色を葉緑素計の測定値で示した。置肥施用と1週間に1回の液肥施用を組み合わせると1週問に2回の液肥施用に比べて測定値が高く,窒素の供給が十分行われていることが示唆される。また,育苗管理の省力化の面からみると,置肥を利用することによって,液肥の施用回数は1週間に2回から1回に減少させることができ,施肥回数の軽減が可能である。
以上の結果から,置肥として施用した被覆燐硝安加里の袋入り肥料からの窒素の溶出は,肥料の溶出タイプ,温度条件によって異なり,また,棚式育苗システムで育苗する場合には,置肥の施用と1週間に1回の液肥施用を組み合わせることによって慣行の1週間に2回の液肥施用と同等の良質の苗が育苗できることが明らかになった。
引 用 文 献
1)伊達昇(1986)農業技術体系土壌施肥編7.東京:農山漁村文化協会,pp135−171
2)伏原肇・林三徳・柴戸靖志・山下満・宮崎虎男(1995)イチゴ棚式育苗システムの開発.第1報 器材の開発.福岡農総試研報14:57−60.
3)池田彰弘(1994)被覆窒素肥料を利用した露地野菜の全量基肥施肥法.農業と科学8:1−4.
4)笠原敏夫・本永尚彦・五十嵐太郎(1993)球根スカシユリに対するロングの施用効果.農業と科学8:1−5.
5)山本富三(1994)LPコート(Sタイプ)による水稲ヒノヒカリの1回全量(ワンショット)施肥.農業と科学7:1−5.